【砂の上の1DK】  枯野 瑛/ みすみ 角川スニーカー文庫

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産業スパイの青年・江間宗史は、任務で訪れた研究施設で昔なじみの女子大生・真倉沙希未と再会する。 追懐も束の間、施設への破壊工作(サボタージユ)に巻き込まれ…… 瀕死の彼女を救ったのは、秘密裏に研究されていた未知の細胞だった。 「わたし、は――なに――?」 沙希未に宿ったそれ=呼称“アルジャーノン”は、傷が癒え身体を返すまでの期限付きで、宗史と同居生活を始めるのだが―― 窓外の景色にテレビの映像、机上の金魚鉢……目に入るもの全てが新鮮で眩しくて。 「悪の怪物は、消えるべきだ。君の望みは、間違っていないよ」 終わりを受け入れ、それでも人らしい日常を送る“幸せ”を望んだ、とある生命の五日間。


これなー、主人公の江間宗史は……辛いなあ。
彼の周りって、いい人ばっかりなんですよ。産業スパイなんてアコギな商売をしていながら、彼と仕事でつながっている人達って、お喋り屋の孝太郎くんにしても、闇医者の小梅ばあちゃんにしても、情報屋のお姉ちゃんもビジネスライクな関係に留まっていなくて、裏社会の人間でありながら親身になって宗史のことを心配してくれているのが伝わってくるんですよね。
孝太郎なんか、宗史の心の傷を誰よりも知っているからこそ、それでも彼のそばにいるために無理やりロジック組み立てて宗史の心理防壁を乗り越えてしまっている。
孝太郎はそのへん、うまいことやっているとも言えるんだろうけれど、彼以外に関しては宗史としては結構しんどい思いをしてるんじゃないだろうか。
自ら孤立を選び、人を遠ざける生き方をしている彼には。人間不信のたぐいと言われているけれど、宗史の場合って親しい人から裏切られたり騙されたりした結果の人間不信じゃないんですよね。世間からは突き放され虐げられ裏切られたかもしれない。彼の正しさを踏みにじられたかもしれない。
でも、彼が決定的に耐えられなくなったのは、それでも周囲の大切な人達が。恋人や友人たちが宗史のことを信じぬいてくれた事だったのだから。彼を決して裏切らずに、傍に寄り添い続け、だからこそ宗史自身だけを傷つけるはずの世間の刃が、自分の大切な人達をも巻き込んで傷つけてしまったことこそが、彼に消えない心の傷を刻みつけてしまった。

裏切られなかったからこそ、信じぬかれてしまったからこそ、愛され大事にされ守られてしまったからこそ、表の世界から逃げ出して孤独に生きることを選んでしまった彼にとって、自分に向けられる優しさは、それこそ痛みそのものなんじゃないだろうか。
でも、人徳なんでしょうね。そもそも、誰よりも素朴に正しくあろうとする人だったからなのだろうか。シンプルに、優しい人だったからだろうか。彼の周囲には自然と、どんな環境でも彼に寄り添える人が集うのかもしれない。
仕方ないよね。昔、真っ当に生きていた頃に家庭教師でちょっとの間面倒をみただけの、久々に再会しただけの女性を助けるために、死地に助けに戻ってしまうような男なのだから。
それが、過去の残滓に惹かれるような行為だったとしても。過去を捨てられなかった時点で、今は痛みでしかない優しさや愛情は、やはり今も大切に思っているという事なのだから。

そうして、救えた命は、しかし未知の生命に取り憑かれていた。人に寄生することで、彼女が持っていた心を、記憶を、覗き見して体感することで、真っ白なキャンバスに自分自身の心を描いていく未知の生命。アルジャーノン……ノンと名付けられたそれは、宿主の記憶を元に世界を自分の目で見て、自分自身の体験として「生きる」ことをはじめる。
それはあまりに無垢で、純粋な知性の……いや、心の誕生というべきだろう。そしてその無垢なる心は、自らを守ってくれる青年に惹かれていく。
ノンにとって、宗史は意識が生まれたその時から自分を助けてくれると約束してくれた存在であり、色づいていく自らの世界の大半をなす存在でもあったのだから、とてつもなく大きいものであっただろう。
動き始めた情動のすべてが、映画などを通じて得られる知識に基づいたロジックが、彼に指し向けられても不思議ではないだろう。
それは単に懐いただけなのか。生存本能が庇護者を求めたのか。いずれにしても、ノンが彼に抱く情には「好き」という気持ちが目一杯に詰まっていたように思う。
でも、彼女はあまりにも無垢で、人ではない存在だった。人を模すことで、知識として知る心を真似ることでしか、自分の心のありようを示すことがまだ出来ない子だった。
好きという感情を、ロジックで組み立てて、出来たものを差し出すしか出来なかったのだ。
でも、一生懸命だったんですよね。まず、好きという感情があったからこそ、それを表すために頑張っただけなのだ。感情を持たないのに、上辺だけ真似してそれらしく見せるたぐいの機械人形とはスタート地点から違うのだ。
スタートは皆無だけど、真似している内に回路に本物の感情が芽生え、というSFな心の生まれる物語もあるかもしれないけれど、まあ本作についてはそれとは別物というべきだろう。
ともあれ、ノンは、彼女は感情を論理立ててしか伝えられなかった。無垢で純粋で、あまりにもまだ無知であったのだろう。
だが、それで失敗したかというと……伝わったんですよね。ちゃんと、ノンの気持ちは伝わった。伝わったからこそ、宗史には劇薬になってしまったというべきなのだろう。その無垢で純粋な感情は、好意は、愛情は、無垢であるからこそ愛情を恐れる宗史の古傷をえぐり、新しい血を流させたのだろう。
でも、新鮮な痛みはくすぶり曇った情動を無理やり動かす要員にもなりうる。劇薬であるからこそ、彼の止まった時間は否応なく動き出さざるを得なかった。

もっとも、彼女に残された時間はそこからはじめるには、あまりにも足りなかったのだけれど。

…………いや、5日間はさすがにちょっと時間的にも短すぎたんじゃないでしょうか。あまりにも駆け足に、二人の時間は駆け抜けていってしまった。もっとじっくりと時間をかけて育てていくことが、目を背けていた自分の内側に向き直る時間が、あっても良かったんじゃないだろうか。不可思議な共生の時間に、各々思い馳せる時間があってもよかったんじゃないだろうか。
ただ映画見てるだけの日だけでも、3日間でも4日間でもあってくれたらなあ、と思わないでもない。なにごともなくただゆっくりと時間が流れていく合間が欲しかったなあ。本当にせわしなく、立ち止まって想いに耽る余裕もなく、バタバタと話が進んでしまったのは何か、勿体なかった。
ぼーっとしながら噛みしめる間がねえ、欲しかった。

個人的にはやっぱり孝太郎くん25歳児が一番好きです。一度クズに墜ちながら、やり直せただけじゃなくて……宗史にああいう形で寄り添えるように頭絞って力尽くすのは、何ていうんだろうよっぽど自分の世界観を変えないと無理だったでしょう。あれほど自身の生き様を変えられたことに、敬意を覚えます。人は変われないと理解するからこそ、変われる人は凄いと思う。
とはいえ、髄までガキなのは間違いないので、伊桜ちゃん的には無しなんだろうか。わりとアリだと思うんだけどなあw