【わたし、二番目の彼女でいいから。5】 西 条陽/Re岳 電撃文庫

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危険で、甘美な三角関係は崩れて――物語はついに大学生編へ。

あれから二年。俺は逃げるように京都の大学へ進学し、鬱屈した生活を送っていた。
だけど二人の女の子、遠野あきらと宮前しおり。そして、こんな俺すら受け入れる友人のおかげで、毎日は徐々に色づき始める。この心地よい男女グループがいつまでも続くように。今度は絶対に恋に堕ちないように……。
それなのに。

「逃げないでください、桐島さん! 私の気持ち、ずっと知ってたくせに!」

過去への悔恨と、新しい恋。狭間で揺れ動く波乱の大学生編、開幕。


京都かー。て、大学、京都に行ったのか。選りにもよって京都。
これはイメージでしかないのだけれど、東京の大学と京都の大学とでは大学生活のイメージが全然違う不思議。
おまけに、桐島は文士崩れみたいな浮世離れした生活しているし。大学真面目に行ってるんだよな。森見登美彦的なくされ大学生、て感じである。いや、高校時代の大いなる破綻によって人間関係も何もかもを壊し果てて、周りの声をシャットダウンしてひたすらに勉強に勤しんだ高校時代。そして、そうだ京都へ行こうと故郷をあとに誰も知らない土地へたった一人でふらりと降り立ち、そこでただただ内省的に過去を悔いつづける内省的で情感たっぷりの描写は、どこか明治の文豪たちが手掛ける私小説めいていて、余計に明治の文士っぽい雰囲気をまとってるんですよね、桐島。
あんまりにもそれらしいので、段々と夏目漱石の【こころ】を想起させられてきて、どんどん不安感が募っていくのである。桐島のどんどんとドツボへとハマっていく陰鬱な心を救ってくれたのが、同じ寮の貧乏学生である福田くんがまた、あかんのですよ。彼は彼でこの令和の御代にありえないくらいの聖人、それこそ山の奥でせせらぐ清水のごとき清らかな心をもった純真で篤実な青年なのである。きみ、君みたいなのは平成にも昭和にもいないよ! 現代では失われたピュアさだよ。彼もまた明治時代の穢れを知らぬ文学少年か、というような詩歌めいた語り口の男で、そんな彼が恋をしたという。しかも、恋をいう感情を知っただけで満足したというような奥ゆかしさだ。そんなかつて自分をどん底から救ってくれた親友の、恋を応援しようというのだ、この男は。桐島は。
本心である。本気であろう。彼は容易に地の文で嘘をつきまくるが、こういうことでは嘘はつかない。本気で、このまばゆい恋を応援しようと思ったのだ。
……ほんっとうに、この男はそういう所だよ!!!!!! 
いやもう、この段階で【こころ】じゃん、これ【こころ】だよね? 【こころ】ルート入ってね!? やだーー、もうやだーーー、怖くて泣いちゃうだろうがぁぁ、と完全にホラー読んでる心地になっていたのですが。

だーかーらーー……、この桐島は一人称でずっと語っていながら、実際の人間関係や自分の感情面について大嘘平気で垂れ流すのやめれーーー!!
それまで描かれていた描写が、全部ひっくりかえってしまうんだから。ってかさーー!! おまえ、あんた、福田くんの恋を応援するって、前提が聞いてた話と全然違うじゃん! その状況で、福田くんの恋を応援するって、アホかーーー!! あほかーーー!! だからおまえ、そういうところなんだって。全然変わってないじゃないかっ、おまえホントにおまえ、もーーーーーぉ!!!

という、おおむねすべてのツッコミを、ちゃんと作中で激発しながら的確につっこんでくれる、浜波ちゃん、大学編でも健在で万歳三唱でありました。
なんで浜波ちゃん、普通にいるのよ。ここ京都よ!? 
いやーーー、前巻のラストであんまりと言えばあんまりな情報に本気でひっくり返ってしまったんですが、なるほどそういう事だったのか。いや、さすがに桐島でも、それはなかったよなあ。あり得ないよなあ……桐島ならやりかねん、という思いもあったのも確かだが。
しかし、本当にまあ、大学に入ってまで、東京を離れてなお、こうやって縁が出来てしまう浜波ちゃん、もう生涯この先輩とは離れられないんじゃないだろうか。普通に幼なじみの恋人とは遠距離恋愛しているみたいだけど。まあそっちの方は不安視はしていないし、桐島との関係も絶対にどうこうなるとは思っていないけど。でも、桐島、浜波ちゃんの事はもしかしたら他の誰よりも大好きですよね、これ。ラブじゃなくてLIKEだけど、それでも好感度マックスだろう。浜波ちゃんからするといい迷惑かもしれないけど、なんだかんだこの大迷惑な先輩に律儀に付き合っている事からも浜波ちゃんも嫌いじゃないんだよ。クズとわかっていても、ついつい見捨てられないんだよなあ。ぶっちゃけ、桐島の理解度、解析度に関してはどのヒロインよりも高いし深いだろうし。

にしても、大学で仲良くなった女性のうちの一人、宮前しおりの方が付き合いが深くなればなるほど、その人となりがわかってきて……ものすげえ地雷というのがわかってきた際はまたかよ! と思ったものですが。桐島、あきらかにその手の女性を引っ掛けやすいんだよなあ。そういう女性たちがまあ大方、クズ系の男に引っかかりやすい、というのもあるんだろうけれど。まっとうな正しさ、というものにむしろ苦しめられてきた側だからこそ、間違っていても慰め優しくしてもらえる方へと雪崩れてしまう、というべきか。
それでも、ほぼ雪崩れていたにも関わらず自制をちゃんと出来たあたり、宮前はかなりマシというかちゃんとしてたと思うんですよね。建前にしがみつけるくらいには、高校生よりも大人になってるというべきなのかもしれない。

そういう意味では、もうひとりの遠野しおりはすごく全うなんですよね。いや、うん、非常に個性的で面白い娘ではあるけれど、情熱的でまっすぐで勘が鋭く奥ゆかしくもあり恥ずかしがり屋でもあり、普通の娘なんですよね。そして良い子だ。
彼女とする恋は……当たり前の幸せを注ぎ込んでくれるんですよね。ただ息をするだけでも苦痛を感じるように、自分自身を苛んでいた桐島にとって彼女の存在は乾ききった大地に注ぐ生命の水のようだったに違いない。
間違いなく救いだったはずだ。だからこそ、一度は誰よりも信頼する福田くんにまかせて、彼の恋を応援しようとしたんだろうけれど。
……改めて、福田くんが聖人すぎるんだよなあ。
でもさあ、もういいんじゃないか、と思ったのも確かなんですよね。ずっと苦しみ続けた。ずっと、自分を押し殺し続けた。自分の未来を閉ざし、過去に囚われ続けた。確かに桐島は悪かっただろう。でも、彼だけが悪かったのか? あの修羅場地獄を作り出してしまったのは、桐島の誰も傷つけたくないという弱さと優しさだっただろう。でもそれ以上に、あの二人もまた当事者だった。後戻りできないまでお互いを追い込み続けたのもあの二人だった。
それは結局破綻したけれど、それで終わったじゃないか。あの恋は、終わったのだ。壊れて崩壊して破綻して、でも終わったのだ。
忘れよ、とは言わない。あれは忘れてはいけないものだ。自らを許すことも出来ないだろう。許す必要もないだろう。
でも、もし君を幸せにしたいと、君と幸せになりたい、という人が現れたのなら、それを拒絶し否定し蔑ろにすることが、桐島、君のやるべきことなのだろうか。
桐島、君は……君が誰かを幸せにしてもいいのだ。その過程で君自身が幸せの一欠片を分けてもらってもいいんじゃないか? 与えるだけじゃない、少しだけ与えてもらっても、いいんじゃないか?
当たり前の恋をして、当たり前の愛を育んで、当たり前に幸せになっても、もういいんじゃないのか?

そう、思えるだけのものを、桐島は彼女と育んでいたと思うんですよね。
確かに、高校の時のあの二人に対する特別な気持ちを、上回ることはないかもしれない。でも、熱すぎず冷たすぎず、火傷しない凍傷にもならないちょうどよい温度のぬるま湯の恋愛は、桐島の心をゆっくりと癒やしていくと思えたのだ。そうして、桐島でも当たり前の平凡な幸せを手に入れられると思ったのだ。

早坂登場には死ぬほど焦ったけれど。選りにもよって、選りにもよって、まったくの偶然でしかも選りにもよって福田くんによって招き入れられて登場とか、どんな地獄の再演だよ! と、思ったものの、早坂はちょっとだけ前と変わっていた。……転校先で速攻、男性教師ひとりの人生破綻させてたあたり、ほんとこの娘は……と思わないでもなかったですが。まったくこの娘、前を向けてなかったとも思いますが。
それでもあの頃のまま、ようやく歩き始めた桐島の足にしがみついてくるようなことだけはしなかった。そして、結果的にだけれど、過去にとらわれていた桐島を解き放つ役割を果たしてくれた。
現れた時は最悪な展開だ、と思ったけれど、よくよく考えてみるとこのとき早坂と再会しなければ。そして、未練ありありの桐島が未練タラタラの行動を取らなければ、彼のEDは回復しなかったんですよね。これ、回復しなかった場合、彼女けっこう気にしてたみたいだから後々彼女との関係は終わっちゃってたんじゃないかと思うんですよね。そんなEDとかまったく全然気にしないぜー、とガンギマリになれるディープな娘じゃなかったですから。
そういう意味では、早坂との再会はむしろ良い方に作用した、と思ったわけです。このとき、桐島は自分の中に明確に未練があると、あの二人に対して特別な想いが消えずに燃え続けていると自覚し、そして自覚してなお、彼女との穏やかな恋に自分の身も心もゆっくりと沈めていくことが出来ていた。そうやって、桐島はまわりの普通の人たちと変わらない、区別のつかない、埋没した見分けの付かない普通の幸せをつかむ人生を歩んでいけるんだ、とそう思えたそのさきで……。

……殺す気かな?
おま、このタイミングで、ちょっとぉぉ。ううわうあ。マジかーー。
今度はこっちかーー……うわぁぁぁ。重イイ。現れた彼女の状態がもう筆舌し難いほど重いぃぃ。一見して、心が傷だらけじゃないですか。そして、偶然の再会だった早坂と違って、違って、彼女は自分の意思で追いかけてきた。その再会する前に、初手、いたしている最中の声を壁越しにめちゃくちゃ聞かせまくるという地獄のような展開。
地獄かな?
てか、唯一まともに思われた遠野ちゃんも、これ壊れるよね。絶対、壊れるよね。もう許してあげて。みんな許してあげてぇぇ……。