【鉱石令嬢 ~没落した悪役令嬢が炭鉱で一山当てるまでのお話~】  甘味亭 太丸/SNC Kラノベブックス

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鉱物を愛する研究者のいすずは、残業中に束の間意識を失い、気がつけば暇つぶしにプレイしていた乙女ゲームの悪役令嬢・マヘリアに転生し、まさに今、王子から婚約破棄を言い渡されたところだった。
ゲーム通りの転落人生を歩むわけにはいかない! 王宮から逃亡した末に辿り着いたのは、山奥の炭鉱。鉱山のリーダー、アベルに拾われたいすずは、追われる身であるマヘリアの人生を捨て、ここでも鉱業に携わって生きるべく、この世界ではまだ確立されていない「石炭(コークス)を使った製鉄」を提案する――
前世の知識で何段階も文明を進め、目指すは産業革命!? まさかの炭鉱から始まる立身出世ファンタジー開幕!

なんという強烈なドリル! 悪役令嬢数あれど、ここまで自己主張の強いドリルはアルバート家のメアリ様くらいじゃなかろうか。
だけど、このドリル姿って婚約破棄された直後までで速攻切っちゃうんですよね。全然ドリルちゃうやん! 出オチドリルやん! まあドリルこと縦巻きの髪型って手入れに相当手間暇かかるでしょうからね。この娘マヘリア……名前を変えて前世の「いすず」を名乗るのですが、このいすず、ほんとに身一つで断罪現場から逃げ出してしまうので、目立つ髪型はそりゃバッサリといっちゃう方が正しいんでしょうけどね。流れ着いた鉱山で働くにしても身軽な格好でないといけなかったわけですし。
別に、そのドリルで山を掘れ、とは言いませんけど、ほんと開幕だけだったな、ドリル。

さてもこれ、鉱石令嬢なんてタイトルついてますけれど、正しく突き詰めるなら石炭令嬢なんじゃないですかね、というくらいにはほぼほぼ石炭産業一直線であります。
それにこれ、鉱石に関する知識を活用して炭鉱の開発に役立てる……という方向性とはちょっと違っていて……いわゆる知識チートとはちとズレてるんですよね。いや、確かに初手で石炭がこれからの世界の燃料を一手に担う根幹となるという歴史の知識と、これまでは役立たずと見なされていた石炭をコークスという形で使い物にするという鉱物に関する高い知識がいすずの大元となってはいるのですけれど、そこから先はこれ裸一貫からスタートした女社長一代記なんですよなあ。
いすず自身、前世では子供の頃から石にハマりそのまま鉱石系の研究者となった生粋の研究畑の人間なので、当初は知識チートの方向性だったのかもしれないけれど、相方となる男性を支える形で参謀的に知識から生じる利益を分け与えていく、みたいな感じではなく、いすずが会社を立ち上げ有力者に営業をかけて資金を調達し産業を起こす、という起業家にして企業家であり実業家としてのし上がっていく一代記って感じになってるんですなあ。
しかも近年の起業家からイメージされるスマートで錬金術師的なそれとは違う、戦前や昭和のそう民間の土建屋だった頃の田中角栄とかそんなイメージ、下町の鉄工所とかそんな本当に一から泥にまみれて這い上がってきた社長さん、て感じなんだよなあ。
彼女を最初に拾ってくれたアベル、炭鉱夫として働きながらも実は親に反発して家を飛び出していた辺境の有力貴族の御曹司、という役どころだったんだけれど、これならイケメンじゃなくて髭達磨のおっさんでもいけてたんじゃないだろうかw 実年齢そこそこ行ってたみたいだし。彼とは正しくパートナー、共同経営者的な関係になっていくのであります。二人共現場に出てバリバリやる感じの。
鉱石系だからといってレアメタルなどに走るのではなく、まずもって石炭、何はなくとも石炭、という方向に舵取りするのは面白かった。
貴族令嬢時代は上流社会に引きこもり、いざ逃亡生活はじめたら速攻で炭鉱に辿り着いてしまったいすずなので、社会状況がどんな風になっているのかを自分の目で確かめたわけではないのに、いきなり数年後に木材燃料は枯渇してしまう! と断言して、その提言にもとづいて動き出したのにはちょっと面食らいましたけれど。いや、もうちょっとちゃんと調べて状況を確かめてからにした方がよかったんじゃないだろうか。前提が適当すぎるw
とはいえ、その予想とも予測とも言えない決め打ちの前提は、この世界の燃料事情と都合よくマッチしていたみたいで、取り敢えずすでに森林を伐採して確保する木材の燃料の消費は限界に達しつつある状況だったのでした。山もはげ山になり、森は切り開かれて、というやつですな。
それを見越して、時代は石炭だ。と、産業構造が必要に迫られて転換していくより前に、自分が石炭産業を立ち上げて牽引していく事を目論見、アベルを通じて辺境の有力者に営業かけてスポンサー兼権力の後ろ盾になってもらい、なんやかんやで近隣との戦争が迫っている国の状況も相まって、自分を追ってきた王族の側近の騎士……つまり軍人ですな。それと共犯的に手を結び、石炭を燃やして鉄を作る、鉄を作って産業革命を起こし、軍事を強くし鉄道なんかも作っちゃる、と近代国家の担い手になろうという野望を燃やす女社長。
いやあ、あなた研究畑の人間じゃなかったんですか? もう完全に起業家にして実業家ですよ。
ちょっとおもしろいな、と思ったのはこの娘下手に政治とかには首突っ込まないんですよね。政治だ政争だ戦争だ謀略だ、というのは共犯的な関係にある騎士ザガートにまかせて、自分は石炭で商売の天下とる。鉄作って天下とる、という視点に終始しているのである。作った鉄や鋼で何を作るかまでは考えても、それをどう活用して国家を発展させていくか、という側面に関しては産業側からの視点は持っているのだけれど、政治や軍事の観点は無いというかあんまり直接的に関わろうとしないわけです。だから、隣国との関係がどう推移していくか。実際戦争がはじまった時にどう国が動いていくか、については一切関知していない。彼女は自国のエネルギー産業が木材を燃やすものから石炭を燃やすものへと移行していくその先駆者となり、その分ちゃんと利益を確保しつつ、鉄鋼産業も立ち上げるという形で、国を発展させていく実業家、という領分にとどまっているのである。自国が勝つために、もっと鋼を作り、事業規模を拡大していくぞ、という意識は強いくらいにあるのですけれど。
そういう意味でも、女社長一代記という範疇だと思うんですよね。貴族社会に戻るつもりは一切ないようですし。アベルと結婚するという形で貴族社会に一方的に利用されず、力を振るえる立場こそ確立していますけれど、貴族令嬢に戻るつもりはさらさらないようですし。ゲームのヒロインと再会したときも、こっちは今好き勝手してて楽しんだから変に同情して手を差し伸べて貴族社会に戻すみたいな余計な邪魔するなよ、と釘さしてますし。
完全に経営者としての野望に染まってますよね、この娘。元の鉱石オタクの研究者、石眺めて掘ってたら満足という所からは飛び出してしまっている。それに関して良い悪いというのは別に無いと思うんですけれどね、前世では気づかなかった思わぬ資質であり、野心だよなあ、と思うと面白みを感じるのでありました。