【蜘蛛と制服】  入江 君人/茨乃 富士見ファンタジア文庫

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三匹の蜘蛛と、虫愛ずる少女の物語。「神ない」コンビ最新作。

異世界に転移した女子高生・琥珀は、
3匹の人食い蜘蛛を助け、
彼らとともに迷宮を旅することになった。

「私は”化け物(バーシャ)”、あなたの敵よ」

出会った冒険者を倒したり、
蜘蛛の糸で綺麗な服を作ったり、
一緒に食料を探したり。

虫が好きなことを隠さなきゃいけない前世よりよっぽどあたたかい、
蜘蛛3匹と過ごす毎日。

「わたくしは、魔道士協会に籍を置く大天才魔女――」

しかし、一番小さいヒメちゃんが、
しゃべり始めただけでなく自分のことを魔王の娘と名乗って――!?

入江君人×茨乃の神ないタッグが生と死を描く、
珠玉のファンタジーのはじまり。


うっ、うわぁああああ、凄いの来たーー! とんでもないの来たーー!
ちょっと待ってよーー。あらすじ読んだだけなら、ここまでとはとても思わんですよ、想像できないですよ。あらすじ見ただけなら、怪物である蜘蛛と仲良くなって価値観や立ち位置が人間サイドではなく怪物側の化け物になっていく、みたいな話だと思うじゃないですか。
いや、大筋ではその通りなんだけれど、おいおいおいおい、いわゆる蜘蛛たちとの共生の仕方がとんでもないんですよね。頭おかしいんじゃないのか? いや、おかしいんだが。
どうやったらこんな発想が出てくるんだろう。ええー、ちょっと無理だろう。どう脳みそほじくり返したんだ?

流石は【神さまのいない日曜日】を手掛けた作者さまである。いや、あれも相当と言えば相当にぶっ飛んでいたけれど、また方向性違うだろう。いや、一緒か? 近似なのか?
ともあれ、長らく音沙汰がなかった入江君人先生(スランプだったらしい)の作文の泉からコンコンと湧き出したのがこの本作だという。というか間欠泉みたいに吹き出したんじゃないのか。
果たしてこれ、これの主人公の琥珀はちょっと類を見ないほどに人間の枠組みを踏み外してしまっているのだけれど……不思議と狂気とか本人が名乗る「化け物」らしさは感じないんですよね。いやもう実際頭おかしいと思うんだけれど……これを、この娘を頭おかしいと断じて切り離して遠くに遠ざけて、分けて考えて良いのか? とも思えてくる。
いやでもさあ。蜘蛛の巣に連れ込まれて、苗床にされて、卵を産み付けられてですよ。産まれた子蜘蛛がワラワラと大量に皮膚食い破って体の中入ってくるんですよ? いくら麻痺毒で痛みを感じないからと言って、頭おかしくなるのが普通じゃないですか。
実際、同じように捉えられた人間の冒険者たち。彼らは例外なく恐怖に犯され狂気に陥り、人間として壊れていきます。そりゃ怖いなんてもんじゃないよ。糸の繭の中に閉じ込められて身動きできず、卵産み付けられてひたすら生かされるんですよ。そして、産まれた子蜘蛛の群れに生きながら食われていくわけだ。一瞬にして食い尽くされるわけじゃないんですよ。子蜘蛛が成長していくように長いこと餌になってくれないといけないから、ちょっとずつ食べられていくわけです。
英雄と呼ぶに相応しい人物ですら、希望を失わず戦い続けながらどこか壊れていく。
そんな中で、琥珀だけが……自ら望み喜んで自分に産み付けられた卵を慈しみ、産まれた子蜘蛛たちを愛おしみ、子守唄を歌いながら自分の体を食べさせてあげながら、育てていくのである。愛情を惜しみなく注ぎながら。
左目を失って空洞になったそこを入り口にして、子蜘蛛たちは琥珀の体の中を食べて穴を開けながら琥珀の体そのものを巣にしていくのである。
それを、この琥珀は……受け入れるとか諦めるとかじゃないんですよね。ほんと、なんなんだろうこれ。
狂気と一言でくくってしまえば簡単なんだろうけれど。琥珀にとってはただそれがとても居心地の良い時間と空間であり、いつか子蜘蛛たちが自分を食べきってくれる事を心の底から望んでいる。
蜘蛛に捕まってそうなったんじゃない、もっと前から……親に強いられて正しくマトモな価値観にし難い、窮屈さに窒息しそうになりながら息も絶え絶えになりながら、マトモの仮面を誰にもバレないようにしっかりと被って、正しく正しく生きてきた……その頃にはもう、自分は最期は野ざらしの死体となって虫に食われて死んでいきたい、と願っていた少女だった。
いざ、そんな破滅的な退廃的な願望を抱いていても、いざ本当にそうなった時に普通は後悔し恐れ嘆き苦しむものなんですが、この娘には一切そんなマイナスベクトルの感情は産まれ出なかった。それどころか、願いが叶ったように喜んで喜んで。
我が子のように、子蜘蛛たちを愛するのである。
狂ってるよね、頭おかしいよね。でも本当に、不思議とそうは見えないんだよなあ。
蜘蛛たちへの愛情は本物です。そして、自分がマトモでない事も自覚している。自分を正当化しようとは一切していない。むしろ、恐怖に狂っていく同じように囚われていた冒険者たちをこそ、あの人達はまともな人間だと思っている。そういう冷静な判断力。それに正しくマトモに生きる人への嫌悪感や引け目、苦手意識、反発って、むしろ正気というか、そのマトモな人らしい感性があるからこそ生まれてくるものですよね。どこかで価値観のネジが幾つか外れているとはいえ、なんか全体的に琥珀って普通の価値観の持ち主にも見えるんですよねえ。決して理解不能の怪物なんかじゃない。
蜘蛛たちの方も、琥珀によって愛情を注がれて守られながら大きくなっていくことで、琥珀に対して単なる餌とか巣ではない、家族に似た信頼や愛情を抱いていくのである。
この蜘蛛たちの、お兄ちゃんな武人肌の黒蜘蛛や、純粋で好奇心旺盛な白蜘蛛のシロちゃん、そしてとても賢い小さなヒメちゃんの三匹の、琥珀へのそれは確かに理解しえる当たり前の親愛なんですよね。……しかし、食べるのは止めない。食べさせることを止めない。
面白いのは、この三匹の子蜘蛛のうちの一匹、ヒメちゃんが純粋な蜘蛛ではなく、魔王の娘の転生体という事なのでしょう。この子だけ、純粋な蜘蛛の価値観ではなく、悪魔……まあ広義の「人」としての感性を持っている。そして、その感性はとてもマトモで正しい人間のソレ、なんですよね。
琥珀を苦しめ続け、首を絞め続けたマトモな有り様を、正しいものとして信じて疑わない種の者なのである。
一方で、琥珀が自分を化け物だと主張するに至った、最初の人殺しの相手。人の側ではなく化け物の側に立つ由縁となった、人の正しさの権化、英雄ドラゴ。内のヒメ、そして外から英雄と、ウチソトから琥珀を真っ当さで、正しさで追い詰めていくのである。
正しさを忌避しながら、嫌悪しながら、でもどこかそれに背を向けることに罪悪感を抱いている琥珀。好意を裏切り、親切を踏みにじり、助けてくれる差し伸べてきた手を振り払って、殺意をもって殺したことに、英雄を殺したことに、確かに痛みを感じてる。許しを求めてしまっている。
本当の怪物なら、そんな事思わないのにね。中途半端で曖昧で、でも絶対にマトモにはなれない生き地獄でのたうちまわる化け物少女。
でも、そんな彼女を救うのもまた、化け物の愛なんですよね。彼女が育て慈しんだ、人ならざる蜘蛛たちの無上の親愛が、琥珀の恐れを苦しみを吹き飛ばす。
そして、同じく正しい側にあったはずのヒメこそが、言葉を尽くして琥珀を叱咤し蜘蛛たちの愛情に応えさせるのだ。
これはとても……マトモな話ではないのか? 歪んでもいない、壊れてもいない、ただあるべき立ち位置が常人とは違うだけ。そして愛情などのあり方は他となにも変わらない。
一人の餌と三匹の蜘蛛たち。一心同体、四頭一個の怪物。いつか、蜘蛛たちが琥珀を食べ終わるまで、彼女の望みを叶えるまで、この怪物の旅は続いていく。
理解不能と言うべきこの怪物のあり方を、理解可能な当たり前の心の動きだけで、誰もが持っている気持ちと思いだけで、共感し得る既知の感覚だけで描き出してみせた紛れもない怪作でありました。

変ですよね、不思議とお兄ちゃん蜘蛛とかシロちゃんがホントに可愛く思えてくるのですよ。琥珀よりもだいぶデカくなってしまうお兄ちゃんは別としても、小さなヒメやシロはまだ空洞になってる左目などから琥珀の体の中に入り込んでくるんですよね。目の部分から蜘蛛が出たり入ったりするビジュアルだけで十分狂ってるし悍ましいと思うはずなんだけれど、なんだろうねこの温かく感じてくる不可思議な感覚は。
ほんとにもう、なんかとんでもない怪作でした。なんかもう、凄い……凄い……語彙が蒸発してしまう感じの作品でした。ちょっとこれは忘れられんなあ。

入江君人・作品感想