【冷たい孤高の転校生は放課後、合鍵回して甘デレる。】 千羽十訊/ミュシャ GA文庫

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やっと二人きりになれましたね?
一つ屋根の下、人付き合いが苦手な男女の不器用で甘い恋の物語。

交流は不必要、他者には常に不干渉。そんな人間嫌いの香良洲空也の隣の席に転校生がやって来る。
ファティマ・クレイ。容姿端麗だが、終始無言で無愛想。空也もいつも通りの無関心でよかったはず――彼女が"同じ家族"でなければ。
一緒に買い物へ出掛けたり、ごはんを作ったり。実は祖母の養子であった彼女となし崩し的に始まる半同棲生活。
でも、これ以上は踏み込めない。お互いの共通点が『人間嫌い』だと知っているから。けれど、「好きだ」という気持ちはもう抑えきれなくて――。
これは一つ屋根の下で芽生える恋の物語。


うははは、そう来たかそう来たか。
この作者さん、GA文庫でも古参の方でずっとファンタジー寄りの作品書いてきた人なんですよね。しかし昨今のラブコメブームも相まって、今回初めて現代の学校が舞台の青春ラブコメに参画する事になったのでしょう。
その上で選んだのが、局地戦。むちゃくちゃ戦域を限定しての局地戦へと持ち込んできなはったw
元々この作者さんて自分のイメージなんですけれど、作品のパーツパーツは素晴らしくイキイキ溌剌としていて戦闘力高いんですけれど、それらキャラクター描写、ストーリー展開といった一連のパーツを取りまとめて一つの物語として形作る構成力、統括力にいささかもどかしい所があるなあという印象だったんですよね。
それを今回は敢えてなのか何なのか。もういっそパーツだけで勝負だッ!とばかりに色々とうっちゃって局地限定戦を挑んできたんじゃないかと、これ。
ラブコメの諸々を脇において、ただひたすら二人でイチャイチャするだけの話に絞ってきたッ!!
いやしかしこれはなるほど。ありといえばありなのかもしれない。物語としてもうこれ一切前にも後ろにも進まないという点さえ無視すれば、ラブコメの肝の一つであるイチャイチャをひたすらニヤニヤしながら堪能できるわけですしね。問題は、それを飽きさせずに見せ続けることが出来るか、という所に手腕が問われてくるのですけれど……。
面白いのが、肝心のメインとなる二人が結構異色な人物像、という所か。ある種のラブコメ王道的な主人公・ヒロインからは少しズレてるんですよね。
特に主人公の香良洲空也。最初は気づかなかったのですけれど、かなりの変人ですよ、これ。どちらかというとこういうタイプって生徒会長で辣腕振るっているタイプなんじゃないだろうか。自然と湧き上がってきたイメージは鬼畜眼鏡系。「〜〜したまえよ、キミ」とか言いそう。
挿絵だとあまり特徴のない優男なんだけど、口ぶりや喋り方、言い回しは堅苦しくも古風な風情があって、作中で学帽を被って羽織をマントのように着こなす大正時代の書生風の格好をするシーンがあるのですが、金色夜叉じゃないですけれどそういう時代の小難しい顔をした文学青年という雰囲気があるんですよね。
見た目は外国人そのままながら生まれも育ちも日本人なファティマの銀髪和風な矢絣に袴姿の大正女学生な格好とこれがまたお似合いでねえ。
完全に二人きりの世界なんですよねえ。余人が首を突っ込んでくる余地がない、二人だけの世界観。

この作品が特異なのは、冒頭からもう二人が付き合っているという関係もそうなのですが、二人共学生で同じ学校に通う関係でありながら、友人とかクラスメイトとか部活仲間とかそういう他人が一切関わってこないのである。ファティマも空也もファッションボッチなどではなく、ガチの人嫌い。人と関わるのが嫌で、人から干渉されるのが我慢ならない本物の孤独を愛する人間なのである。
そんな二人にとって、唯一無二なのがお互いであり、人と関わるのが嫌いという以上にその人と一緒に過ごしたい、寄り添って生きていきたいと思ってしまった結果、不器用に手探りにしかし真摯に率直にお互いに抱く気持ちを捧げ合う、そんな二人だけの閉じた世界が完成したのである。
彼らにとって、それ以外の人間は邪魔者でしか無く、唯一二人にとっての祖母であり義母であるばあちゃん以外は本当に全く話に関わってこない。モブとしても登場しない。
ただただひたすらに、ファティマと空也が仲睦まじく時間を過ごしていく、ひらたく言うとイチャイチャするのを鑑賞し続ける作品なのである。恋愛巧者どころか、お互い捻くれ者の人嫌い同士。コミュニケーションには難があり、だからこそ率直に想いを伝え合うのだけれど、お互いにそれは攻撃力が高すぎてダブルにダメージを喰らいながらイチャイチャし合う光景は、何ともノーガードの殴り合いみたいな勢いがありました。
ただ、最終的にお互いしかわからない理由で拗れてしまったのは、ちょっと二人共自分達の世界に浸りすぎなんじゃないか、と思ってしまいましたけれど、明治大正時代の文学作品に出てくるようなやたらと面倒くさい内面の人種の迷走と比べると、まだわかりやすいのかもしれないし、ついついそういう時代の登場人物と比べてしまうほど、雰囲気のある二人だったんですよねえ。
いやまじで、お互いの気持ちが阿吽過ぎて、余人には理解しがたい極々繊細微妙なすれ違いというか解釈違いというか距離感の縮めるタイミングのズレが、大事になってしまったのはこれイチャイチャしすぎの弊害なんじゃないかと思えてきた。
でもお互い繊細過ぎるくらい繊細だからこそ、ちゃんと二人共通の大問題として捉えられたとも言えるので、片方がもうちょっと無神経というか大雑把な性格だったら、一方だけが大問題として認識しつつもう片方は問題の発生自体を認識していない、という破局必至の状態になっても不思議じゃなかったでしょうから、これはこれでやっぱりお似合いでした、唯一無二の二人でした、と号するしかないのかもしれませんでした。
まったくもって、ごちそうさまでした、はい。