徒然雑記 : 魔王と勇者が時代遅れになりました ★★★☆

【魔王と勇者が時代遅れになりました】　結城忍／オウカ TOブックスノベル

Amazon Kindle BOOK☆WALKER DMMブックス

悪に憧れる魔王イグサは絶望した。転生した異世界は剣も魔法も衰退していたのだ！　仕方なく、汚染惑星で拾った幼女勇者をお供に、賞金稼ぎで生活費と軍資金を貯めることに。いつしか悪人たちから恐れられ、気づけば人助けまで？　これも悪事の下準備とブレないが、魔王軍結成で国に雇用を生み、奴隷さえ大事にするその評判は上がりまくり！　「どこまでもついていきます！」と集まってくる女の子たちに手を焼く中、史上最大の宇宙海賊の討伐では、時代遅れ扱いのチート魔法《まおうのこうげき》でついに本領を発揮し……？　契りを交わした少女たちと愚直に"悪"へと突き進む、異星暗躍ファンタジー！

タイトルからわかりにくいんだけれど、これかなりガッツリとしたスペースオペラですよ。銀河間に様々な国家が乱立し、国家の目が行き届かないところでは宇宙海賊が跋扈する、宙の海を征く者たちの物語。銀河英雄伝説とかよりも、星方武侠アウトロースター系統の世界観ですよね。あそこまで無法者中心の世界ではないですけれど。むしろ、宇宙海賊たちに悪の矜持無く、コソコソと山賊や野盗紛いに弱者を襲っているような、でっかい裏社会の大組織みたいなものが今の所見当たらない世界なんですけどね。
だからこそ、魔王イグサが勢力を伸ばしていく余地があったのだけれど。

タイトルだけじゃなくて、表紙絵や粗筋からもわかりにくいですよね、これ。表紙絵だとどこかの惑星の大地の上みたいな所に居るように見えますけれど、作中の大半は宇宙船やコロニー、宇宙要塞の中が活動範囲ですからね。地上にいたのって、最初に勇者と魔王が召喚された廃棄惑星の上だけでしたしね。
この神様によって召喚された世界がSF世界、というのも面白いんですけれど、本来彼ら勇者と魔王が雌雄を決する舞台となるはずだった惑星自体が、もうこの時点で滅び去ってるんですよね。その惑星の人間の子孫たちは既に宇宙に進出していて広大な銀河の各地に散らばっていて、肝心の「世界」はかつて最終戦争によって完全に地表を滅却され、生命が生きていけない重度の汚染に沈められた廃棄惑星。本来ならこの時点で、もう勇者も魔王も完全に場違い。時代遅れと言えば時代遅れ。３０００年くらいは遅かったんじゃないだろうか。もう勇者と魔王が世界をかけて相争うような時代でも世界でもなくなっていたわけだ。
そんな宇宙の片隅に忘れられた汚染ゴミの惑星の上に、ぽんと放り出されてしまった勇者と魔王。
とはいえ、時代遅れなのはあくまで勇者や魔王なんていう配役、役割なのでしょう。それぞれの力を、この銀河を舞台にした時代でどう活かしていくかは、勇者になったライム、魔王になったイグサそれぞれ個人の意思と才覚の問題だ。少なくともイグサとライムは決して時代遅れなんかじゃなかった。それどころか、この未来科学、SFを極めた大銀河時代を迎えている世界の中で、魔法というルールから逸脱した力をうまいこと活用して、宇宙船を入手して惑星上を脱出。最初は魔王と勇者の二人だけから、現地人の仲間というか下僕を捕まえ、三人と付喪神化した宇宙船の一隻とともに魔王軍を結成、銀河の海へと乗り出すのである。
そして、行き当たりばったりの欲望任せの小悪党しか存在しないこの宇宙に、完全と悪の華を、悪の矜持を掲げて、成り上がっていくのである。
このあたり、元々科学文明出身の魔王と勇者だからこその、宇宙時代への順応だったかもしれない。それに魔王の使う魔法、法理魔法って魔法と言っても旧態然とした原理の中世的な魔法と違って、どこか科学を突き詰めたような厳然としたルールに基づいた魔法にも見えるんですよね。いや、物理法則のたぐいはまるっと無視しているのですけれど、環境適応魔法とか毒素無効どころか重放射能汚染なんかも防いじゃっているあたり、自由度高そうだもんなあ。
古式然とした旧式宇宙船の付喪神的な魂を呼び起こして使い魔化させて、半分生命体みたいになったんだから回復魔法とか効くよね、とかなりの力技で壊れた宇宙船を直しちゃうあたりとか、単にルールの違う魔法でゴリ押しするのではなく、宇宙時代の科学にうまいこと魔法を挟み込んで、攻撃力アップの魔法で砲撃強化したりとか、こういう発想は面白いなあと思いましたよ。
そして、この魔王となったイグサがなかなか癖のある人物で、悪の美学悪の矜持というものを大事にしていて小悪党めいた行動や品のない欲望任せの醜い所業は忌避してるんですよね。わりと欲望に忠実な部分もあるけれど。変な綺麗事言っておためごかししませんし。
こっそり罠や心理誘導でライムたちを発情させて、自分からは手を出さないけれど、向こうから手を出してきたら受けて立たねば男が立たぬ、とかいうまあアレなタイプではあるｗ
さすがにあんまりハーレムハーレムになってくると、美学もなにもあったもんじゃないだろう、とも思えてくるのだけれど。そういうお相手は品良く絞ってくれた方が好みだったかなあ。
わりと根っこの所にサイコパス的な側面を抱えていそうでもあるんですよね。そういう部分をむしろ悪の美学に傾倒することで抑え込んでいるような。彼自身、悪を以て悪を制する態勢でいるのかもしれない。
彼自身だけじゃなく、グループとしても悪を食う悪として海賊退治なんかでカネを稼いだり人脈を広げていったり、と着実に勢力を拡大していく魔王軍。はたしてこっから魔王軍らしく世界征服ならぬ宇宙征服なんて方向に行くのかわからないけど、なかなか面白い作品でした。