徒然雑記 : 啼かないカナリアの物語声を出せない魔法使いと模造の小鳥の探しもの ★★★☆

【啼かないカナリアの物語声を出せない魔法使いと模造の小鳥の探しもの】　綾村実草／推奨幻想ドラゴンノベルス

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相棒がいるから、私は強い。世界を旅する一人と一羽のファンタジー

魔法使いのカナリアは声を出せない。筆談に使う、心の声が浮かびあがる魔道具の石板を首に下げ、片脚の模造鳥(ゴーレム)、シャハボを相棒に今日も果てない旅路を行く。魔力は強力でも食のセンスは壊滅的なカナリアと、頼りになるがおしゃべりすぎるシャハボの間を結ぶのは信頼を超えた固い絆――そんなカナリアたちは、その実力を買われ、いきなり領主のお嬢様警護という厄介な依頼を持ちかけられるのだが……!? すべては相棒・シャハボとともに――“探しもの”を見つけるために、世界を旅する一人と一羽の絆を描く感動ファンタジー。

初っ端冒頭から、これはもうえげつない展開。
一時的とは言え同じ依頼を受けた冒険者同士。旅も道連れ、共に同じ釜の飯も食ってひとときの時間と空間を共有した仲。
だろうと関係なく裏切って、襲いかかってくるなんて展開は世知辛い自力救済が必然とされる文明レベルの世の中じゃ、まあ珍しいことでも何でもないんだろうけれど。
それでも、往々にしてそうやって襲いかかってくる連中というのは、元々既に堕ちてしまって同じような強盗行為を繰り返しているような常習犯、或いはそういう事を起こしてもおかしくなかった品性下劣な連中、というのが定番なのだけれど。
この物語で最初にカナリアを襲ってきた連中は違うんですよね。拠点としている街の評判も良いどころか、皆から慕われ英雄扱いされているパーティーで、実際に人柄も仲間思いで善人と言っても良い人達だった。カナリアを襲ったのも、仲間の母親が重篤な病に犯されていてその治療薬を入手するために手っ取り早く大金が必要だったこと。相棒の小型鳥型ゴーレムのシャハボが目的で、カナリアの事はなるべく傷つけるつもりもなく、そもそも最初は暴力ではなく仲間に引き入れようとしていたことなど、心底から悪辣極まっていた人たちではなかったんですよね。
逆に言うなら、そういう本来なら善性の側の人間たちですら、理由があれば無力で分不相応な力を振るっているように見える少女から、強制的に奪う側に回ってしまう。
そういう酷薄で凄惨な論理が罷り通ってしまっている世界なのだ、という事を物語の冒頭からぶん殴るような形で突きつけてくるわけだ。
そして、カナリアという少女が儚く可憐でとても戦う力を持っているようには見えない容姿、そして言葉を喋れないという魔法使いにとって致命的に見えるハンデを抱えていることで、容易に侮られやすく搾取の対象として見られやすい。安易に危害を加えられやすい人物であることも伝わってくる。
そして……そんな愚か者たちを実に簡単にその愚かな勘違いを痛烈に思い知らせてやる事ができるごと、カナリアが極まった実力の持ち主であり、敵となれば一切容赦しない人物である事も、この冒頭の一幕でわかる、わからせられるのである。
そういう意味では最初の初手で、この物語の根本的なところを一気に詳らかにして指し示してるんですよね。掴みとしては実に妙である冒頭シーン、物語の入りだったんじゃないでしょうか。

このカナリア、別に裏切られた事に対して怒ったりも悲しんだりもしないし、襲撃してきた中で無力故に生き残った少女に対しても、責めたりきつく当たったりもせず、むしろ優しくいたわるように接しているし、殺したパーティーのメンバーたちもモノのように放置せずに死体を弔ってあげるなど、まあ優しいんですよ。
理不尽に責められても、まあ気分は害してもそれで態度を変えたりしないし、被害者にも関わらず加害者のように非難されても、悪人のように扱われても、特に感情的になったりせず、さりとて諦めているという風でもなく、飄々と流してしまうんですね。
自分を殺しにきた相手でも、必要がなければ殺さないであげる、といった優しさや甘さを見せるカナリアだけれど……でも、それって相手に対して情があるから、親身になっているから、といった心根の優しさからくるものというより。
無関心からくるものなんじゃないかな、と思えてならない素っ気なさが垣間見えるんですよね。
カナリアにとって大事なのって、相棒であるシャハボだけなんじゃないだろうか。それ以外の他人って、本当は心底どうでもいいんじゃないだろうか。そういうどこか突き放したような柔らかさが感じられるんですよね、このカナリアって。
むしろ荒っぽい乱暴でやんちゃな言葉遣いのシャハボの方が、言い方こそきついけれど無関係な他人に対しても物言いに忠告や提言が混じっていて、どこか情が感じられるんですよねえ。怒りにしても哀れみにしても。
カナリアに対しては甘いだのなんだのと苦言を呈して、他人に対してもっと警戒したりとか厳しくあたれみたいな事言っていますけど。
一人と一羽の絆の物語、なんてあらすじでは語られていますけれど、ある意味カナリアという少女に関しては本当にそれだけで閉じて完結してしまっている世界観なのだ。
果たして、彼女にとってハシャボ以外の人間に何か意味を見いだせるのだろうか、何か価値を感じられるのだろうか。友達みたいな大事な人、出来るんですかね？
そんな彼女の試金石となるのが、護衛の依頼を受けた国中から暗殺者を差し向けられている令嬢キーロプだろう。聡明すぎる彼女は、その良すぎる頭と洗練された物言いに覆い隠され、その本質が見えてこない。信用できる相手もおらず常に命を狙われているという環境のストレスを感じさせない鷹揚っぷりで、我儘も言わずカナリアにとっては打てば響くように応えてくれる護衛対象だ。
ハーロプが今何を感じているのか。本当は何を考えて、何を目的としているのか。ただ暗殺から生き残り王子と結婚するというところに落ち着きたいのか。本心は何も見えない。
ただ、カナリアとは相性ぴったりにも見えるんですよね。
この二人は、果たして友情が生まれるのだろうか。絆が結ばれることがあるんだろうか。この令嬢との交流によって、主人公であるカナリアという少女の本当の姿も見えてくるような気がする。
今の所、主人公にも関わらずカナリアという娘について、バックグラウンドから何からさっぱりわからないまま、というのもありますしね。
そもそも、物語としてこの一巻で話が全く済んでないんですよ。はじまった、とおもったら終わってしまった感じで、まだこの作品のメインとなる部分が見えていない。そういう意味では、えらい中途半端なところで終わってしまったって感じで、消化不良も甚だしいところなんですよねえ。
最初でグイッと引き込んでくれた分、あまりにどこにも辿り着かないままさっさと一巻終わってしまって、だいぶ肩透かしを受けた感もあります。兎にも角にも、キーロプお嬢様の件が片付かないことには物語、本格的に始まらないと想うのですけれど。