【悪魔公女】 春の日びより/みきさい Kラノベブックス

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――光溢れる世界の夢を見る。
家族。学校。友達。電車。バス。映画。本。
『私』は光の世界で成長し……最後に白い部屋の中で、闇に包まれた。
夢から覚めると、魔界と呼ばれる世界で小さな一体の悪魔になっていた。
「――帰りたい――」
『私』の心に広がるのは、夢で見た光の世界への憧れ。
そしてある日、目の前に現れた『召喚門』に飛び込む。
再び『私』が目を覚ますと、人間の赤ん坊として生まれていた。
そこは神聖王国。「帰りたい」と願った世界とは異なる人間の世界。
悪魔でありながら、赤ん坊の力しかない『私』は恐怖する。
自分が悪魔だということは隠し通さなければ――……。

さあ、愛しき人間たちよ。
その絶望を“悪魔《わたし》”に捧げよ。


TOブックスから出ている【乙女ゲームのヒロインで最強サバイバル】の作者さんの別シリーズですね。
読んでて気づいたのですが、これウェブ版を読んだことがあるかもしれない。魔界編が既視感あるんですよね。ただその後の展開とか全然思い出せないので多分、触りだけ読んだのかなあ。

お互いを喰らいあう仲間意識というものが皆無に近い悪魔の世界において、暗い獣と呼ばれるそれは小さな光を見つけた。金色の獣と名付けた猫に似た小さな悪魔と彼は悠久の時を共に過ごす。
二人は永遠を共にするのだと、暗い獣は当然のように思っていた。ある日、小さな悪魔が喚ばれるがままに、魔界から去ってしまうまで。

……独占欲が強いだけじゃなく束縛の強い相手は、どれだけ好きでも過ぎると辟易してしまいますよね、という話。
元々、金色の獣に前世の人間の記憶が薄っすらとあって、元の世界への懐旧の情が根強く渦巻いていて、ふとした瞬間に消えてしまうような気配が色濃くあったからこそ、暗い獣の束縛もどんどんと強くなってしまったのだろうけど。でも、その強い束縛が懐旧、郷愁をより強いものにしてしまった、というのを悪魔では理解できないんだろうなあ。
そもそも、愛情という存在ですらたとえ自分の中に厳然と存在していたとしても、それを理解できないのが悪魔なのだろうから。

……根暗いケモノに名前変えた方が良くないですか?w

ともあれ、人が持つ感情を理解できないのが悪魔なら、果たして金色の小さなそれは一体なにものだったのか。たしかに悪魔でありながら、しかし人としての心を確かに魂に宿している。異端の悪魔。
しかし、その彼女が人に転生してしまったなら。
それは人間という種の中に生まれた異端となるのだろう。確かに彼女は人になった。しかし、同時に悪魔である事もまた間違いのない事実なのだ。
人の心を持つ彼女は、そこらの悪魔よりも余程うまく普通の人間のように生きることが出来るだろう。普通の人間のふりをシて頑張って生きよう、と奮起する彼女だけれど、残念ながら人らしく上手く生きる事が出来る、という比較対象は他の悪魔とくらべてのそれだ。
人間という枠組みの中で、彼女はあまりにも異常すぎた。
しかし、幼くして人の枠から外れきった美しさを保つ彼女は、他者を魅了しその一挙手一投足に余人は陶酔し崇拝の目を向けるようになっていく。そして、家族への深い愛情や身近な人達への優しさを慈しみを、人としての真っ当な心を持つ彼女はその美しさと相まって、天使と呼ばれるようになっていく。
皮肉なことに、皮肉なことに、正しく生きる人ほど、清廉であろうとする人ほど、真っ当に生きる人ほど彼女の美しさに、存在に魅せられていく。彼女を天使として崇め、聖女として祭り上げていく。
国中が、彼女に夢中になっていく。
本当は、ユルが……ユールシア・フォン・ゼルセニアが。聖王国の姫が悪魔などとは露ほども思わずに。

このお姫様、本当に優しい天使のような女の子なんですよね。大好きな父親や母親…家族を愛し、身近な人達を慈しみ、普通の人間として在ろうとしている。
しかし、一方で自分の中の悪魔としての本質をまったく否定もしていないんですよね。人の愚かさを、悲しむ気持ちを、苦しみを、悪に溺れる心を、憎しみ恨みしかし罪悪感に悶える心をこそ、宝石のように美食のように好み、本能のままに食い散らかしてしまう、その悪魔としての本能を。
当たり前のように、当然のように、平然と抱いている。
矛盾する、相反する人と悪魔の本質を、しかし彼女は何の違和感もなく両立させているのだ。苦しみ悩むこと無く。
それこそが、恐ろしい。善心を蔑ろにするでもなく、邪神を抑え込むでもなく、無邪気にそれらを自分のものとして両手に持って愛でている。それこそが、おぞましい。
どちらかに偏っていたなら、そしてどちらかか両方を持て余していたら、わかりやすい存在として理解の範疇に収めることが出来ただろうけれど、正邪の両方を並存させてしまっているその事こそが、カノジョを理外の存在として際立たせていると言っていいだろう。
今は、悪を食らう悪として人の世界を犯すことなく存在することが出来ているだろうけれど、果たしてそのまま目につく邪悪をしゃぶり尽くすだけで満足していられるんだろうか。
彼女が最初に悪魔の本能をむき出しにして、貪り食ってしまった人も根っからの悪人ではなかったんですよね。愛の深さを制御できずに愛する欲望に負けてしまった人だった。自分が酷いことをしていると理解しながら、自分を押し留められない人だった。でも、自分が悪だとわかってはいたんですよね。悪意の中に苦渋を噛み締め、欲望に従いながら本当に求めるものは何も手に入れられず、自身の醜さをどこかで嫌悪していて、罪悪感に痛みを感じていた。
まあ内面がどうであろうと、表に出す言動としては悪でしかなかったわけだけれど。
でも、ユルは悪心そのものじゃなく、そういう罪悪感や悲嘆といった感情にこそ甘露を見出してるんですよね。最初から悪に染まった魂よりも、堕ちてしまった魂をこそ甘く蕩けるような味わいを感じているように見える。
人として生きる、と思い定めておきながら、ついつい悪魔の本性をあらわにしてしまい、眼の前の美味しそうな命たちを片っ端から貪り食ってしまったことに、何の後悔も痛みも感じずに、本当にあっさりと一線を越えて、そもそも一線などとまるで認識していなくて何も変わらなかったあの場面こそが恐ろしかった。
今はいい。野良の悪をつまみ食いしている間は、むしろ社会は良くなっていくかもしれません。けど、いずれ美味しい魂を欠かさず摘むために、養殖とかはじめないだろうか心配になってくる。悪魔とは、人を堕落させる存在ですからね。
何より、この世界に降り立った天使のごとき姫君に、熱狂していく王国そのものが果たしてまともでいられるのか。
人として生きていこうと思いながら、同時に悪魔として生きていこう、とも矛盾せずに思い定めるユルの在り方が。
人として、悪魔として、人間たちを愛することを誓うユールシア姫の笑い声に、ゾッと背筋も凍る思いでありました。
いやー、これどうなるんですかね。展開がどう転ぶか、主人公のユルの選ぶ道がまったく判断できなくて、色んな意味でドキドキさせられる作品です。