【かくて謀反の冬は去り】  古河 絶水/ごもさわ ガガガ文庫

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TYPE-MOON武内崇氏の“推し”!

王弟、奇智彦(クシヒコ)尊殿下。王室の忌み子。弱小王族。足曲がり。サメの王子。

奇智彦は軍の式典で、帝国から祝いの品として送られてきたそれと対面する。

女奴隷、シニストラ。美しき獣。熊の巫女。おそるべき犯罪者。

意志とちからはここに出会い、王国をあらたな争乱が包み込む。


兄が、死んだ。王が、死んだ。ならば――次の王は、誰だ?

奇智湧くがごとく、血煙まとうスペクタクル宮廷陰謀劇!
えええ!? えええへへへへへへ! うへえ、なんじゃこれなんじゃこれ。
なにこの世界観。うわぁぁ、なんぞこれ!? 手触り肌触り手応え空気感、知らない知らない、こんな世界は知らない、こんな日本は知らない。
これは初めての感覚だぞ!!

先ず以て一番に仰天、そう仰天だ。びっくり仰天させられ、そのまま右往左往させられてしまったのが世界観である。いや、いやいや、こんな世界は見たことないや。
普通に異世界だと思ってたんですよね。ところが、インドやアフリカという単語が出てきて、どうやら舞台となっているここが日本らしいのがわかった途端、この世界観の異様さに引き込まれたのである。

言ってしまえばこの日本って、古代から突然現代にスキップした世界なんですよね。
二世代前の爺さんの王様の時代には槍斧振りかざしていたのに、今代では普通に鉄道が走り飛行機が飛んでいる。いや、幕末や明治だって爺さんの代には刀振り回して火縄銃ぶっ放していたのが、巨大な鉄の軍船に乗り、ゼロ戦に乗りってやってたんだけどさ。
この日本ってまだ天皇なんて呼称が存在しないだろう大王が頂点となる古代王朝時代の文化風習が色濃く残っていて、逆に平安の公家文化やそれ以降の武家文化、江戸の商人文化らしきものが一切感じられないんですよね。大陸渡来の中華文明由来の文化すらも殆ど見当たらないんじゃないだろうか。
一番衝撃的だったのが、公式の格式張った晩餐会で「箸」がどうも存在すら見当たらずに、手掴みで食事していたシーン。炊いたお米を手掴みで指で摘んで食べてたんですよ!? 
なんじゃこりゃーてなもんですよ。
自分達が日本という国の中で当たり前と思っている文化ってのは、だいたい平安時代から武士が台頭した時代に長い年月をもって培われてきたものであり、それこそ生まれたときから刷り込まれてる価値観なんですよね。それが一切消え失せていると、日本でありながらまるで日本と思えないのに日本の皮を被っている異様な文化圏が誕生しているのである。
このすさまじい違和感と、それでも日本と感じる収まりのチグハグさ、なんだろう気持ちわるいというと言い方が悪い感じになってしまいますか。嫌な感じはしないんだけれど、絶対に馴染まないような、それでも馴染んでしまうような、うんやっぱり気持ち悪いとしか言いようがないか。でも、嫌な感じではないんだよなあ。やっぱり違和感としか言えないか。
はたして、この世界ではいったい日本はどういう歴史を辿ったんだろう。わずか数世代で古代から現代にいきなり乗り上げたような文化の混在具合。人の意識や価値観も、古代のものを明らかに引きずりながら現代仕様を装っているんですよね。奴隷みたいなものも残っているようだし、神や迷信に深く囚われたままの庶民の意識とか、古代引きずりすぎて現代へのアップデートが中途半端すぎて混迷具合がひっちゃかめっちゃかですし、うわぁぁぁ、とにかくなんじゃこりゃー、ですよ。
詳しく語られないのでわからないのですが、これ決して日本だけの局地的なものではなくて、世界の3分の1を支配しているという帝国からして、あんたローマ帝国からそのまま現代に飛んじゃってない? というような気配が感じられるし、インドの氏族の兄妹が主人公の奇智彦の従者に収まっていたり。表紙を飾っている蛮族丸出しの熊女からして、帝国の辺境で叛乱を起こして捕まった戦争奴隷でウェルキンゲトリクスかゲルマン氏族かって感じで。実際ゲルマン人みたいんだけど、この人。いや、文明レベルが20世紀前半くらい。昭和初期あたりの時代背景で辺境で蛮族が叛乱って、時代ぐちゃぐちゃに混ざってない!?

このちょっと他では味わったことのない世界観の雰囲気、空気感が作中ずっと下地として基礎部分として常駐してるんですよね。
選者の一人である武内さんが、特に世界観について強く言及していたのがよくわかる。これは確かに読み終えたあとまで世界観に囚われた感じが残るわ。

そんな不可思議でしっかりと踏みしめられる世界という舞台の上で踊る登場人物たちもまた魅力的だ。
登場当初から強烈なキャラクターで周囲を飲み込む勢いだった表紙を飾っている荒良女なんだけれど、彼女がその個性と激しい意思でどちらかというと内向的にも見える主人公を引っ張って渦中へと放り込んでいくのかと思いましたけれど、思いの外この主人公の奇智彦が食わせ者で。
劣等感を引きずりながらそれを飼い慣らしている強かさの持ち主だけれど、ネガティブな感情を抱えながら前に出ることを厭い、頭を下げてやり過ごそうという事なかれ主義者でもあるんですよね。
本来なら、決して表には出ず大人しく陰に追いやられて大人しく余生を過ごすはずだったのに、本人の意思ではなく、栄光か死かの賽を投げさせられてしまう。
そこからの、圧巻とも言える謀反劇は凄まじい勢いでした。一度やると決め手からの決断の強さ速さ、それでいて状況に酔わず野心に酔わず冷徹に現実と事実と真実を見つめ続ける冷静さ。決してメンタル強い方ではないのに、演じきり騙しきり謀りきる謀略の徒としての際立った才能。それでいて、優しさ親しみを失わない仁の人柄。
熊のそれは強引なカリスマで、彼女に引っ張られていたらそれだけで色々とうまくいった気もするのですけれど、奇智彦は決して主導権を誰にも渡さないんですよね。熊にも、それ以外にも利用され二進も三進もいかないところまで追い込まれたりもするのですけれど、相手がうまくやっているつもりだったのに陰ですべてを掌握していたクライマックスは、正直ブルッときました。
甘いっちゃ甘いんだろうけれど、その甘さに振り回されない、足を取られない強かさは見事の一言ですし、人としての魅力にもなっている。本質的に胡散臭いしみっともないし臆病者だしかなりヘタレっぽいはずなのにね。
放っておけば無害であっただろうに、どうしてあの人は手を出そうとしてしまったのか。いや、暗殺の犯人を知って即座に出家をしようとしたあたり、尻尾を踏んだとて奇智彦が噛み付いてくるような人物ではない、というのは見立てていたのかもしれないけれど。
陰謀とは呪いそのものだ。人を呪わば穴二つであったということなのか。

しかし、熊も強烈なキャラだったけれど、側近の石麿もこれおバカキャラとしては強烈の一言だよなあ。いや、次兄もあの将軍もおバカキャラという意味では一緒なんだが、それぞれこんなバカで大丈夫か!? というキャラでありながら、それぞれに癖強く存在感を突きつけてきて、印象を焼き付けられた。こういうキャラクターを描けるというのはなんとも凄いなあ、と思う。
それ以上にやっぱり世界観でしたけれどね。いやまじでこの世界の歴史、もうちょっと詳しく語ってほしい。なんでこんなことになってるの!?