【かみつら 1 〜島の禁忌を犯して恋をする、俺と彼女達の話〜】 北条新九郎/トーチケイスケ  オーバーラップ文庫

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「あのこと、誰にも話してないでしょうね?」
高校生の志郎が父親に連れられ引っ越してきたのは、太平洋に浮かぶ絶海の孤島「神面島」。
『未婚の女性は仮面を着けて暮らし、伴侶となる者以外の男性に素顔を見せてはいけない』というしきたりが残るこの島で、志郎はひょんなことから島の当主の孫娘・真璃の素顔を見てしまう。
秘密を共有する仲になったことで、真璃との距離を縮めていく志郎。
しかし島の外に憧れる少女・直のアプローチによって彼女の素顔も見てしまい、掟破りの三角関係に……!?
第9回オーバーラップ文庫大賞【銀賞】受賞の少し不思議な恋物語、スタート!

外の世界と断絶した絶海の孤島。不可思議で独特な風習、そして様々な掟が当たり前の価値観として敷き詰められている島の集落に、外の世界から来た少年が転校生として訪れる。
少年はすぐさま同世代の少年少女たちと仲良くなり島に馴染んでいくのだが、しかし外の世界の人間には理解できない島の人間にだけ通じる共通認識、価値観の違いがふとした瞬間に影を落とし、やがて徐々に亀裂を生んでいく。そして陰惨な惨劇がはじまる!

と、なると【ひぐらしのなく頃に】ばりの現代から隔離された田舎の因習が引き起こすサスペンスホラーがはじまりそうな雰囲気なんですが、別に惨劇とか起こらなかったから!
そもそも、この島の風習というのは決して因習などと呼ばえるような現代倫理からハズレたルールとかではないんですよね。とはいえ、不思議なことは確か。未婚の女性たちがつけている仮面は装着者の感情によって表情を変え、またつけたまま食事も出来るというあからさまにそれ超常現象の類だろうという産物ですしね。また、島の各所には確かに神の厳かで神秘的な存在感が霧のように漂っている。
とはいえ、時代は令和。島の人の出入りは定期船によって決して少なくないし、そもそもちゃんとネットも通じていて、通販もちゃんと本土から届く。決して隔絶された土地ではもうなくなっている。
元々外来者を受け入れてきた島の歴史もあって、もしかしたら下手な田舎よりも余所者に対して排外的な面は少ないかもしれない。
それでも、外から来た人間というのは島の人間にとっては新鮮であり刺激的である、というのは間違いなくて、転校してきた志郎の周りには彼に興味を惹かれた人たちが集まってくる。ちょっとしたアイドル扱いだ。
まあその主人公である前田志郎という少年も一筋縄ではいかない。明らかに現代科学の範疇からハズレている島の風習を目の当たりにしてもあまり動じない。何しろ彼は、東京だの大阪だの名古屋だのといった都会から来た少年ではなく、小説家である父親に連れられて世界中を旅してきた筋金入りのストレンジャーであり冒険者なのだ。尤も志郎自身が望んで冒険野郎をやっていたわけではなく、父親に連れ回されて前人未到の秘境や人間が暮らす土地じゃないだろう場所を短いサイクルで周り回っていたのだけれど。そこでは、決して普通に暮らしていては体験できないような不思議な体験、超常的なイベントに遭遇しまくっているのだ。表情が変わる仮面くらいでは驚かない。てか、この親子の体験談の方がよっぽど不可思議極まるのだけれど。
親父が出している小説、みんなトンデモなタイトルばっかりなんだけど、何気に体験談を元にしたノンフィクションじゃね?というような作品が多々あるみたいだからな。てか宇宙人にさらわれてたり、南米の刑務所に収監されてたり、ってどんな経歴だよ。

というわけで、不思議な風習のある村などというのは志郎にとっては決して珍しいものではなく、そうした場所でも自然と馴染むような立ち居振る舞いをちゃんとわかってるんですね、この子は。だから、未知に対して変に構えて警戒心の塊になってしまったり疑心暗鬼を拗らせたり、と能動的に状況を拗らせていくような事はしないんですね。
一方で、繰り返しになりますけれど、この島にしかれている掟というのは決して島民の意識を凝固させるようなものではありませんでした。むしろ振り返ってみるととても優しい物語なんですよね。
しかし、掟によって様々な制限があるのも確か。若い子たちがそこに窮屈さを感じ、不自由な思いを抱いているのも仕方ないことなのでしょう。
生まれついて強いられる島の住人としての役割、立場というものは本来自由であるはずの子どもたちの意識にも影を落としてしまっている。これは、決してこの島特有の事情というわけじゃなく、どんな田舎でも都会でも、人間関係や家族同族の関係の中であり得る不自由さではあるんでしょうけれどね。この島は島であるからこそ、より具体的に外の世界というのを意識できる。島を出る事によって、不自由さから逃れられるんじゃないか、という明確な境界がある。だからこそ、余計に窮屈さを感じているのかもしれない。
そんな中に現れた、外から来た違う世界の少年という存在を、彼女達はどうしたって無視できなかった。特に真璃は志郎が初めて島に来た日に島の掟に引っかかる予期せぬ出会いを果たしてしまったわけですしね。

真璃やその従姉妹である直と交流するうちに、彼女達の感じている不自由さ、外の世界への憧れを感じ取っていく志郎。でも、同時にこの島の掟が決して島民を雁字搦めに縛り付けて固定観念を強いているものでもない、と世界を渡り歩いてきた志郎の経験もあったのでしょう、他の島の人々との交流や島で体験した不思議な出来事も相まって、何となくこの島のあり方、意思みたいなものを受け取っていくのである。
果たして、真璃たちが本当に望んでいる自由とは何なのか。そしてそんな彼女達に自分が抱き始めている感情が何なのか。
「よいか? 掟は島民を縛るためにあるのではない。島民を幸せにするためにあるのだ」
この台詞には何とも新鮮な思いを抱かせてもらいました。こういう隔絶した世界の掟なんてものは、人を縛る鎖以外の意味をなかなか見たことありませんでしたからね。
それに、この掟を敷いた人はそれをドグマとして頑なに守るものではなく、外からの変化も拒むでなく、厳格にこだわり思考を硬直化させないように非常に気を遣っていましたからね。
時代が移り変わってもこの島が外からの変化を受け入れながら徐々に変わり、しかし穏やかに平和に続いていたのは、そういう島民たちへの慈愛や優しさが根底にあったからなのでしょう。
そうして、少年は自分と愛する少女たちにとっての自由と幸せを見つけ、偉大なる父から独り立ちするのでした。めでたしめでたし……じゃないぞ、おい!
この小僧、わりとろくでなしじゃね!?