【美少女にTS転生したから大女優を目指す! 1】  武藤かんぬき/あって⇒七草 HJ文庫

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人生やり直したら美少女に!? 

過去に演者を目指していたが、病に倒れて5年以上寝たきりで過ごしていた松田圭史。彼は気が付くと昔住んでいた懐かしいアパートの一室にいた。その姿を女児の赤ん坊・松田すみれに変えて。
思いがけないやり直しに、戸惑いつつもより良い人生を送るため日々奮闘するすみれ。そんな彼女(?)の運命は、姉が勝手に応募した『全国美少女オーディション』により大きく動き出す――!!
人生を悲観していた30代後半のおじさんが美少女に転生したら大女優に!? TSやり直し現代ファンタジー、華麗に開幕!


現代を舞台に、人生二週目を生きるという展開は珍しくはないのですけれど、一周目では男として生きていたのが一度死んで気がついたら女として生まれていたというTS転生で、というのは初めて見たかもしれない。
TS転生だと、だいたい現代を舞台にしていても全くの別人として生まれ直すパターンが大半ですからね。同じ家族、同じ両親から生まれた本人として、でも性別は女になってしまっていて、というのはなかなか新鮮である。家族との関係のみならず、子供時代からの知己や交友関係にしても男と女では関係性が変わってしまいますしね。
そして時代背景である。現代は現代でもこれ……平成初期? 主人公が40代で亡くなったのなら、そりゃ子供時代は平成初頭ですよね。そりゃそうだ。そりゃそうなんだが、この時代が舞台というのはかなり予想外だったですよ!? 
平成初頭ってうん、そうですよね、まだ昭和の気配が色濃く残る時代である。今の人からすると、平成なんて後半入るくらいまでは昭和と一緒くたになっちゃってるんじゃないだろうか。まさにその昭和最晩年に生まれ、その時代を生きてきた自分からしてそうですし。
にしても、昭和テイストが凄いぞ。平成の最初の方ってこんな感じだったっけ。もうちょっと昭和脱却して平成してたと思うんだけれど、主人公のすみれの年齢、小学生のあたりだとこんなもんだったかなあ。
ともあれ、現役の大女優の邸宅に親元を離れて上京してきた若手の女優たちが弟子か生徒扱いで寮住まいで共同生活して、という大時代的な形態はちょっと今は考えられないよなあ……え? ないですよね、昨今こういうの。芸能関係全然詳しくないのでイメージだけで語っちゃってますが。
コンプライアンスがかなりいい加減なのも、時代を感じさせられます。コマーシャルの一件なんか、裸云々は当然として、親元に連絡も可否の問い合わせもなく、ですもんね。身元引受人である女優の大島さんに確認取ったりもしている様子ないし、マネージャーが現場で勝手に決めちゃっている。両親から身元を引き受ける時に女優の大島さん、すみれさんにとって不都合なことはしない、と約束してくれているんだけれど、こういうケースは全然問題じゃない、という価値観なんですよね。大島さんが、芸能界が、というんじゃなくてもう世間一般の価値観が令和の今と全然異なっているんだ。
マネージャーも悪い人ではなく、むしろ仕事は出来るし小さなすみれの話もちゃんと聞いてくれるし真摯に仕事に頑張ってくれている人だ。大島さんも厳しいけれど、すみれの将来を嘱望して手を差し伸べてくれて、誠実に導こうとしてくれている人。同じ大島門下の姉弟子となる若手女優のお姉さんたちもすみれの事をかわいがってくれて、とにかくみんなイイ人なんですよ。仕事先で出会った女優の卵も、素行の悪くて速攻で干された面々は兎も角として、仲良くなった娘らはだいたい良い子なんですよね……でも、時代そのものの価値観が今と全然違っていることで人間関係の距離感とかも微妙に現在と違うことから、なんかもう空気感がちょっと違うんですよね。昭和、昭和の匂いがする。
この違和感というか、気持ちの悪さと言うのはちょっと違うか、居心地の悪さみたいなものはなかなか考えさせてくれる。
それに、今交流がある人達は比較的みんな善良で付き合いやすい人たちだけれど、芸能界というのはとかく我が強く強烈な押出の人たちの群れだと言っていい。特に、この昭和が終わり平成が続いていくという時代はTVや報道、バラエティーというジャンルが凄まじい力を持ち、我が物顔で振る舞い出す時期である。まさに魑魅魍魎のうごめく世界だ。
そんな中で、演技の才能を開花させつつあり、また面倒見が良く人を引き付ける人徳を見せつつ在るすみれも、一筋縄ではいかない修羅場へと放り込まれることになるのだろう。
特にこの作品、人間性の描き方にやたらと湿度を感じるんですよね。
すみれが、姉の嫌がらせで芸能界のオーディションに参加するまで役者に関する話は殆どなく、主に家族や友人との話に終始してるんですよね。そこで描かれる家族との関係は、それこそ一筋縄ではいかないものになっている。
前世で男だった時、主人公は親との関係がうまく行かず、端的に言って毒親というべき親の干渉と不干渉によって非常に苦しんだのだけれど、この新しい人生においても前世で彼を苦しめた父親と母親の特性は何も変わっていない。女性として生まれ変わり、性別の違いや節制や対人関係など意識高く過ごしてきたために、両親との関係は一周目とはだいぶ異なってはいたものの、それは両親が心入れ替えたとか毒親となっていた悪い部分が改善された、というわけではなかったんですよね。
でも、一方的に毒親だからダメだ、とレッテルを貼らず……なんていうのかな、白黒をはっきりつけないスタンスなんですよね。それに、生まれ変わって意識変えた主人公側が大正義で両親も改心させて、みたいな上からスタンスでもないんですよね。
親元を離れて本格的に役者の道を歩みたいとする娘の志に、母親の自分の固定観念を大前提として人の話を聞かない受け入れない、という特性に基づく反対に終止していたのが、それとはまた別にふっと頑なだった心を緩めて、まだ小さいのに離れて暮らしたくないよぉ、という小学生の母親として当たり前の感情で泣きじゃくるその姿に、色々と考えさせられるものがあったんですよね。
ああ、この人普通に娘を愛して心配しているただの母親じゃないか、と。
前世では家族にろくに関わろうとしなかった父親も、まだ小さい身で独り立ちしようとする娘を放っておくわけがなく、母親とも相談し娘当人ともしっかり話し合ったり、と父親として成すべきことを成そうとしている姿勢はしっかりと見えるんですよね。妹を嫌う姉の態度に対しても何度も苦言を呈していますし。うまくやれているかというと微妙なところなのですが、父親としての責任を放棄しているようには見えない。ちゃんとやろうとしてるんですよね。
子供がまだ小さい頃は、この両親たちもまだ若く、だからこそ親としてのやる気や気力、柔らかさもあったんでしょうねえ。親だって人間なんですよね。大人になり親になっても、成長の途中で変化の余地は幾らだってある。時代の価値観が変わっていくように、人の価値観だってきっかけ次第で変わることもあるでしょう。一周目では毒親だったこの両親も、この二週目ではまだ親として愛情があり頑張っている。両親に対しては思う所が強くあった主人公だけれど、もう一度子供の立場から一生懸命育児してくれる親たちと過ごすうちに、段々と向き合えるようになっていくのが印象的でありました。
一方で一周目では比較的仲の良かった姉と、この二週目では非常に嫌われてしまってろくにコミュニケーションが取れない始末でもう諦めてしまっている酷い関係になってしまってるんですね。
まだ幼いにも関わらず、執拗に妹を嫌い続けるこの姉の粘度。一時的な感情ではなく、年の近い同性の姉妹に対してここまで継続して嫌い続けるって、どういう心の原動力なんだろう。
このあたりの家族関係、家族の人間関係の描き方、凄く湿度高いと思うんですよね。そこに疲労感も感じるのだけれど、面白くもあり、今度のすみれの役者人生の中でもこうした湿潤な人間関係が深く描かれるのだろうか、と興味深く思っている。
いずれにしても、芸能界の話になったのはだいぶ後半のことで、まだ役者としての活動をはじめる前段階、プロローグだ。ここからこそが本番だろう。いったいいかなる物語が、この一昔、いや二昔は前だろう時代の芸能界で繰り広げられるのか、楽しみですね。