【いつの間にかチュートリアルおじさんとして人気者になっていた】 白水 廉/ニシカワ エイト エンターブレイン

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35歳フリーター多井田勇の唯一の生きがいはVRMMO。しかし最近はVRMMOにもリア充が蔓延り、
ぼっちの彼はゲーム内ですら居場所を無くしてしまう。そんな勇が目を付けたのは新作タイトルのβテストだった。先にゲームをやり込み、正式稼働後にリア充初心者プレイヤーを狩って鬱憤を晴らそうと考えたのだ。そうして正式稼働初日にまんまと初心者プレイヤーを誘い出した勇だったが、あまりにもゲームのことを知らない彼に調子が狂い、逆に手取り足取りアドバイスしてしまう。そんなことを繰り返しているうち、勇はいつの間にか「チュートリアルおじさん」として皆から慕われるようになってしまい――!?

本当にただおじさんがチュートリアルしてくれるだけのお話だった。
いや、大会の実況とかも依頼されて他にも色々とするんですけどね。基本的に、あくまでチュートリアルこそが彼の行動規範であり理念となっていくのですが。
チュートリアルとはそもそもなんぞ、と聞かれるとチュートリアルはチュートリアルで認識してしまっているため、改めて説明するとなると中々アタマを捻らなくてはならないんですよね。
良くスマホ関係で親などに「アカウントってなに?」とか聞かれて困ってますw
さてもチュートリアルとは、まあざっくりいうと初心者向けに機能やシステムなどの使い方を説明解説する案内機能らしいですね。或いは指導という意味合いも込められているみたいです。

ゲームをはじめるにあたって右も左もわからない初心者たちに、基本的な要点を丁寧に教えてくれるおじさんが、チュートリアルおじさんなのだ。
プレイヤーに対して最初からお約束をわかっている体でゲーム進行がなされてしまうと、どうしてもついていけずにゲームの序盤で楽しめずに脱落してしまう層は出てしまうものです。そういった人たちに対して、チュートリアルおじさんはまさに救いの手。自分から能動的にあれこれと調べて覚えないといけない序盤に、相手側から能動的に色々と教えてくれるというのは思いの外助かるものです。何がわからないのかわからない状況で、まず何をしてこれを目標にしてこうしたらいいよ、という指針、方向性を与えてくれるって、想像以上に最初の推進力になりますからね。一度やり方がわかって動き出せば、そこからは自力で何とかできるものだし、やろうという意欲も湧いてくるもの。
ゲームの運営側としても、彼の存在はとても助かるものだったんじゃないでしょうか。

そんな彼も最初からチュートリアルおじさんとして活動していたわけじゃありません。むしろ、実生活がうまくいかない反動で、ゲームで若くて楽しそうなリア充どもをPKしたりハメて苦しませて貶めることで鬱憤を晴らしてやろう、なんて闇を溜め込んだおじさんでした。
それが生来の間の悪さ、流されやすさ、或いは人の良さから、ハメ殺ししようとした初心者の若い少年少女からの純朴な好意に流され絆されしているうちに、ただ何もわからない初心者に色々教えてあげるだけに終わってしまい、請われれば断れない小市民さ故に、或いは何も知らない人にありがちな頓珍漢なプレイに思わず指摘を入れている間に、彼自身人を助けて感謝されることに心地よい快感を覚えていく、いや思い出していくのであります。
人間、悪い事をすればそれはそれで甘味を得ることも出来ますけれど、そも人は社会性の生き物。まあ社会性故にハズレモノを排斥する本能もありますが、良いことをして褒められ感謝されることというのはプラスのベクトルの快感を得る生き物でもあります。
実生活で踏みにじられる側だったおじさんにとって、誰かに感謝されるなんて久しく経験していなかったことでしたが、改めてそういった良いことをして良い報いを得るという実感は、彼にまとわりついていた負のスパイラルを描いていた妄念を徐々に吹き払っていったのです。

そうして、偶々ではなくちゃんと自分の意志で、まだゲームを始めたばかりで何をどうしたらいいかわからず困っている初心者たちに、積極的に自分から声をかけて助けて回る、チュートリアルおじさんが誕生したのでした。
尤も、彼が接触したプレイヤーたちが多種多様な人種なれども、みんな非常に良い人たちで、助けられたらありがとうを言える。普通に感謝の念を返せる。基本的な助け合いの精神の持ち主たちだったことが幸いだったのでしょう。人間たくさんいれば、そういう人たちばかりではないことは残念な現実ですしね。そういう人に行き合ってしまえば、さておじさんの行く末はどうなっていたのでしょうか。
その可能性の一つともいうべき虚しいPKプレイヤーが一人登場していますが、なんというか彼は報いすら受けずにたった一人で悦に入り続けたまま、ある意味放置されてスルーされていく様子が何ともああ無情、でありました。叩かれすらしてもらえなかったんだよなあ、あの人。最初から最後まで誰とも線が繋がらない孤独のままで通り過ぎていった人でした。一つ間違えれば、それはおじさんの姿でもあったのでしょう。おじさんだけはそれを薄っすらと理解して、その意味を噛み締めているようでした。

そうしてチュートリアルおじさんというゲーム内での新しい楽しみ方遊び方を嗜んだおじさんは、徐々にそして着実にゲーム内での知名度をあげていくのでした。本人の知らない間に。
そりゃあ、少なくない新規ゲームプレイヤーが、彼のお世話になったわけですからね。
またチュートリアルおじさんはベータテスト時代に習熟した知識で停滞せずに、新しい知識のアップデートも欠かしません。お世話した初心者たちはあっという間に彼を追い抜いていってしまいましたが、おじさんに助けられた事は忘れずに、一緒にレベル上げにつきあってくれたり、検証を手伝ってくれたり、使わなくなったアイテムなどを分けてくれたり、と情けは人の為ならずという良い循環が続くのでした。
そうして、評判になっていたチュートリアルおじさんに、ゲームの運命も目をつけることになります。彼の働きは、ゲームそのもののプレイヤー人口を維持することに直結していますからね。
そうした知名度や働きを踏まえて、チュートリアルおじさんはゲーム内の大会イベント実況のゲスト解説者として招かれることになったのでした。
ちゃんとした仕事でした。お給料も出るのでした。そこそこ大したお値段でした。
運営としては、最低限客寄せパンダになってくれればいい、という期待値だったのでしょう。ゲーム内有名人とはいえ、所詮は素人。ゲーム配信などもしておらず、解説役として適当かどうかなど判断のしようもありませんでしたからね。
しかし、チュートリアルおじさんは真面目でした。お手当が出るのですから、それも寸志ではなく相場的にもちゃんとした解説者に出すのに適当だろうお値段です。お仕事ならばしっかりとやらないと、とおじさんは大会で実際に使用されるだろうスキルなどを一通り習得するなど、頭でっかちの知識だけではなく自分で使用しての体感などまで身につけるために、勉強と実習を繰り返すのでした。
解説者って、事前に勉強し情報を蓄えている人とその場の勢いだけで喋るそうでない人とでは露骨に内容の濃度が違ってきますもんね。
というわけで、事前にしっかりと勉強して体感を得てきたチュートリアルおじさんは、プロのアナウンサーが務める実況の相方として、見事に解説者おじさんを全うしたのでした。アナウンサーの人にも褒められました。良かったね。
運営側にも喜んでいました。おかげで、次回があればまた解説をお願いしたい、なんて依頼されたりもします。真面目なお仕事が報われたということですね。安くキツイバイトで孤高を凌ぐおじさんとしては、この臨時収入は真実ありがたいものでしたし、ここで得た高い評価はなにやら実生活の方にも影響を及ぼしそうな雰囲気が漂っています。縁あって、実生活の方でも働き口が見つかるかも、みたいな?

なんにせよ、良い行いをすれば良い報いが訪れる。そんな当たり前になってほしい、吝い現実の中で生まれた優しい世界の淡くも善き小さな御伽噺でありました。

しかし、新規参入の新人プレイヤーたち。片っ端からもとからあるゲームのチュートリアル、見ないで飛ばすのね。自分もまあ説明書読まずにまずやってみて感触を確かめる、タイプの人間ですけれど、本当に全然わかんないからその辺の人に聞いてみるくらいなら、説明書読みますけどね!
さすがに行き当たりばったりのプレイヤー多すぎないですかね!?
或いはチュートリアルおじさんが、こういう没入型ゲームでは攻略サイトみたいな役割になってたんだろうか。

……あと、このおじさん自分より若いんですけど。まだ若いのにおじさんおじさんて、地味に微細ダメージが蓄積していくのですが。35歳はまだ全然若者だよ!!(魂の叫び)