【貞操逆転世界の童貞辺境領主騎士 2】  道造/めろん22 オーバーラップ文庫

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現代日本から男女の貞操観念が真逆の異世界へ転生し、その世界では珍しい男騎士となった辺境領主ファウスト。
彼は第二王女ヴァリエールの初陣を成功させ、反逆者カロリーヌの遺児マルティナを自らの誉れのために助命嘆願し引き取った。
ポリドロ領に帰還し穏やかな日々を送るファウストだったが、またも王都に呼び出され、今度は隣国ヴィレンドルフへ和平交渉の使者として赴くことに。
リーゼンロッテ女王から、和平交渉の成否は「冷血女王」――ヴィレンドルフのカタリナ女王の心を斬れるかどうかにかかってると助言を受けるが……?
貞操が逆転した世界で“誉れ”を貫く男騎士の英雄戦記、待望の第二幕!!

今回って、戦争シーンは全然ないんですよね。お互い刃引きした儀式的な決闘はあるものの……それこそ100回近く決闘するものの……多いな! 本気の戦闘シーンは一切なし。
そもそも、今回のお話って戦争状態にあった隣国である尚武の国ヴィレンドルフとの和平交渉がメインなのですから。
なんで和平交渉に向かう先でひたすら決闘しているのかは謎なのですけれど。いや、一切謎ではないんだ。理由は明快で一貫している。無骨な武人であるファウストがヴィレンドルフへの和平交渉の使者となったのもそのためだ。
武を尊ぶヴィレンドルフ国にとって強きはそのまま尊敬に値する。ヴィレンドルフの国家的英雄であったレッケンベル卿、それを一騎打ちにて討ち取ってみせたファウストのみが、話を聞くに値するとして、それまでアンハルト王国から送られた交渉の使者はすべてけんもほろろに追い返されていたのだ。
そこで仕方なしに、外交交渉など何の経験もない小領主にすぎないファウストに、この重責が課せられる事になったのである。
面白いことに、この仕方なしにという感覚は、女王陛下や第一王女などの首脳部と、一般的な貴族が抱くそれとは、真逆の仕方なしに、なんですよね。女王陛下やアナスタシア殿下はファウストの事を非常に大事に思っているので、敵地に送り込むような危険な任務に彼を送り込むことは……或いは危険というよりも尚武故にファウストみたいな男子が極めてモテる国に送り出したくない、という感覚か。それらが嫌で渋っていたのに対して、アンハルト王国の一般的な価値観からすると極めて不細工で見るに絶えない醜男、男の癖に戦場で剣を振るう狂人。僻地の貧相な土地の小領主に過ぎない、しかも女ではない男を、大事な国家間の和平交渉の使者として、国の代表として送り出すことへの忸怩たる思いがうかがえるわけだ。一応、使者団の責任者はファウストの直接の上司である第二王女のヴァリエールになってるんですけどね。
このへんの男に対しての価値観がアンハルトとヴィレンドルフでは隣り合った国なのに全然違っていて、筋骨隆々のムキムキ男であり実際にその筋肉に見合った実力を誇るファウストみたいな男は、ヴィレンドルフでは理想の男としてめっちゃモテるんですよね。
一般市民から騎士・貴族にまで愛され敬された国家的英雄レッケンベル。彼女を戦場にて討ち取ったファウストに対しても、悪感情を抱くどころかむしろ堂々たる一騎打ちでレッケンベルほどの英雄を破り、その亡骸を辱めずに丁重に我が国に還してくれたことに、尊崇すら抱いている。
ファウストがヴィレンドルフの王都に向かう道すがらで、次々と決闘を申し込まれていくのも、敬愛する英雄レッケンベルの敵討ちではなく、あれほどの英雄を討ち取った者がいかなる男なのかを味わいたいという純粋な気持ちであり、またレッケンベルという英雄を失った喪失感を納得させるためのデモンストレーションでもあったんですね。
戦場でその決闘を目の当たりにした者以外は、あのレッケンベルが死んだという事実を頭では理解しつつも心でどうしても受け入れられない。唐突に消えてしまった国家の柱の消失に、実感を持てない。
それを、実際にレッケンベルを討ち取った男と剣を合わせてみることで、その信じがたいほどの実力を実際に味わうことで、ああ本当にレッケンベルは死んでしまったのだ、という事実を認めていく。これは実際に決闘を挑んだ騎士だけじゃなく、その決闘を見守った観衆たちも含めての納得であり理解なんですよね。
これをファイストは王都に辿り着くまでに、100に及ぶまで決闘を繰り返すことになる。
これは言わば、レッケンベルの野辺送り。葬送の旅でもあったのだ。

作中では、お話始まった時点で既にファイストに敗れた隣国の英雄としてしか登場しないレッケンベルだけど、この人話が進めば進むほど、本当にとんでもない大英雄だった事が詳らかになっていくんですよね。その影響はヴィレンドルフ一国にとどまらず、或いは選帝国家全体の未来の存亡、その帰趨を担うような超英雄だった事が明らかになっていくのです。
しかしここでレッケンベルという女性にあたるスポットは、ヴィレンドルフの柱ともいうべき英雄としてのそれであり、それ以上に一人の女王にとっての唯一無二。臣下である以上に家族であり、母であった。一人の少女を自分の娘と同等に、或いはそれ以上に愛し慈しんだ女性としての姿だったのでした。

生来、感情を持たずそれを実感できず、その聡明なる頭脳にて理解だけは出来ていたレッケンベル第三王女カタリナ。のちにレッケンベルの後見を受けて母と姉を殺して女王の座を勝ち取った彼女ですけれど、やはり彼女は感情を抱けず冷血女王と呼ばれながら尚武の国ヴィレンドルフの治世を担っていました。この国の人々の武への感情を理解しつつも実感できないまま。そんな孤独な女王にとっても、レッケンベルは特別でした。レッケンベルは常にカタリナに対して感情の動かし方を訴え続け、彼女にその感情を惜しみなく注ぎ続けたのです。カタリナはそれを実感できないまま、理解できないまま、しかしレッケンベルから確かに何かを与えられている、送られている、注がれていることだけは理解したまま、それを受け止められずにおり……そのままレッケンベルは帰ってこなかった。
謎の喪失感だけが心を蝕んでいくなかで、カタリナはそもそも持たない感情をさらに虚無へと染め上げながら、レッケンベルを討ち取ったという男を玉座にて待ちます。レッケンベルを自分から奪った男、その男が何かをもたらしてくれるのではないかと。この虚となった心に、レッケンベルから受け継いだ何かを埋め込んでくれるのではないかと。
感情を持たないと自認しながら、暇さえあれば居なくなったレッケンベルのことばかり思い出し、考えているカタリナ女王。愛を知らないという女性だけれど、確かに彼女にとってレッケンベルは特別だった、というのが伝わってくる姿なのです。それはもう、悲しみに暮れているのと何が違うのだろうか、と思うほどに。

戦闘シーンがないこの巻において、一番のクライマックスがこのカタリナ女王とファウストの邂逅なんですよね。カタリナ女王にとって唯一無二だった女性を永遠に奪い去った男。
ここで繰り広げられるのは、国同士の和平交渉などではなく、愛を知らぬとうそぶく女性に、愛を語る男の叫び。
かつて自分がどれほど母から注がれた愛を蔑ろにし続け、親不孝のまま母を死なせてしまったのかを語りながら、不器用にも一心に何の見返りも求めずに与えてくれる母親からの愛情の尊さを、レッケンベルという人がどれほどカタリナという少女を愛していたかを、そしてカタリナもまた既にその愛を感じていたはずだと、訴えかける。このシーンのある種の情熱に溢れた切々とした胸に沁みるような語りは、ほんとに感情を揺さぶられるんですよね。
冷たく凍ったカタリナ女王の心が、その芯に灯っていた母への愛情が、一気に膨れ上がって人形めいた女性に熱が通っていく様子が、持たないはずの感情が震え起き上がり叫びだすシーンがほんとにイイんですわ。ここのシーン本当に好き。

カタリナに対してだけではなく、同じく自分が母を殺しながら身柄を引き受け従者として育てる事になったマルティナや、レッケンベルの実子であるニーナに対しての心遣いも、ファイストってほんとに心から思いやってるんですよね。
誰もが讃え惜しむレッケンベルの死と違い、反逆裏切り逃亡の果てに惨めに死んだマルティナの母は、語ることも憚られ墓も建てられない愚か者の惨死であり、マルティナもその口からは母を糾弾し罵る言葉しか出てこないのですが、ファウストはそんなマルティナの母がどれだけ子であるマルティナを愛していたか。彼女が反乱を起こすに至った理由から何からマルティナの為だったというのを承知しているからこそ、せめて彼女の母としての愛は本物であったことを、娘であるお前だけは覚えておいて欲しいと切に伝えるところ。
また、誰もがその死を悼み惜しみながらも、その仇であるファウストを憎み恨むどころか讃え褒めやかす国全体、その常識、その在り方、その正義に対して、その実の子として親を殺された思いを押し殺さなければならなかったニーナに対して、唯一ファウストがニーナの本当の感情を肯定して受け止めてあげる所なんぞ、なんかもうねえ、なんかねえ……。
ニーナだって根っからのヴィレンドルフ人であり若き騎士。その気質はまさにヴィレンドルフなんだから、そこまで心遣いされてしまったら、子としての思いを受け止めて貰ったら、母への思いを肯定してもらったら、そりゃコロッと行ってしまいますよ。

もうどう考えても、ファウストってヴィレンドルフに居た方が幸せなんですよね。この尚武の国の気質は、ファウストという男をまるごと受け止めて全肯定してくれる。アナスタシア殿下たちが危惧するのも理解できるというもの。
しかし、それでもなおヴィレンドルフに鞍替えしようという気持ちを持てないのが、ファウストという男なんですよね。彼はポリドロ領という領地を決して捨てられない。どれほど功績をあげようと、出世の道を示されようと、母が残した猫の額のような小さな領地こそが彼にとってのすべて。彼の根本にして根源はポリドロ領なのである。
ただ一介の騎士にして、小さな土地の領主。ファウストはそれ以上は絶対に求めないし必要としない。
まあだからこそ、立場がややこしくなってくる、とも言えるのですけどね。一介の辺境の領主騎士としてはあまりに多大な武勲をあげてしまい、今回の和平交渉でも途方もない功績をあげてしまった。
ヴィレンドルフは国を挙げて彼を取り込みたいし、和平交渉の材料としてファウストの貞操が捧げられてしまった以上、それに見合う対価をアンハルト王国としては彼に与えなければならない。
女王陛下やアナスタシア殿下たちからすると、もう彼には与えられるだけ与えてあげたいくらいで全然惜しんでいるわけじゃないんだけれど、そこに彼の辺境小領主という立場がネックになってくる。出世させようにも、ポリドロ領を取り上げるわけにもいかない。とにかく結婚相手を見つけてあげないといけないんだけど、丁度釣り合う見合う人材が彼のややこしい立ち位置もあって見つからなくなっちゃったんですね。彼がアンハルト王国の価値観では目も潰れんばかりの醜男、というのも問題で。こっそり、愛人として囲いたいと思ってた殿下たちも流石に功績あげすぎたせいでそれも出来なくなってしまった、と。
まあそこから、彼の結婚相手問題がややこしくなっていくわけですけれど。
それ以前に、ついに東から現れる騎馬民族国家の影、というシリーズ最大の危難が姿を見せ始めるんですな。
或いは、西方世界全体を取りまとめることが出来たかもしれない大英雄は、新星のごとく現れたある男騎士の手によって討ち取られてしまった。文武を極め破天荒で歴史を担ぎ上げて振り回すような大英雄だった女と違い、かの男騎士は戦場でしか輝け無い。一概にそう言えない事は今回の和平交渉でも垣間見えたんだけれど、それでも大英雄の代わりを勤められる万能の鉄人とは程遠いんですよね、ファウストは。
だからこそ、大英雄亡き後の西方世界を残された者たちがどう取りまとめていくのか。取り敢えずぶん殴るぶっ殺す、を前提にしてここからさらにスケールアップしていくのである、このシリーズ。

IFはカタリナ女王ルート。というかこれヴィレンドルフルートですよね、これ。ファウスト、モテすぎてただのスケベ野郎になってますよ!?w