【不可逆怪異をあなたと 床辻奇譚】 古宮 九時/二色こぺ 電撃文庫

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『床辻市に住むと、早死にする』
 そんな噂が古くから囁かれているこの地方都市には、数多の禁忌と怪異が蠢いている――。

 大量の血だけを残して全校生徒が消失した『血汐事件』。その日遅刻して偶然にも難を逃れた青己蒼汰は、血の海となった教室で、彼にとっての唯一の肉親である妹・花乃の生首を発見する。だが、花乃は首だけの状態でなお生きていた。
 花乃の身体はどこに隠されたのか。
 この凄惨な事件は何故起きたのか。
 借り受けた呪刀を携えて床辻市内のオカルトを追っていた蒼汰の前に、謎の少女・一妃が現れた。彼女は街の怪異から人々を匿う『迷い家』の主人だという。
 そして少女は告げる。私が君の運命を変えてあげる、と。
 ――踏み出したら戻れない、怪異狩りの闘争がここに始まる。


床辻良いとこ一度はおいで。

……いやーー、一度目で最期になる可能性、高いとは言わないけれど低くはないんじゃない、これ?
床辻市に住むと早死する、という噂。つまり観光とか一時滞在なら大丈夫?と思わなくもないけれど、床辻市でタブーとされている禁忌事項の内容を見てると、けっこう通りすがりでも知らなかったらやってしまいかねないタブーが結構あるんですよね。
【垣根やフェンスに結わえてある黒いリボンの横を通り過ぎる時は一礼すること】とか。
【街の東西と南北を結ぶ道路を、一度も立ち止まらずに歩き切ってはならない】とか。
偶々街に立ち寄っただけの人でも、普通にやりかねないよ、これらは。
そもそも、この街、犯してはならないタブーが多すぎるんですよね。いや、多いのはいいんですけれど、それを全部ちゃんと把握しておかないと、そしてそれらに気をつけて生活しないといけない、というのはなかなかハードル高いですよ。知らなければ、即アウトになりかねないですからね。情弱だとガチで死にかねない。現代になったあとならまだ情報ツールが沢山できてるから情報の入手自体は簡単になってますけれど、お年を召された方などのSNSとかインターネットに精通していない人とかは昔からの言い伝えに寄る伝聞とか井戸端会議とか、人伝に聞くしかないもんなあ。市役所で広報出してよw
そうでなくても、ネットない時代とか雑談とか噂話も入ってこないボッチだと、マジで死んでたでしょうね、これ。

わりと床辻市、慣れたら住みよい街ですよ、的な話がチラホラと出ますけれど、いや無理だろーー。
甲田学人先生の著作の舞台となる街レベルにヤバいですよー。
とはいえ、この作品の世界での日本は、床辻市で騒いでいられるような状態ではもはやないのですが。
……もう半ばアポカリプスものなんじゃあないですか、これ!?
日本の各地で、街ごと神隠しにあって人が消える事が度々起こるようになってしまった、ってこれ全然隠蔽とかされてないんですよ? 日本中の人間が、いつ自分達が街ごと消えてしまうかわからない状態のなかで生活しているというのを自覚している、というこのあやふやな恐怖感。なんという……。
それも小さな田舎町とかじゃなくて、最大で200万人の人口を有する大都市から、人間が丸ごと消えてしまっている、とか、冗談じゃないですよ。200万都市って……それもう札幌か名古屋くらいしかないんですけど!? 神戸でも150万都市だよ!?
さすがにここまで来ると、日本人全員が当事者だろう。とてもじゃないけれど、他人事ではいられない。でも、あまりにも現実感がなさすぎて、恐怖心は感じるだろうけれどその恐怖心は地に足がついていないあやふやなものになってしまうんじゃないだろうか。
作中でも12万人近くが日本を脱出したと書かれているけれど、一方で自分は消えないだろうという根拠のない理由によりかかって、当たり前の日常を続けている人が殆どだ、とも語られている。正常化バイアスによるものだろうけれど、かと言って怪異が現実になって誰の身にも起こりうる状態という認識が失われているわけでもないのだろう。何が起こってもおかしくない、という不思議なおぞましさが作中の空気感の中に横たわっている。
ある種、わかりやすい破ってはいけないタブーが多く存在する床辻市という舞台は、むしろわかりやすい境界線がある以上、それを守って暮らしていれば大丈夫、という安心感すらあるのかもしれない。いや、それも冒頭で遅刻した主人公の蒼汰以外の学校に居た全員が大量の血液を残して消失してしまった血汐事件によって雲散霧消してしまったのかもしれないが。
現実に発生する怪異を恐れ、しかし怪異を気にしてはまともに生活できない以上、自然と無視するように過ぎていく砂上の楼閣のような現実。
そんな自分の立っている地面の現実性すらあやふやになりそうな世界の現状の中で、ただ明確に妹の身体を取り戻すため、という理由で怪異を追う蒼汰は誰よりも現実の中でしっかりと足を踏みしめて立っているんじゃないだろうか。
……まあ、この青年の性質上、どんな状況でも現実逃避とかしそうにないけれど。この青年、色んな意味で目をそらさなさすぎるんじゃないだろうか。ソの上で余計な解釈を挟まずにあるがままに受け止めるのだ。それを彼自身含めて、彼を解する人はフラットと表現しているけれど、なるほどなあ、と頷かざるをえない。
そもそもからして、自分の妹が生首となってしまった件についても、そりゃショック受けているし、このままではあまりにもかわいそうだ、とその肉体を取り戻すために動いているわけだけれど、なんというべきなんだろう……生首となってしまった妹との距離感とか、接し方とか、そういうことについてはあんまり悩んでいる節は見られないんですよね。
そのまま、生首になった妹を受け入れている。これについて最初は全然違和感を感じてはいなかったのだけれど、後々一妃との接し方を見ていると、蒼汰という人間の普通から逸脱した部分が精神性が見えてくるんですよね。
蒼汰自身、別に一妃の普通の人間とはあまりにも違っていた部分については思う所あるのはあるんですよね。価値観のあまりの違いに愕然としているし、理解し合えないんじゃないかとも思ったわけだ。でも、それはそれ、これはこれで、彼女を家族と思うことは変わらないんですよね。彼女との相容れなさによって、彼女との接し方を変えたりしないわけだ。まったく区別して、より分けて据え置いた上で、彼女が大切な存在であり、愛情を感じている相手であり、その評価、感情を変質させてしまう事をしないのだ、この青年は。その上で折り合っていければ、と考えている。
一見してわかりにくいけれど、十分これ常人からはかけ離れた精神構造をしてますよねえ。
むしろ一妃の方がわかりにくいようでハッキリしていると思われる。こっちもわかりにくい、というかわざとわかりにくくしてるところありますし、誤解を招くような物言いをしている。しているということは、ちゃんと人間の感情の機微とか情緒を理解しているということだ。妹の花乃との間にもちゃんと合意通ってましたしね。ちゃんと筋は通っているし通してもいる。
死生観は確かに人間のそれと明らかに違っているかもしれないけれど、理解できないものじゃないよなあ、多分。
さて、あらすじを読んだ時点で生首となって登場することが明らかだった妹の花乃ちゃん。肉体を失い、しかし生首になっても生きているという状態で登場、ということで、一体どんな精神状態なんだろう、とは色々と思い巡らす余地はあったんですよね。
クビだけになってしまって、果たして精神的にマトモでいられるのか。狂ってしまってちゃんと意思疎通が出来る状態じゃなくなってるんじゃないか。それとも幼児退行してしまっているのか。
ワンチャン、生首エンジョイ勢という可能性もあるのじゃないか、とか。いやー、メンタル鋼だったり元々イカレてるはっちゃけ系妹だったら、生首でも元気ハツラツ至れり尽くせりの世話してもらえる生首ライフを大いに満喫中、みたいなタイプだって居そうじゃないですか。
ちなみに、作者の古宮さんの作風からして、どれも十分有り得そうだなあ、とは思ったんですけどね。うむむ、これは最終的にはエンジョイ勢でいいんだろうか。いや、そこまでエンジョイしてるとは思わないけれど、色々と不便だし声出すのにも苦労しているし。でも、首だけになったことについて悲観はしてないわけだし、現状わりと満足してるっぽいしなあ。
兄としてはハイそうですか、とは言えないだろうけれど。まあ、妹ちゃんとしてもなかなかそんな本音を兄には言えんよなあ。そういう意味でも、色々と打ち明けられる姉同然の人が身近に現れたというのは、花乃にとっても転機であり救いでもあったんじゃないでしょうか。
なんだろう、今のところ蒼汰と一妃&花乃の望みは大事な所が一部決定的に食い違っているんだけれど、これは将来的に何らかの致命になるんだろうか。一妃と花乃はそんな事全然望んでいない、というのを彼は良くわかっていないというか納得しきれていないわけだが、蒼汰がそのように考えるのは当たり前っちゃまあ当たり前だしなあ。究極、元凶をもしぶっ飛ばしてキャンキャン言わせる事に関して言えば、一妃も大っぴらに嫌いだと言ってる相手だし、痛い目見るのは嬉しかろうだし、一概に蒼汰が考えていること的外れとも言い難いんですよねえ。だいたい、守って防いでいるだけじゃジリ貧、という考えもありますし。
続きがあるなら、どう話が転がっていくのか、色々と楽しみに感じるところでありました。