【隣の席の元アイドルは、俺のプロデュースがないと生きていけない】  飴月/美和野 らぐ 富士見ファンタジア文庫

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彼女はもう、恋愛禁止じゃない。そしてまだ、何も知らない。

転入してきた元アイドル・香澄ミルは普通じゃない。
「初めまして。あなたの瞳を独占中! みるふぃーですっ」
「いつもありがとう! サインは制服でいいかな?」
抜群のスタイルに、宝石みたいな瞳。何より日常生活とかけ離れたこの圧倒的なアザトさが異様だ。――と思ってたら。
「あれ、いまのファンサで真っ赤にならない人、初めてかも」
「ねえ君、私を"普通"の女の子にしてくれないかな」
そして始まるプロデュース。週末の娯楽探しや、文化祭。香澄に普通の高校生活を教えるにつれ「そこそこ」だった俺の日常も変わっていき……これは俺と彼女の、青春と再出発の物語。

……人生オール80点って、もうそれ十分じゃないの? 80点だよ? 人生、普通60点で随分頑張ったレベルじゃない? それでも大方50行くか行かないかじゃないだろうか。
しかし、主人公の蓮は人生オール80点台であると自認しながら、そこに一切満足感も達成感も感じてないんですよね。それどころか、不足に思っている。不足に思っていながら、そこで停滞して立ち止まってしまっている自分に苛立ち、そして諦めている。
80点なのに! ってか、80点で不満なのかよ!! 自分、80も取れたらウハウハでしたわ。天下とったような心地でしたわ!
という事は、彼は100点満点こそが当然、という意識なのだろうか。そうなのだろう。それっぽいなあ。意識高いってのはこういうのを言うんだろうか。彼の場合、いや彼に限らずだけれど、意識が高いと言ってもそれは概ね自分に向いていて、自分に対して厳しい、とも言い変えられるんですよね。
主だった登場人物、みんな自己評価が低い上で他人への評価が高いんですよね、非常に高い。評価というよりも期待値かもしれないけど。
だからか、自己評価と他人から見たその人というのが随分と食い違っている時がある。それぞれ、決して間違ってはいないのもまたミソなんだけど。

てっきり、このお話は一般常識というものを一切身につけていない、どこぞのお姫様かという元アイドルの学校生活を手取り足取り介護してあげる、導いて練習につきあって一つ一つ学ばせていってあげる、そんな密着型ラブコメなんだと思ってたんだけど。
おおう、思ってた以上に重たい話でした。
そもそも、ミルがアイドルやめた理由がもう重すぎる、というか人生か自己の崩壊に近いものだったんですよね。歪に歪に育て上げてしまった自己をバラバラに崩壊させてしまい、何者でもなくなってしまった女の子、それが香澄ミルという子だ。
彼女は形骸と化したみるふぃーというガワを、かき集めて被って立て直そうとして、しかし崩壊の原因である自己の喪失、或いは虚無の自覚を無視できず、空っぽという自認に苦しみながら、普通の女の子になることでそれを埋めようと頑張っている。
でも、自分自身がわからない、自分を見失っている子が求める普通ってなんだ? て話だ。周りと一緒、周囲の空気に埋もれる存在、というのはボロボロにツギハギしたガワですら光り輝くミルにはそもそも不可能な在り方だ。今までのような歪なアイドルとして築き上げた自分じゃない、自然な自分が普通なのか? でも、それなら自然な自分ってなに?
それを見つけるには、一人だけじゃ出来ないんですよね。観測者がいないと成り立たない。
だからこれは、誰にも見えなくなってしまった、最初から存在していないようで多分最初からそこにいた、純粋にして完成された偶像(アイドル)ではない、実像としての香澄ミルを蓮という少年に見つけてもらうお話だ。
いや、正確にはレンには絶対に見つけられないのだろう、これ。他人と自分とでは、評価が見方が全然異なっているように、レンの見る本当のミルという存在は外から観測したものに過ぎない。でも、観測してもらってようやくミル本人が自分の空っぽを埋めていくものに気づいていく。自分自身の心の在り方を知っていく。
だから、これは香澄ミルを二人で見つけるお話だ。
まあ、見つけた所でそこからまた食い違っていく気もするけれど。でもまあ食い違ったままでも間違いではないのだろう。要は、最終的に「分からせる」ことができればいいのだから。
恋とは、概ねそういうものである。

しかしこれ、チラリと見せられた白樺冬華と久遠琴乃の、蓮へのドロドロな昏い昏い執着心が今のところ、一切彼女らの心の内にトドメられていて表に一切出ていないの、逆に怖すぎるんですけれど。
チラッと致命的な所見せるだけ見せて、あとはずっと放置したまま触れさえしない、というの怖いんですけど。
ミルを見つけ出す過程において、蓮もまた停滞を抜け出してしまった。80点で満足できないまま諦めるのではなく、それを満たす方向へとエンジンを駆動させてしまった。それは、冬華としても琴乃としても望む方とは真逆だろう。動かないまま、彼もまた動かなくなった事で満たされた停滞が崩れてしまった。その上で、ミルは彼と共に動き出し、彼と共に歩き出し、その隣を本当の意味で独占しようとし始めている。明確な彼女自身の意思をもって。恋を叩きつけようとしている。
戦争か? これはもう戦争ですか?