【ねぇ、もういっそつき合っちゃう? 1 幼馴染の美少女に頼まれて、カモフラ彼氏はじめました】  叶田キズ/塩かずのこ HJ文庫

Amazon Kindle BOOK☆WALKER DMMブックス
恋人よりも近い幼馴染との偽装カップル……のはずが!?
「恋人のフリなんて簡単!」なはずの幼馴染が互いを意識し始める、ドキドキ満載ラブコメ!!

オタク男子・真園正市と、学校一の美少女・来海十色は腐れ縁の幼馴染。
いつも正市の部屋に入り浸っている十色は彼にとって家族同然でしかないはずだった。
そんなある時、恋愛関係のトラブルに嫌気がさした十色に頼まれ、正市は彼氏役を演じることに。
元々ずっと一緒にいるため、カップルのフリも簡単だと思った二人だが、相性抜群の幼馴染が偽の恋人で終わるはずがなく――

「「――ヤバい、手を繋ぐだけで普通に恥ずかしい……」」

恋人超えの幼馴染による想像以上に刺激的な恋人生活が始まる!!

この幼馴染二人、中学は別々の学校に通学する事になったにも関わらず、全く疎遠にならずに三年間ずっと交流があったんですねえ。交流どころか、正市の家に十色が入り浸っている形で。
こりゃ本物だなあ。
お互いに思春期真っ盛りで異性を強く意識する年頃ですし、何よりそれぞれの学校で独自のコミュニティグループを形成するなかで、変わらずベタベタの仲でいたわけですしねえ。まあ正市は長い通学時間もあってか、学校で殆どグループを形成できなかった……ほぼボッチだったわけですが。でも、十色の方はそれまでの自分のキャラクターそのものを改革して、トップカーストの中に入るくらいの外向きに活発で積極的な交流を計るキャラを作ったにも関わらず、それらの日常の中に明確な別枠として正市との時間を作っていたわけですしねえ。

とはいえ、後々考えてみるとその正市との時間そのものが、彼女にとっては砂漠の中のオアシス。あるいは窮屈な宇宙服を脱いで寛げる月面基地だったのかもしれない。
だから高校に進学して同じ女子グループとの交流に放課後遅くまで時間が取られるのも、やたらと告白されて何かあるたびに男子からちょっかいを掛けられて十色のプライベートが侵食され、最後の息継ぎのセーフポイントだった正市との時間まで奪われつつ合った新生活は、十色にとっては死活問題だったのだろう。
この時点で正市に偽装交際を申し込んだのは、まあ心の何処かで彼への好意はあったにしろ、結構本気での救難要請だったんじゃないだろうか。
おまけに、交際を始めれば放課後どころか日中学校の中でも、しっかり外面を作っておかないといけないとはいえ、正市という楽に呼吸の出来る時間と空間が出来るわけですしね。

こういう風に捉えると、十色は普段けっこう無理……とはいかないまでも、自然に当たり前にリア充系やっていたわけではないのは伝わってくる。十色の友人である中曽根うららの認識とはだいぶ齟齬があるっぽい。中曽根が一方的なイメージを十色に抱いているあたり、これ今後問題が起こってきそうなんだが、それはまあ今回はともかくとして。
齟齬の話だ。現実問題として、学校内における十色と正市とでは立ち位置が違う。オタクであることや幼馴染同士という十色側のプライベートは一切伏せた上で、交際しているという事実だけを以て二人が一緒にいる理由を押し出していると、そこに違和を感じる人達がたくさん出てきてしまったんですね。まあ余計なお世話、ほっておいてくれ、とイイたいところなんですけれど、以前と変わらず十色にちょっかいを掛けてくる男子がまたぞろ増えてきてしまった。
これでは、正市としては偽装交際して十色を守るという本来の目的を果たしていないんじゃ、と悩んじゃうことになったんですね。
これ、十色の方はそこまで深刻に問題視はしていなかったようにも思うのだけど。十色としてはうざったいし面倒な想いはしていただろうけど、究極正市さえそばに居てくれればよかったわけですしね。とは言え、それで正市がしんどい思いをするのは彼女としても不本意だっただろうし、そのうち悠長にしていられなくはなっていたかもしれない。
何れにしても、ここで自分では役割を果たせないと、地味オタク系である事に引け目を感じて彼女を守る役割を放棄してしまうのではなく、自分がやるんだ、と自己改革をして自分自身の立ち位置を十色の側に努力して寄せることで、二人が一緒にいる違和感を薄めていこうと決断したあたり、正市はオトコマエだし、それだけ十色との時間を、幼馴染の彼女のことを大事にしているのが伝わってきて、これは十色も嬉しかったでしょう。自分のためにそこまでしてくれて、嬉しくないはずないですもんね。その自己改革を自分勝手にやっちゃうのではなく、十色の相談してきてある意味十色好みにあれこれ出来た、というのも大いにポイント高し。
でも、そうやって正市が身だしなみに気をつけ、意識して立ち居振る舞いを変えて、十色が今立っているリア充系トップカーストの側に寄せてきてくれる、というのは嬉しいは嬉しいんだけど、本来正市とのダラダラ出来る時間を、窮屈に身を飾らずに楽に呼吸のできる時間をこそ愛して、大事にしてきた十色にとっては、正市の自己変革はアンビバレンツ……二律背反でもあったわけだ。
そのまま、正市がゲームや漫画、ダラダラとくつろぐ時間に見向きしなくなっていって、リア充として自分を高めることにハマっていってしまえば、それは十色と一緒に居て周りの人の目から見ても違和感はなくなるかもしれないけれど、自分にとっての大事な時間が、正市と二人だけで共有できていた価値観が、失われてしまうのではないか、と不安をいだいていくところは納得であると同時に、ちょっとうれしくも感じる場面だったんですよね。
なんていうんだろう、十色にとって本当に正市との時間こそが何よりも一番大事だった、というのがわかったから、というのかなあ。単に、正市の事が好きなだけなら、そのまま一緒にリア充側になって彼を引っ張り込んで、それでめでたしめでたしじゃないですか。でも、彼女にとってそれはちょっと違ったわけだ。正市と一緒に育んできたもの、大事にしてきたもの、それが彼女にとっては一番の価値あるもので、宝物で、なくしたくないものだった。周囲の人達とは共有していない、二人だけの特別。
正市の自己改革による自分の側に寄せてくることは、正市と自分だけの特別が薄れていくこと。周囲の人達との差異がなくなっていくことで、自分と正市との間にあるものも紛れていってしまうんじゃないかという不安感があったのか。
だからこそ、正市の自己改革が彼にとってもただの手段。二人の間の特別を守るための手段に過ぎず、十色が抱いていた一番大切な宝物を彼もまた同じように思っていてくれた、とわかったとき。
それはもう、キュンキュンになったでしょうねえ。ある意味、ここでもうトドメ食らったのかもしれません。
偽装交際契約、終了の予定なし。いけるところまでいきましょうって……それもう完全に、ねえ?

うんうん、お互いを大事にする思いが実に誠実で、一途な幼馴染カップルの初々しいラブコメ。実に甘々で美味しゅうございました。ごちそうさまでした。