【死なないセレンの昼と夜 ―世界の終わり、旅する吸血鬼―】 早見 慎司／尾崎 ドミノ 電撃文庫
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世界が滅びてから、もうずいぶんと経った。
だが、干上がり、荒れ果てた大地にへばりついて、どっこいヒトは生きている。
そしてまた、ヒトではないものも――
だからあなたも、もしかすると目にすることがあるかもしれない。
荒野にサイドカーで現れる、オールドファッションなコーヒー屋台と、それを引っ張る、お気楽に退屈な永遠を生きている「吸血鬼（ノスフェラトゥ）」を――。
「一杯やってく？ 話くらいは聞くけどさ、面倒ごとはごめんだよ？」
それは不死の少女が黄昏の時代に語り継ぐ、ご機嫌でお気楽な、ヒトの終わりの物語。
海が枯れ果てるほどに水が枯渇し雨が降らない世界、ってそれもう終わってると思うんですけれど。
ちょっと世界が滅ぶにしても状況設定過酷すぎやしないですかね？ そんな世界でもわりと人間生き残っていて、コミュニティもそこそこ残ってたり機械文明もガソリン供給が細々と続けられてて残ってるみたいだけど……いや、無理じゃね？ ほんとにここまで水が枯渇してたら、少なくとも作中みたいなわりと清潔そうな生活は出来ないと思うんだけど。それ以上に、もっと北斗の拳以上の殺伐とした世紀末世界になってるよなあ。
別に水枯渇してなくても、水利権なんかで村落同士が殺し合いしてたのが人類ですよ？
実際、現在の世界でも年間で雨がろくに降らない地域ってのはあるけれど、生活用水の確保ってどうしてるんだろう。主に地下水が供給源なんだろうけれど。
まああんまりそういう細かいところは気にしないで、水が乏しくなって世界が滅びたアポカリプスアフターの世界と捉えればいいのか。
国家が崩壊しおおよそ地下からの湧き水を起点とした街単位のコミュニティが点在して残っているような世界。緩やかに、生命の絶えようとしているこの世界で、不老不死だという吸血鬼はどんなポディションになるのだろう。
少なくとも、このセレンはどちらかというと滅びゆく人の傍らを一緒に歩きながら、その消えゆく様をじっと見守っている。そして見送っている存在にも見える。いつか、人がこの地上から消え去っても、ずっと在りし日を覚えたまま残り続けるような、孤独で妙なる存在に。
まあ神様みたいな浮世離れした存在ではなく、あまりにも人に近すぎる、近づきすぎているようにも見えるけれど。
移動式のコーヒースタンドなんかを営みながら人と関わり続けているのも、人間の営みやその在り方を好んでいるから、というようですし。
それに、心のキレイな人の血の方が美味しい、と嘯くようにどこか人と関わるにしても良き人と心地の良いひとときを過ごす事を好んでるようにも見えるんですよね。旅から旅へ一ところにとどまらず、流れる時間も人と異なるが故に過去も未来もセレンには意味がなく、孤独であるからこそ一期一会を大切にしている。
だからこそ、そうやって良き出会いによって一時知り合った人たちが理不尽に見舞われたとき、結構八つ当たり気味に悪人、卑しい人間たちを蹴散らして憂さを晴らしているようにも見える。
善き人の守護者、というには積極的に人を助けて回っているわけじゃないけれど、でも結構人助けしてますよね、このコーヒー屋吸血鬼。
それに、こんな絶望が澱のようにこびりつく終末世界に関わらず、滅びゆく世界で意外なほど絶望に背を向けて前向きに、今を健気に賢明に誠実に生きている人たちが多いんですよね。たまたま、そういうエピソードが多かっただけかもしれないけれど。ついついセレンがそういう人たちに肩入れしてしまうのもわからなくはない。
吸血鬼として、人とは違う存在である、その価値観や考え方もどこか人間とは違うんだ、と自認しているわりにおおむねセレンって人寄りの感性の持ち主だとは思うけれど。これは２つの人格、じゃないのか。黄昏のセレンと宵闇のセレン、日のあるうちと沈んだ時に変わる２つの姿のセレンは、黄昏のセレンの方がわざと人間よりの性格に寄せている、なんて語られているけれど……個人的にはなんか見た目と口調が変わっているわけで中身何にも変わってないと思うんだけど。一応、当人も二重人格なんかじゃなくて同一人物だ、としているけれど、実際やること考えてる事あんまり差異ないですよね。
この変身ってなんか意味あったんだろうか。物語上でも黄昏と宵闇切り替わっても特に進行に変化があったようにも見えないんだけれど。
ともあれ、世界の終わりを見守る吸血鬼。滅びゆくなかを誠実に生きる人々を優しく羨ましげに見守るその化け物は、孤独に消えてゆく人類という種に寄り添ってその終わりを見届けてくれる天使のようにも見えたのでした。
