【陽キャになった俺の青春至上主義】 持崎湯葉/にゅむ GA文庫

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【陽キャ】と【陰キャ】。
世界には大きく分けてこの二種類の人間がいる。
限られた青春を謳歌するために、選ぶべき道はたったひとつなのだ。
つまり――モテたければ陽であれ。

元陰キャの俺、上田橋汰は努力と根性で高校デビューし、陽キャに囲まれた学校生活を順調に送っていた。
あとはギャルの彼女でも出来れば完璧――なのに、フラグが立つのは陰キャ女子ばかりだった!?
ギャルになりたくて髪染めてきたって……いや、ピンク髪はむしろ陰だから!

GA文庫大賞《金賞》受賞、陰陽混合ネオ・アオハルコメディ!
新青春の正解が、ここにある。

これは来たなあ。読後の爽快感が半端ないですよ。まったく、この間社会人のままならない日々のなかで足掻く大人のビタースイートな物語を描いておいて、今度は青春オブ青春ですか、たまんないですねえ、最高ですねえ、持崎先生。
てか、なんで改めて新人賞に応募して受賞しちゃってるんですか。持崎先生がやるとわりとオーバーキルな気もするんですが。

高校デビューと共にそれまでの陰キャ人生を脱却して、陽キャデビューを果たした主人公上田橋汰。
この、それまでのうだつのあがらない自分を脱ぎ捨てて、別の自分に……つまるところ陰キャから陽キャにクラスアップしました、みたいなカテゴリーの作品は幾つか見てきましたけれど。
うん、そもそも陰キャとか陽キャとかのカテゴリー分けって何ぞよ、という所までこうして踏み込んでいく作品は初めて見たかもですね。読んだこと在るかもしれませんけれど、そこまで印象に残ってない。
それまでの自分が嫌で気に入らなくて、だからこそ自分を大きく変えたい、というのは素晴らしい成長思考だと思うのですけれど、しかしそもそも陰キャなどと呼ばれるカテゴリーにある事は果たして恥ずべきことなのか。自分にとって大好きだったり大切だったものを捨てなくては、人は変わることが出来ないのか。
橋汰自身、当初はそんな風に疑問を抱いていなかったと思います。彼はおおむね目標通りに、努力に努力を重ねて自己改造を果たし、陽キャとして高校デビューに成功していましたし、仲の良い友達も出来、またかつての陰キャだった自分の苦しい体験やそんな自分にも手を差し伸べてくれた尊敬するクラスメイトへの憧憬から、誰にでも寄り添える男を目指して前に進んでいました。順風満帆と言って良かったでしょう。
そんな彼のスタンス故に、彼の周りには同じ陽属性の者だけじゃなく陰の者も自然と集まり、つるむようになっていきます。陰キャと言っても、失敗した陽キャデビューしている七草に、イキリオタクな宇民、メスガキ系男の娘という竜虎と決して同じようなタイプの人間じゃありませんでした。
そして、振り返ってみると今まで仲良くしていた徒然やカエラも同じ陽キャと一括りにしていても、それぞれ全然違うキャラクターなんですよね。
同じ人間は一人としていない。じゃあ、陽キャだ陰キャだという括りは一体何なのか。
元々カエラも徒然もそういうカテゴリー分けそのものを意識していない人間なので、橋汰の橋渡しもあって最初はぎこちなさもあったけれど、七草や宇民たちともすぐに意気投合として仲良くなっていき、いつのまにかこの6人で、見てても思わずニコニコ笑ってしまうようなイイ友達、素敵なグループになってたわけです。
ちゃんと約束したわけじゃないのに、段々と橋汰の家にみんなが集まって、泊まり込んでワイワイと遊び倒すシーンは、なんかもう凄かったなあ。みんなで集まったからといって、みんなで一緒のことするわけじゃないんですよね。それぞれ勝手にグループわかれて、と言ってもきっちりグループ分けしたわけじゃなくてね、自然とやりたい事を一緒にやる連中と集まって一緒にやって、気分が変われば別のところに顔突っ込んだり、チョロチョロとちょっかいだしたり、となんて言うんだろう……そう、自由だ。みんなが思うがままに自由にやりたい事をやりたい人と好きなだけ好きにやる、それでいてバラバラじゃなくて、かといってみんなかっちり一緒に行動するわけじゃない。ゲームするやつ、海外ドラマ見てるやつ、漫画読んだり、橋汰の妹ちゃんと遊んだり、ずっと同じメンツじゃなくて、自由に行き来して入れ替わって、楽しさが途切れないんだよね。
なんかもう、圧巻の情報量であり、大騒ぎであり、どこか落ち着いてリラックスし切った空間であり、描写表現としてこれだけワチャワチャしたものをこれだけ明朗かつ活き活きと伸び伸びと、誰が何をやっているのか目に浮かぶように描く筆力、正直圧倒されました。圧倒されながら、読んでるこっちまで楽しくて仕方なかった。

だからこそ、だからこそ、こんな楽しい時間空間、みんなが心から遊び倒していたと思えたこのシーンの中で、一人だけ居場所を見つけられなくて、心細い思いをしていた子がいたなんて思いもしなかった。しなかっただけに、とてもとてもショックだったですよね。
これは、橋汰も同じ、というか彼こそがショックだったでしょう。そして、あの子こそショックだったんでしょうね。
でも、それでもあの橋汰の家でみんなで遊んだ時間こそが、最高でいいんだと思う。あれは、陽キャがワイワイ騒いでいる、というような空間時間じゃなかった。
一方で、陽キャ陰キャの括りが解けて境界線上が消えてなくなって、みんなが一緒になれた、というものとも少し違ったと思うんですよね。だって、あの家での遊び方、みんなそれぞれ違ったもの。楽しみ方も全部違ったもの。でも、違っていてもみんな楽しかった。
なんでか。なんでだろう。
あの子には、彼女には、七草にはまだそれがわからなかった。この娘こそは、橋汰に憧れ橋汰の後を追いかけて、陰キャを捨てて陽キャになろうとした子だから。そして失敗してしまっていた子だから。彼女にとって、そのカテゴリー分けはとても重要なものであり、橋汰と同じようにしようとして、努力も時間も何もかもが足りなかった子だからだ。
一方で、橋汰はカエラや七草、宇民たちと過ごすうちにまたちょっとずつ考え方変わっていってたんですよね。何も考えてない(それこそが良い所なのですが)徒然と違って、カエラの方は誰に対しても態度を変えることの出来ない自分に悩んでいて、柔軟に対応を変えて七草や宇民たちと仲良くなるきっかけを作ってくれた橋汰に負い目、いや自分はダメな人間なんじゃないか、なんて悩んでたりする事を打ち明けられて、橋汰は陽キャと呼ばれている人たちにも色々と悩み迷うことがあるのだと実感として理解しなじんでいくんですね。まあカエラのそれは、ダメな所どころかむしろ良い所であり、だからこそ七草や宇民という陰キャな同性の子らとも本気で仲良くなれた、橋汰もまた陽キャになるためにはこうでないと、という固定観念をカエラに打ち砕かれて、変わるためにそれまでの自分を捨てないといけないという考えを改めることが出来た。カテゴリーに対しても自分自身に対しても柔らかく対応できるようになった。一度は捨て去ったオタク趣味を、今の自分でも普通に楽しんでいいんだと思えるようになった。好きなものを好きだと胸を張って言える。カエラの良さは、橋汰こそがわかっていたんですよね。だからといって、橋汰の相手によって対応をかえるやり方があかんわけじゃない。カエラが感じ入ってたように、彼のその柔軟さこそがこの素敵な6人グループを作ったんですから。
そんな個性的で独特で一人ひとりが違う他の5人と仲良くなり、思う存分遊んで一緒の時間を過ごして、その人となりや考え方を理解し交換し、味わってきたからこそ、どんどんと橋汰の中で浮かび上がり形をとってきたものがありました。

答え ―― アンサー

彼の導き出した答えは、それこそこの陰キャ陽キャというカテゴリー問題の一つの最終回答として機能するんじゃないだろうか。
七草のあの卑屈と言われて仕方ないだろう笑い方が、こんなにも愛おしく思えるようになるとは思わなかった。そういう風に感じられるようにしてもらえた、そんなお話だったんですよね。
かっこよかったなあ。心から信じられる友人たちに秘密を明かすのは、それがだいじな友達であれば難しくはない……と簡単には言えないけどね、それでも友達のことが分かってたらまあ言えるでしょう。いや、結構なし崩しに暴露されちゃってましたけどさw ああやって勢いでバレちゃうの、むしろ自由で良かったなあ、と思ったのですが。
でも、友達にバラすのと最後のあれは全然違いますよね。振り絞る勇気の質量は段違いのはずだ。
そうして、彼が示してみせたものこそが、自分は他人を檻の中に押し込めない、自由ですよ。
ああ、痛快だったなあ。そんでもって、胸のすくような爽快さでした。
あーー、お前ら6人、みんな大好きだよ! 最高の連中でした!

しかしこれ、最終的にラブコメとしては橋汰くん、一番ヤバい方の性癖に転げ落ちてってません? どんどんとズブズブと男の娘メスガキ沼にハマっていってるようなw

あと、イラストで一番インパクトあった、というかインパクトしかなかったあのフランスパンまるかじり教師! いや、マジでこの女教師ななんでそんな柔らかな笑顔でフランスパンにかじりついてるんだ!?  前歯がキランって光ってるんですけど!?
自称「真面目系クズ」の小森先生、ぶっちゃけかなり好きですw