【竜の姫ブリュンヒルド】  東崎 惟子/あおあそ 電撃文庫

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すべてを赦し、ただ一度、憎んだ

人々は彼女をこう呼んだ。時に蔑み、時に畏れながら、あれは「竜の姫」と。
帝国軍の大砲が竜の胸を貫く、そのおよそ700年前―-邪竜に脅かされる小国は、神竜と契約を結び、その庇護の下に繁栄していた。
国で唯一、竜の言葉を解する「竜の巫女」の家に生まれた娘ブリュンヒルドは、母やその母と同じく神竜に仕えた。 竜の神殿を掃き清め、その御言葉を聞き、そして感謝の貢物を捧げる――月に、七人。
第28回電撃小説大賞《銀賞》受賞の本格ファンタジー、第二部堂々開幕!

前作の700年前に起こった出来事を描いた前日譚、なんだけれどそこまで前作と直結しているわけではないので、世界観だけ共通した別作と見てもいいだろう。
一貫して一緒なのは……神がクソ野郎、という事だろう。こいつが、全部の元凶じゃないか! 
嫌だ嫌だ、こんな神様は本当に嫌いだ。前作でも、もうこの神がエデンの生物に植え付けた思想には、生きるものへの尊崇というものが見当たらず、白痴として従順に運命に従え、自分の意思を持つな、神への愛情以外の感情を抱くな、と言わんばかりのカルトで、嫌悪しか浮かばなかったのですが。
本作においても、恐らく前作のエデンの守護者だった竜の前任者であろう、あの竜への仕打ちたるや……悪意の塊なんですよね。
竜が抱くに至った愛を祝福するどころか、愛するという行為を凌辱するような呪いを竜に与えるのである。それは、竜と人の間に紡がれた愛という概念を、汚す穢す踏み躙って侮辱するような呪詛。
あまりにも酷い仕打ちなんですよね。
だからと言って、その後に竜が行っていた行為を弁護することは出来ないのですけれど、純粋に愛する人を得た竜が歪んだのは、彼が愛した人が悲しみ続けたのは、その悲しむ彼女に竜が心掻きむしられたのは、神の嫌がらせとしか思えない呪いのせい以外の何物でもないじゃないですか。
寿退社くらい、寿なんだから祝福して送り出せよ! 退職を絶対に認めずに借金背負わして縛り付けようとしたり、履歴書に傷入れて再就職の邪魔しようとするブラック企業かよ。或いは、去るものは絶対に許さない、というカルト教団か。いずれにしても、この神のなさりようには虫酸が走って仕方なかった。
前作も、ある種の神の威光に対しての人間の罪深さ醜さが逆に人間讃歌として、生きる意思の素晴らしさ、輝き美しさとして描かれているような、悲劇でありながら神へのレジスタンスのような印象を与えてくれる話でしたけれど、今作もまた四人の男女の生き様がまた人間讃歌になっているようにみえるんですよね。
てっきり、四人のうちの誰かが心折れ、生き様が歪み、信じる人を裏切って堕ちる結末を迎えるのかと思ったのですけれど……彼らは愚かで考えが足りず、時に間違え、時に後悔に足を止め、苦しみ悩み続けましたけれど。最後まで、各々が抱いた信念を、愛情を、夢を、貫いたんですよね。
お互いのことを、最期まで信じ抜けた。手を離さなかった。裏切ること無く、諦めること無く、奪うこと無く、与え続けることが出来た。
神のように奪うだけじゃない、お互いに与え続けられたんですよね。
純粋に善心を貫いたブリュンヒルド。彼女を愛し国を守ることを貫いたシグルズ。騎士といて忠誠を果たし、友を得たスヴェン。この3人は元より純然たる光でした。想像を絶する苦難を経て、その光は曇り陰り明滅したかもしれませんが、それでも常に光であり続けました。
一方で、端から闇であったのが残る一人、ファーヴニルだったでしょう。情を感じる心を持たず、愛や好意といった感情を抱けない自らを壊れた人間と評する彼は、しかし光に焦がれ続ける闇でした。
愛を理解せず、心を持たず、情を感じ取れない人でなしであったかもいれないけれど、彼は常に誰かを好きになりたいと思い続けていた。姫ブリュンヒルドを好きになりたいと思い続けた。姫とシグルズの愛を心から祝福したいと思い続けた。スヴェンとの間に友情を交わしたいと思い続けた。
それを感じる事は出来なくても、そう在りたいと求め続けたのである。彼は間違いなく、愛を尊び、人の感情というものの価値を信じ続けた。
感じられないのに、実感できないのに、どれだけそれらを与えられても、その事に何の感慨も感情も抱けないのに、彼は決して愛も友情も忠誠心も国を憂い民を慈しむ心を、平和を望む気持ちを、蔑む事も見下すこともせず、人の意思を願いを祈りを、尊び続けた。信じてそれを守るために常にボロボロになって傷つきながら戦った。彼は絶対に裏切らなかったのである。
ブリュンヒルドたち三人の同志は、そんな彼を、彼の破綻を、闇を理解しながら、同時に彼のあり方を認めて、受け入れて、感謝して、彼らもまたファーヴニルを信じぬいたんですよね。
なんて眩しいんだろう。たとえ心が無くても、よほど神などより尊い意思であり、在り方じゃないですか。
だからこそ、竜もまた呪いに狂った憎しみを昇華して、旅立てたんじゃないだろうか。
これは決してハッピーエンドではない、幸せな結末へと至った物語ではないかもしれない。あまりにも多くの悲劇と、悲しみに彩られたお話かもしれない。でも、彼らが精一杯生き抜いた物語でした。想いを貫き、生き切ったお話でした。神に向けて誇れよ、人よ。人は神の愛など関係ないところで、これほどまでに美しく眩しく、生き抜けるのだ。
見たか、神め。と言いたくなるくらいには、やっぱりこの神様は嫌いです。