【私の心はおじさんである】  嶋野 夕陽/NAJI 柳田 PASH!ブックス

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友人、恋人、家族もいない孤独なサラリーマン山岸遥(43)。
感情を表に出すことが苦手で、人と付き合うことを避ける内に、枯れたおじさんになっていた。
しかし、ある日目を覚ますとそこは異世界。さらに、美しいダークエルフの女性になっていた!?

内気な性格のハルカは、鋼の肉体、圧倒的な魔法力を持ちながらもウジウジウジウジ。
そんな彼女(彼)だったが、二回り以上歳の離れた同期冒険者たちとパーティを組み、徐々に異世界に順応し始める──

人間関係を諦めたおじさんが、新しい自分として異世界で心を成長させていく、歪だけど王道な冒険の物語が幕を開ける!

私の心はおじさんである。

……そうですか。

いや、そうですかじゃないんですがね。ぶっちゃけ、おじさんかどうかなんてどうだっていいんですよ。男が女に生まれ変わりとか性差が入れ替わって転生したりというのは性自認の問題とかありますから色々大変ではあるんでしょうけれど、おじさんかどうかなんて本当は大した事じゃない。
だいたい、おじさんだって色々じゃないですか。若々しくて活発で意欲的で前向きなおじさんだっていっぱいいるでしょう。要は年齢的に中年に差し掛かっているというだけで、中身なんてのは人それぞれなのがおじさんです。
しかし、この主人公である山岸氏にとって、おじさんであるというのは凄まじくネガティブなことなのでしょう。自分にとってではなく、自分以外の周囲の人間、社会、世界にとっておじさんである自分というのは、不快で存在自体が粗大ゴミみたいな邪魔で鬱陶しくどうでもいい存在なのだ。その象徴としておじさんと評している。
話を聞く限り、山岸氏は若い頃から人間的な変化は大して見られない。若い時から同じような人物だったと言って良い。それでも若い頃は年を取れば何らの変化があるかもしれない、成長できるかもしれない、という期待があったのかもしれない。おじさんになる、というのはそういう未来への希望展望が潰えて、自分に対して諦めがついた、諦観を迎えたという事とイコールなのだろうか。
彼はもう大人だ。しかし、大人として何ら誇るものを持たないまま終了してしまった存在として、おじさんという名のりをネガティブな意味を込めてしているのだろう。

生まれ変わり、女となり、しかもダークエルフなんて超美女となり、しかも能力的にも他者を圧倒するものを彼、いや彼女となった山岸氏は有していた。それで簡単に自信を持てるくらいなら、山岸氏もこんな「おじさん」にはなっていないですわな。
彼が彼女になっても、山岸氏は卑屈で臆病で心が弱い。他者に嫌われ不快に思われることが怖くて、当たり障りのない態度で接することしかできず、自分が踏み込むことも自分の方に踏み込まれる事も怖くてできない、そういう嘘つきじゃないけれど本当のこと、本物を何一つ見せることの出来ない人物だ。そうやって愛想笑いみたいな人生を送ってきた人物。他人を曖昧に拒絶してきた人物。そうすることで他人に不快な思いをさせまいと、嫌な思いをさせまいとしてきた人物だ。そうすることで、むしろ本気で彼と付き合おうと思った人達を傷つけ、不快にさせ、失礼を働いてきた。その事実をちゃんと理解できずにいた人物である、そんな風にみえる。
基本的に善良で他者を思いやれる人物なんですけどね。その向け方、伝え方を根本から間違えているようにも見える。配慮しているようで、思いっきり相手を蔑ろにしていたような。
勇気を持てない人生だったのだろう。

そんな人物が生まれ変わったからといって、そうそう簡単に人が変わるわけがない。いや、軽薄にコロッと調子に乗る奴もいるんだろうけれど、山岸氏はそういうタイプでもなかったようだ。
そんな彼女が少しずつ変わっていく所以となったのが、優れた能力からくる自信ではなく、まだ十代半ばの若い子たちとの交流によるものだった、というのはなんだか面白いじゃないですか。
自分の特異な能力そのものに自信を持てているわけじゃないんだけれど、少しでも前世の自分の年齢から考えると息子や娘と言っても過言ではないだろう子供たちの、夢や将来に対して今の自分なら少しでも力になってあげられる。
ダークエルフの若い肉体が、活力を失っていた魂に気力を賦活してくれた、というのもあるのでしょう。若い子らの夢に、疲れてついていけなずに見送るなんてことにならず、自分の魂も心も一緒に浮き立つことが出来た、という理由もあるのでしょう。
ちょっとだけ前向きになれた。ちょっとだけ、自分から人と関わりあえるようになれた。ちょっとだけ、自分からなにかしようと思えるようになれた。
ほんの少しだけ、勇気を出せた。
能力のわりにメンタルよわよわで頼りない山岸氏に、同じパーティーとなった子たちが頼り切りになるでなく、むしろ対等に一緒に支え合う関係になれた、というのも大きいのでしょう。
一度活力を失いきり、枯れていくばかりだった山岸氏のおじさんハートは、今もう一度、成長の余地を迎え入れることが出来たのです。
これは、だから成長できなかったおじさんの、改めての成長物語なのだ、きっと。

しかし、精神的には一回りは違うだろうパーティーメンバー、アルベルトやコリン、モンタナに対して、ほとんど保護者目線に立てない山岸氏は、現代でも小学生あたりにおやじ狩りに遭ってそうだなあ。あの子ら、決して大人びてるなんてこともなく、子供ら全開なのにね。特にアルベルトなんかまだまだガキ丸出しだし。
とはいえ、素直で人の話をよく聞くし一端の社会人としての礼儀や見識もあるので、同世代の子供たちの中ではやっぱりちゃんとしてて立派なんだろうけどね。モンタナなんか、特に自分なりに深く考え思慮を巡らすタイプのようですし。能力的にも同世代からするとちょっと別格みたいだし。でもまだまだお子様なんだよなあ。そこがほんと、愛いのですが。