【魔導具師ダリヤはうつむかない ~今日から自由な職人ライフ~ 1】  甘岸久弥/景 MFブックス

Amazon Kindle BOOK☆WALKER DMMブックス
魔法のあふれる異世界で、自由気ままなものづくりスタート!

「もう、うつむくのはやめよう」
転生者である魔導具師のダリヤ・ロセッティは、決められた結婚相手からの手酷い婚約破棄をきっかけに、自分の好きなように生きていこうと決意する。
行きたいところに行き、食べたいものを食べ、何より大好きな“魔導具”を作りたいように作っていたら、なぜだか周囲が楽しいことで満たされていく。
「これも、君が作ったの!?」「この際だから商会、立ち上げない?」
ダリヤの作った便利な魔導具が異世界の人々を幸せにしていくにつれ、作れるものも作りたいものも、どんどん増えていって――。
魔導具師ダリヤの、自由気ままなものづくりストーリーが今日ここからはじまる!

こ、これは酷い。結婚式の直前に、いきなり「真実の愛」に目覚めたと言って婚約解消を突きつけてきた婚約者なんて、普通は頭真っ白になるだろうに。
結婚直前ともなったら、友人関係者各位に連絡済みで財産関連の整理とかあれこれもう終わってるくらいだったろうに。実際、新居も用意して家具も運び込んだ状態だったんですよね。感情面をさておいても、実務面でも阿鼻叫喚じゃないですか。
……昔々成田離婚とかの文言が流行ったこともありましたけど、結婚直前とか直後とかにそれ放り出したひとたちは後片付けはどうしてたんでしょうね。
ともあれ、婚約者のトビアスに直前にドタキャンを迫られたダリヤは、頭真っ白を通り越して冷静になったのかどこか淡々と突然山積した問題をテキパキと片付けてき、未練なく綺麗さっぱりトビアスとの関係を解消してしまう。以前から仕事関係で付き合いがあったとはいえ、公証人まで来てもらってお互いに言った言わないのトラブルにならないように、ちゃんと公的な記録に残る形で婚約解消の諸々を片付けてしまう手際が、ここまで来ると痛快ですわ。
それだけ、トビアスに対して異性に対しての思い入れがなかった、という事でもあるんでしょうけれど、ほんとにまるで期待とかしていないのが丸わかりな、事前にこれ以上無いだろうという最低の予想予測を幾つも用意しておいて備えてるんですよね。トビアスはそのここまではやらかさないだろう、という最低のラインを幾つも飛び越えてくるのですが。いや、君冷静に考えて自分がどれだけ恥知らずな事言ってるのか本気でわかってないのか? と疑問に思うほど。
今はもう亡くなってしまったお互いの父親同士の約束で結婚することになった二人だけど、今までもずっと兄弟子妹弟子の関係でやってきた間柄ではあったんですよね。婚約を結んでからも、一応は交際をしていたはず。人となりはわかっているはずなのに、結局ダリヤはこの男のことを何にもわかっていなかったわけだ。この人となら今はともかく将来的に愛を育めるだろうし、穏やかな家庭を作っていけると信じていたわけですから。
彼女だけじゃなく、ダリヤの友人たちもそこそこの付き合いはこのトビアスとあったはずなのに、彼がどういう人間なのか気づいていなかったのですから、ダリヤだけの目が曇ってたというわけじゃないのでしょう。別にこれまでのトビアスの評判も悪くなかったわけですから、他の付き合いでも彼がこんな人だったとわかってた人はいないんじゃないかな。
人間、難しいよなあ、と思うところである。
まあダリヤの場合、根本的にこの婚約者に対して興味がなかった感じもあるのだけど。兄弟子としては尊重はしていても、異性どころか人間としてのトビアスに対して何の興味も関心も期待もなかったんじゃないかと思える節があるんですよね。
トビアスの婚約者としての要求に、もっと地味な格好をしろとか振る舞い方に口出ししてくるのを、唯々諾々と従順に言うとおりにしていたあたり、嫌だなあとかなんだこいつ鬱陶しいな、とすらも思ってなかったからこそなんじゃないかと思うんですよね。頭押さえつけられてた、というにはダリヤは自立心がしっかりしすぎてますし、根本的に無関心だったんじゃないだろうか。まあ自分自身にも無関心だった、という嫌いもあるのかもしれませんけれど。
だからといってトビアスに同情する気にもなれませんけどね。やらかしがひどすぎますし、自分にダリヤが無関心だったとしても、それに対してのアプローチがアホすぎますし、拗らせてったのも自業自得と言えるでしょう。本気で気を引きたいなら、やりよう頑張り方はいくらでもあったわけですしね。

とはいえ、婚約解消直後に出会ったヴォルフと、初対面から話してて楽しい! とか、ウキウキしてしまっているのを見ると、若干可哀想に思うところもなくはなかったのですが。
いつまでも話していたいとか、完全に惹かれてるんですよねえ、初対面から。これはヴォルフの方も一緒なのですが。あっちはあっちで、一目惚れよろしくダリヤに惹かれてしまって、そりゃもうグイグイと距離を詰めてくることに。いや、お兄さん、それ友達相手の距離の詰め方じゃないですよ。異性ならなおさらで。
これまで、顔面偏差値が飛び抜けているが故に、女性関係でひどい目にあい続けて女性不信どころか恐怖症に近いものまで抱いていた彼にとって、気安い女性との接し方というのがわからないが故の無我夢中っぷりだったかもしれませんけれど、スマートなようで幼さも感じさせる積極的なアプローチは好きな子を前に浮かれて緊張しまくる暴走中学生みたいで、微笑ましいやらなんやら。
まあイケメンすぎて、街も変装せずに歩けないとか、小さい頃から女性が粉掛けてくるせいでひたすら友人失い続けた、なんてろくでもない人生送ってたら人格一部ぶっ壊れてても仕方ない中で、多分これが初恋みたいなもんでしょうからねえ。微笑ましくすらあるんですが……。
でもこれちょっと想像してしまったのですけれど、トビアスが真実の愛とやらに目覚めるより先に、この二人が出会ってしまってたらどうなってたんでしょうね。
もちろん、二人共トビアスなんかよりもずっと常識を弁えた人間でしょうから、表立って行動に移すことはなかったかもしれませんけれど。それまで「無」だった所に芽生え産まれてしまったものはもう消せないんだよなあ。心は殺せても、消すことは、なかった事には出来ないのである。
順番が違ったらえげつないほどドロドロの泥沼劇になってた可能性もあるんじゃないか、とちょっとどきどきしてしまった。そういう意味ではトビアスが先にわかりやすく醜態晒して悪者になってくれたのは、なんというか、つご…と云うのはあれか。

とはいえ、ダリヤもヴォルフリードも恋愛関係についてはトラウマがひどすぎるんで、どう見ても異性として意識しあい意気投合してしまっている間柄にも関わらず、恋愛抜きの友情として処理しようとしてるのは、可哀想とも言えるし無理な負荷かけてるよなあ、と思う所。
あと、やたらとお料理描写に力が入っているので、単なる食事シーンが非常に彩り豊かでご飯食べながらお喋りしているシーンが多かったけれど、それ自体が華やかに感じられて良かったですねえ。一種の飯テロだよなあ、これも。
とりあえず、一巻はトビアスとの婚約破棄にまつわる諸々の後始末と、ヴォルフとの出会いというあたりに終始していて、ダリヤの商会の本格稼働はこれからといったところですか。