【恋人以上のことを、彼女じゃない君と。】  持崎 湯葉/どうしま ガガガ文庫

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たのしくて・気を遣わない・ラフな関係。

元カノと夜を共にした。ブラックな仕事に疲れた山瀬冬は、ある日大学時代の彼女・糸と再会し飲みに誘う。愚痴や昔話に花を咲かせ、こういう友達関係もいいなと思っていた矢先、酒の勢いに呑まれてやってしまった。後悔する冬だが、糸は「謝っちゃだめ」と真剣な表情で制す。「ちゃんとしようとか言わないでよ。ただ心地良いから一緒にいようよ」糸も疲れていたのだ、社会が強要する正しさや、大人としての不自由さに。こうして二人は『仕事とか恋とか面倒なことは抜きで、ただ楽しいことだけをする』不思議な関係を結ぶ。社会に疲れたアナタに贈る、癒やしとちょっとエッチな短編連作。

うわぁぁぁ、うぁぁぁぁ、あかん、これはあかん、刺さる。グサグサプスプス刺さる刺さる。
痛気持ちいい。
なんっだよー、もっと緩い話じゃなかったんかよー。うん、癒やしが得られるお話だよね。たしかにそれは間違いない。糸と冬、二人の恋人という枠組みに嵌め込まない曖昧で適当でユルユルのただ楽しいだけの関係ってのは、お互いにとって癒やしそのものだっただろうし、見ているこっちにとっても社会人の、大人のしがらみから解き放たれた自由な気楽さは楽しさが伝播してくるような共感を、幸福感を与えてくれるものでした。
でもさー、でもやー、癒やしは間違いないんだけどさー、肝心のこの二人、冬くんと糸ちゃん。特に糸さんよ。この娘、癒やされてリフレッシュしてよし頑張ろー、とHP満タンになってつやつやして仕事に、現実に戻れる……そんな状態じゃないじゃない! ってか、死にかけじゃない! 癒やされないと死ぬじゃないこの娘!!
既にもう致命傷だよ! 重体だよ! 癒やさないとマジでぶっ壊れてあかんくなる状態やん!
マジでギリギリの瀬戸際だったんじゃないか。もう心身ともにボロボロで心が形を保てるギリギリでグズグズに崩れかけていて、ヤバいなんてもんじゃないじゃないですか。
冬くんが選択肢間違えてたら、本気で終わっていた場面、三回かそれ以上あったんじゃないだろうか。
よく気づいたよなあ、彼。よくもまあ察せられたよなあ。間違えたり遅れたりした事もあったけど、冬くん本当にヤバかった時は見逃さなかったんだよね。これは本当に偉い。偉いなんてもんじゃない、救急救命だよ。
この楽しいだけの無責任なくらいの無駄な時間が、彼らにとっては命綱だった。限界の淵で、現実に負けてしまいそうな、心砕けてしまいそうな瀬戸際で、命を繋ぐ蜘蛛の糸だった。
糸が糸にしがみついてるというのは、変なレトリックですけどね。そういえばこの二人の名前はどういう意図なんだろう。糸と冬って終ってことでしょ? うむむ、分からぬ。
ともあれ、人ってのは心が死ねば死ぬんですよ。たとえ体が生きていようとも、心が死んでいればその後の人生は虚無だ。心から何かを感じることがなくなってしまう。
だから、心が救われればそれだけで生きていける。

冬くんがせっせと糸に注ぎ込んでいたのは、癒やしの水だ。命の水そのものだと言っても良い。或いは輸血? 通常状態でダバダバドバドバと出血し続けている彼女に、命そのものを注ぎ込んでいたと言っていいんじゃないだろうか。それなのに、彼女の置かれた環境は……会社にしても親にしても、さらにこの上からふさがってもいない傷口をバッサバッサと切り開いていきやがる。
彼女にとって人生は諦め続けたものだったんじゃないだろうか。そんな彼女の宝物のような時間が、大学時代の冬くんと付き合っていた頃。それも現実に負けて、消えてしまって、諦めの人生に絶望までが叩き込まれて、本当に終わってしまいかけていた時に、二人は再会したわけです。
なんだよそれ、奇跡かよ。
それでも、普通ならそのまま先細りしてやっぱり消えてしまう関係だったのでしょう。今更恋人なんて枠組みじゃあ、彼女は救われなかった。
敢えて枠組みを取っ払った、契約も何も結ばれていない、曖昧で約束もなく拘束もされずふとしたことで壊れてなくなってしまう脆い淡い、友達でも恋人でもなんでも無いただ楽しい関係。
そんなちょっとした事で台無しになってしまう関係をこうして続けられるってことは、それって契約も約束も枠組みすらも必要ない、お互い想い合うという形のない繋がりだけで維持できるくらい、強い関係ってことでしょう? 傷つけることがない、痛めつけることがない、労りあえる関係ってことでしょう? 
それは泣けるほど、尊い関係なんじゃないですかね?
糸ちゃんはさあ、彼に会えたことで、もうこれまでの人生の収支が会うんじゃないかな。こんな男、いないよ? こんなに察してくれる奴は、こんなに気づいてくれる奴は。すれ違い間違えることはあっても、本当に大事なことは見逃してくれないこの青年は、まさに運命だ。
一度逃してしまった。それが奇跡によって二度目が繋がった。三度目は期待しちゃいけないんだろう。いやでも、今度は彼の方から逃してくれないのか。彼の方から捕まえて離してくれなかった。良かったねえ、羨ましいねえ。
愛してくれるだけじゃない。本当の意味で、幸せへと導いてくれる人だ。すげえ人だ。泣きそうなほど尊敬する。ってかなんかもう、泣けてきた。
現代は、現実は大変だよ、辛いこといっぱいだよ。虚しいししんどいよ。みんな色々な思いを抱えながら日々をやりすごしてるんだよね。
24歳の若い身空でこんなに苦しそうに、辛そうに生きていた彼らが、こんなふうに幸せへの取っ掛かりを手に入れた。とても素敵な現代の現実の中でのフェアリーテイルだと心から想う。
……フェアリーテイルってフェアリーテイルって意味のフェアリーテイルだからね、この場合w

そういえば、チラッと喫茶店に作者の作品のパパ活JKの二人が登場してましたね。他にも誰か別作品のキャラとか居たのかな?