【許嫁が出来たと思ったら、その許嫁が学校で有名な『悪役令嬢』だったんだけど、どうすればいい?】 疎陀 陽/みわべ さくら ダッシュエックス文庫

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「お前には許婚がいる」とある土曜の朝、父親から告げられた衝撃の事実。
東九条浩之、高校2年生。帰宅部、彼女はナシ、だけど不満もなく平穏な日々を送っていた。
はずだったが……浩之を置いて、話はどんどん進んでいく。
しかも、許婚は同じ高校に通う容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群のパーフェクトお嬢様!
「言っておくけど拒否権、無いわよ?」
だけど彼女は学園でも有名な「悪役令嬢」で!?


うわーーっ、うわーーっ、いいなー、これはいいなあー。
桐生彩香、恋をする。
これは人間に失望し続けて諦めていた少女が、自分と家族以外の人間は敵か遠くから見ているだけの傍観者でしかなかった少女が、桐生彩音という自分自身をちゃんと見てくれる人と初めて出会ってしまった話だ。
借金のカタに許嫁として捕まえた男が、運命の相手だった。彩音嬢からしたら、まさにこれなんでしょうね。
成り上がりの家の娘として、どれほど努力しても認められず受け入れられず見下され卑下され踏みにじられてきた彩音にとって、父親同士の勝手な約束事とはいえ、名家の血を取り込んで自分達家族を見下してきた奴らに堂々と抗してやる、というのは彼女自身の願いでもあったわけだ。
だから、事前に承知していなかったとはいえ許嫁として東九条浩之という少年を婿に迎えるのは彼女自身の選択だった。だから、突然許嫁として一緒になる事に決まっても彩音の方も拒絶感は示さず、受け入れ態勢ではあったんですね。ただ、浩之ちゃんに対しては非常に事務的で、人身御供という形で人生を決められてしまった彼に対しては罪悪感や負い目もあるのだけど、ビジネスライク……というよりも淡々とあんまり感情を込めない付き合い方をしようとしてたんですよね。
あくまで政略結婚で、彼には婿としての義務は求めるけれど、それ以外は自由にしていい、というような。それでも、浩之ちゃんに対して負い目を感じている分、自分の体も含めて出来るだけの事はしようとしているところが、この娘の人の良さを感じさせる所なんですよね。
しかし一方で、他人に気を許そうとしないあたりは、彼女が歩んできた人生が垣間見えるのである。
周囲からは悪役令嬢呼ばわりされて、忌避……というよりもこれ恐怖の対象みたいな扱いされてるんですよね。ヤクザどころか、堅気だろうと気に入らなければ族滅ヤっちゃうぜ、なマフィアのボスの娘かよ、という怯えっぷりである。
大概は誤解もいいところなのだけれど、誤解を招くような振る舞いも彩香の言動にはあったんですね。彼女はこれまで常に攻撃にさらされ続けていた。成り上がりの家、というやっかみや嫉妬、彼女自身の美しい容姿や優れた能力に対して、その努力や費やした労力を鑑みることなく、不当に得たもののように捉えて絡んでくる相手に対して、彩音は常に攻撃を持って防御としてきたんですね。
自分や家族の尊厳を守るために、妥協を一切せず、常に反撃し続けた。穏当に納めることを良しとせず、煽るように攻撃的に正論で殴り返し続けた。
喧嘩を売られたら絶対に買うし、買った以上は勝つまで徹底的にやる。舐められたら殺す、の精神で舐めた事言ってくるやつ、絡んでくるやつは徹底的に思い知るまで論破し叩きのめす。
そうやって、悪役令嬢は形作られてきたのである。孤独な彼女は、そうやって自分を守ってきた。
でも、そういう攻撃に対してそれ以上の攻撃を持って思い知らせて逆らう気をなくさせる、というやり方を彼女自身誇りを持って堂々と行っていたわけではなかったみたいなんですよね。
うーん、間違っては居ない、そうするしかない、それが自分の戦う術であり、自分や家族を守るためのやり方だ、という自負はあったと思うんです。
でも、それを浩之ちゃんに見られた時、彩音は泣いちゃうんですよね。見られた、こんな自分を見られてしまった、と泣いちゃうのである。
もう、そこでキュンキュンしてしまった。この娘の乙女としての心根に、心奪われてしまった。

はじめは、他人だった。所詮は他の人間たちと同じ、自分を見下すか拒否するか、遠い距離に居続ける相手だと思っていた。
でも、彼は自分を悪役令嬢でも成り上がりの卑しい家の娘ともレッテルを貼らず、ただの桐生彩音として接してくれた。それどころか、彼が生きている穏やかで敵もおらず、何人もの友人がいて、普通に笑って過ごすことの出来る学校生活、その空間の中に自分までも連れていってくれた。
彼の前では彩音はただの女の子だった。彼と一緒にいると、普通の女学生みたいに彼の友人たちが声をかけてくれて、一緒にご飯を食べたり遊んでくれたりした。
彼の生き方には、自分よりも他人に手を差し伸べる優しさという芯があった。それを、見つけてしまった。感じてしまった。
そんな彼が、自分を認めてくれた。自分の誇りを、肯定してくれた。一緒に生きてくれると、約束してくれた。
許嫁なのだ。そんな彼が、自分の許嫁。自分と結婚する人。これから一生を共にする人。
桐生彩音は、それを段々と実感していくんですね。それを理解していくのです。許嫁として事務的に自分の人生に付随するだけの相手だと思っていた人が、どんどんと自分の特別になっていく。自分自身をも変えていってくれる。
それに気づいていくたびに、彩音の意識が徐々に徐々に変わっていくんですよ。心の弾み方が、言葉の踊り方が少しずつ少しずつ変化していくのである。
あ、この娘、浩之ちゃんの事ちょっとずつ好きになっていっている。ちょっとずつ、でも確実に夢中になっていっている。それが、すごく伝わってくるんですよ。
どんどん、浮かれていくんですよ。幸せな気持ちがとめどなく湧き出てきて、それに溺れていくのである。
多分、最初の方に浩之ちゃんに、他人の攻撃に対して徹底的に反撃してコテンパンに言い負かして泣かせて追い返す姿を見られても、なんにも動じなかったと思うんですよ。事務的に義務的に許嫁として、将来の婿としてただ居てくれて、子供を作る相手でしかない存在ならなんにも気にならなかっただろうに。
でも、それを見られたときには、浩之ちゃんという青年は彼女にとってあまりにも特別になっていて、自分のあまりにも孤独で攻撃的な姿を見られて軽蔑されるかもという恐れに、泣いてしまったんですね。泣いちゃうんですよ。前述したけど、その泣いてしまった姿がもう、グッときたんですよ。
そして、そんな彼女を軽蔑も否定もせず、彼はその孤高の強い生き様を凄いと言ってくれたんですね。自分の誇りを彼は肯定してくれた。
そりゃ、もう夢中になっちゃいますよね。デレッデレになっちゃいますよね。彼女にとって、もうどうしようもないほど、これは運命だったのだ。

しかし、その運命は略奪でもあったわけだ。
既に、東九条浩之という少年は、他の少女たちにとっての運命だったんですよね。それを、結果的に彩音は鳶よろしく掠め取ってしまった。
浩之ちゃんの親父さん、仁義を切ってないんだもの。そりゃ、揉めるわー。これもう戦争になりかねん。もう今さら彩音も後には引けないでしょう。彼は本物の運命になってしまった。それこそ本物の悪役令嬢になってでも、手放せないものになってしまったんじゃないだろうか。
果たして、大人しく身を引こうとするのか。それとも、みっともなくても抗い、他の乙女たちを泣かせても戦うのか。
幼馴染二人組も、このまま黙っちゃいないだろうし。さあいったいどうなるのか。彩音がどんどんと乙女になっていき、浮かれていく姿を見ているのも楽しかったですけれど、それ以上にこれからどうなるのかが気になって仕方ありません。
ガチの悪役令嬢が誕生してしまうのか。