【小説が書けないアイツに書かせる方法】  アサウラ/橋本洸介 電撃文庫

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『ベン・トー』のアサウラが贈る淫靡で情熱的なモノカキの物語!

自らの性の悩み――勃起できない事。勃起不全に対する悩みと家族、主にイケてる姉と従順な妹を描いた小説で新人賞を受賞した『月野シズク』こと、月岡零。男子高校生である彼は、内容が内容のために周りには作家である事を隠して活動していたのだが、デビュー作を超える次回作が思いつかず書けずにいた。
悩み続ける彼の前に一之瀬琥珀と名乗る巨乳美女が現れる。そして……
「私の考えた小説を書かなければあなたが月野シズクである事をバラす」と脅迫されてしまうのだった。
彼女の目的がわからず困惑するものの零は従うフリをしてその内容を聞く。
すると今まで一度も反応しなかった零の男根が謎の反応を示すのだった。
これは一之瀬琥珀による脅迫と創作の月野シズクの記録である――。



今大変に盛り上がっているアニメ『リコリス・リコイル』の小説と抱き合わせという形で、同じ月にこれをぶっこんでくるアサウラ先生と電撃文庫編集部のは戦慄せざるをえない!!
いや、マジですげえな。
アサウラ先生というと、銃と百合とアクションと飯テロ、そして変態である。頭のおかしいぶっ飛んだ様々な性癖の変態を書かせたならば、当代一という変態書きの変態作家と言っても過言ではないだろう。
何しろ代表作の【ベン・トー】の主人公佐藤 洋の二つ名は長らく【変態】であった。
そのアサウラ先生が、小説家という変態性あふれる生態を持つ生命体についてぶちまけさらけ出した上で解体し突き詰めていったのが、この作品なのだろう。すごいことになるわけだ。曝露である、露出である。
そもそも、小説は小説でも官能小説でやろうというのが凄いけど、おのれの内面の性癖を曝け出すというので最も本能的で原始的でごまかしがきかないのが、そこだったのかもしれない。
後天的EDではなく、生来の不能という苦悩を味わい続けてきた主人公月岡零。その生まれてから今に至るまでの懊悩をぶちまけた小説があたったものの、体験したことしか書けないタイプの作家であった彼は、二作目の小説を書けないでいた。
これは彼が自分の内に眠る、それでしか興奮しないという性癖を探訪する物語であったと同時に、自分がどうしようもなく小説家という生命体であることを実感し、またたとえそれが自分の書くものでなかったとしても素晴らしい小説が生まれる余地があるのなら、全力を賭して仕えたいという業を目の当たりにする話でもあった。
むしろ、小説家の業という側面においては雫よりも、後半の琥珀の方に焦点が当たっていくのだけど。ちょうど、中盤でタイトルの指すところが反転するんですよね。この構成も妙ではあったよなあ。作家の業ってごちゃごちゃした背景はいらんのですよ。ただ純粋にその人の内側から滲み出てくるものなのだ。そういう意味では性癖と似たようなものなのかもしれません。琥珀はそのあたり、特にシンプルなんですよね。雫は彼女の背景に筋立てを考えてしまった、のはまさに小説家らしい思考法故だったのかもしれません、てか動機やなぜそうなるに至ったかのバックグラウンドを思い描いてしまうのは、別に小説家に限ったものではないのですけど。
でも、琥珀の場合はそうじゃなかった。ただ、純粋に感情があった。その上で欲求を抑えられなかった。恥ずかしさに耐えきれず、しかしその恥じらいを上回るアウトプットしたいという欲求があり、その上でそれを世の人に見てもらいたいという、恥辱と相反する承認欲求があった。ある意味、露出趣味の構造でもある。恥ずかしいけど見てもらいたい!! それが、官能小説。自分の一番恥ずかしい本能を描くものとなれば、尚更だ。
しかし書きたい! 書いて見てもらいたい! これは小説家の本能である。これがあるからこそ、物書きは文章を書くのだ、多かれ少なかれ。そして、書きたいけど書けないという懊悩に悶え苦しむことになる。書けない理由は様々だけれど、アウトプットできないもどかしさにのたうち回りながらゲームしてしまうのは、あらゆる小説家の共通点だろう。近年はネットサーフィンとか色々とこの苦悶を紛らわせる方法が多岐に渡って存在するので、物書きたちにとっては悪夢の時代でもある。

しかし、いいね、ぞわぞわしたね。めちゃくちゃエロい話ではあったのですけれど、なんていうんだろう、えっちいエロ小説とはまた方向性が違うんですよ。単純な肉体的な裸とか性的な仕草で興奮を誘う物語とは違うんですよ。二人がネチョネチョとやってるのは、体じゃなくて心の裸の部分なのである。それも、自分すらも気づかなかった内面の性癖を開発していくこの、心をあばいていくことへのエロさ。それこそ自分のもっとも恥ずかしい内側をさらけ出しあい、それを弄り回しながらお互いに夢中になっていくことへの興奮。これこそが、官能に訴えるというやつなのだろう。そしてそれは性的な欲求への興奮もあるけど、そうじゃない。自分の中から湧き上がってくる、せり出してくる、噴き出してくる「物語」をアウトプットする、文章として形にしていく産みの興奮でもあるんですよね。というか、それが主なのだ。どこまでも、彼らは小説家なのである。男女であると同時に、物書きなのだ。何よりも物書きの業が彼らを突き動かす。物書きとしての本能こそが彼らを狂わせる。
愛情すらも、書くための書かせるための原動力となる。
いかさま、作家という生命体こそ、変態である。そういう生き物なのだ。それをぶちまけ、さらけだした物凄い作品でした。

しかしこの二人、いずれ致すとなったらこれ、自作の小説を朗読しながら、という超特殊恥辱プレイを必然としないといけないのか。凄いな!
あと、作中で一番狂ってるのって、月岡家の倫理観ですよね!? 姉ちゃん一人がバグってるというより、わりと全員そのへんの感覚おかしいよ!? 雫くんも根本的なところで認識狂ってる疑いあるよ? これ、のちのち琥珀さんえらい目にあうか、染められちゃうんだろうなあ……合掌。