【おでん屋春子婆さんの偏屈異世界珍道中 2】  紺染 幸/あまな ブレイブ文庫

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ただのおでん屋なのに何の因果か、知らない世界に飛ばされるようになってしまった春子。 そんな奇怪な現象に見舞われようとも、春子は普段と変わらず誰であろうと、あたたかいおでんを客に食べさせていた。 怒りや悲しみ、生活や仕事の疲れで蹲ってしまいそうな人々の前に現れ、差し出される一皿のおでんとぶっきらぼうな婆の言葉。 腹を満たし背中を押されて立ち上がり、自らの道を歩き出した異世界アステールの人々。やがてその道の先が、その日、交差する――。 偏屈婆さんが行く、ぽかぽかおでん群像劇、感動の第2巻!


ふわぁ、なんだこれ。なんだもう、知らん間にホロホロ涙こぼれてるんですけど。
やだもう、自分泣いてるじゃん、と自覚なくいつの間にか涙がほろりほろりと落ちていってた。
これもうガチ泣きじゃないですか、やだもう。
あーーー、なんでしょうね、これ。なんの涙だこれ? 悲しいとか辛いとかの喪失感の涙じゃない、歓喜とか嬉しさとかの喜びによって込み上げてきた涙というほど勢いのある涙でもない。
強いて言うなら、ジリジリと炙られた涙腺からじわじわとにじみ出てきた涙だった。感動? 感動していたのか、自分は? 自覚した途端、自分が没頭して話の中に入り込んでいたことにようやく気が付き、ずっと心揺さぶられっぱなしだったことに今更気づく。

思えば、冒頭からだった。貴族も通う王都のセントノリスの学校に猛勉強して通うことになった平民の、異民族の子供たち三人組。アントン、ラント、ハリーの子供たち。入試のトップ3を占める事になった三人の入学式。その新入生代表首席としてハリーが衆目の前で語ったスピーチが…ね。
いきなりもうガツンとくる、脳を揺さぶられるような衝撃だったのだ。
スピーチだの演説だのの類なんてさ、そんな何かを感じる事なんて滅多ないんですよ。そもそも、真面目に読んだり聞いたりなんてする機会もあんまりないですし、日本の政治家やら経営者やら文化人やらってスピーキングを生業としている系統の人種でありながら、まあ胸に届く言葉の使い方が決して上手い人たちじゃないじゃないですか。時々、学者やら医者先生のスピーチでいいのガツンとくるのはありましたけどね。あとは、オバマ大統領は上手かったなあ。あの人の演説はマジで聞き入ってしまうものでした。
それ以来だったかもしれない。自分でもびっくりするくらい、頭にガツンと響いた、それがハリーのスピーチだったのです。
その衝撃にちょっと呆けながら続きを読んでいたら、すぐに次に薬学研究者のエミールが同輩のリーンハルトに色々と語るんですよ。同級生の頃から仲が悪くて、今だって相性が良いわけじゃないどころかエミール自身、こいつ嫌いと思っている相手に対して、一飯の礼として容赦ない指摘をするんですけれど……めっちゃ語るんですよね。辛辣に、しかし真剣に。自分の体験経験を交えながら、将来の展望を交えながら、自分達の進む道にいずれ立ちふさがるだろう壁を、断絶を。それでも、乗り越えていくべき薬学者としての矜持を、いや使命を。
語るんですよ。

ここだけにも留まらない。作中で、刻々と時間が経過していくなかで、この王国に住まう様々な立場の人達の人生が流れていく。その一幕一幕で、彼らは目一杯、自分の成すべきを見つけて、それに夢中になって向かっていく。
それでも疲れて、迷って、怖気づいて、立ち止まってしまった時にフッと、おでん屋さんが現れるんですけれど。春子婆ちゃんはわざわざ気の利いた助言なんてしないし、せいぜい愚痴を聞いて相槌をうち、尋ねられれば素っ気なく思うことをポツポツと語るくらいで、何も指し示さないし、何も与えない。いや、与えてはいるのか。婆ちゃんが与えてくれるのは、ふっと気を抜ける一時で余裕の失せていた心に落ち着きを与えてくれる温かいおでんであり、踏ん切りをつけてくれる少量のお酒だけ。
立ち上がるのも勇気を出すのも決断するのも、頑張ろうと思うのもお客さんとなるこの世界の人たちなんですよ。
まあ、岐路に立っていただろうその人達のもとに、残り少ない力を振り絞っておでん屋さんを送り込んでいたのは、神様なんですけどね。
いずれにしても、春子婆ちゃんはこの作品においてはターニングポイントに徹していて、主役は常にこの世界の側の人達なのだ。
そして、彼らの言葉は常に、魂が込められている。すごく、力が籠もってるんですよね。
それ以上に、愛が篭ってる。慈しみが敷き詰められている。敬意が溢れていて、親愛に満ち満ちている。自分を、他人を奮い立たせる言葉の力がみなぎっている。
なんど、胸が震えただろう。何度、心揺さぶられただろう。特にアントンだ。決して天才ではない凡人である彼。ハリーという特別な天上の才の持ち主に押しつぶされそうな幼少期から、ずっとドッ力し続け頑張り続けた彼。決して頂きに立てないアントンは、かつて特別な才能を妬み恨み呪った彼だからこそ、誰よりも他人の良いところを見出し、埋もれた才能を掘り起こし、惜しみなく褒め称え称賛し、後ろから押し下から支え、他者を奮い立たせる人物になっていく。
次期王権者として、自分を補佐する者を欲したトマス公が学校を卒業したばかりの若手の中から人材を探そうとした際のエピソードがまた……うん、すごくて何より素敵で、凄まじい。
常に首席を譲らなかったハリーの、二位の座を固守したランドの、トマス公に対してアントンを推す台詞が、また素晴らしい言葉の連なりなのです。
彼ら二人だけじゃない、その年の卒業生たちの満場一致のトマス公へのアントンという青年の推薦。このエピソード、ある意味運命の出会いとも言えるこのエピソード、本当に好きで、この物語へ感じる愛おしさの頂点の一つになるだろう。
そして、幾多の種を蒔き、しかしそれが芽吹くを待たずに玉座を退こうとしていた女王陛下の、いや殆どの登場人物たちが、何かを成し遂げることが出来ないまま、しかしいつか誰かのために、未来に生きるこの国の人達のために、自分の後輩たちのために、子供たちのために、無駄になるかもしれないとしても諦めず、見捨てず、放り出さずに積み上げてきたもの。
これまでずっと描かれてきた、それらが……芽を出し、実を結ぶこの物語のクライマックスとなる女王の日。かつてこの国を滅ぼしかけた疫病が広がりだし、封印されていた怪物が解き放たれ、不穏な動きを見せてきた敵国が国境を超え、絶望と悪夢に打ちのめされ、成すすべもなくこの国が滅びるはずだったその日。
一つ一つの小さな意思が、勇気が、頑張りが、連鎖するように実を結んでいくんですよ。一斉に蕾が開花していくように、花が咲いていくように、結実していく物語の後半は……もうちょっとガチ泣きでした。
一つ一つの小さなエピソード、一人ひとりの人生の頑張りにあれほど言葉を尽くされ、心を込めて語られ、魂を込めて訴えられた話に感情移入させられていただけに、それが全部報われていく、そう報われたんだ。報われ、認められ、祝福され、幸せを掴んでいく姿を見せられたら、もうたまらんですよ。もう、こらえきれない。
こんなに言葉に、台詞によってダイレクトに胸に刺さった作品はあんまり記憶にないですわ。果たして他の人にどれだけ響くかわからないけれど、自分にとっては鐘を鳴らされたように、言葉が響いて届いてきました。
良いものを読ませてもらいました。良い言葉を聞かせてもらいました。
とても良き人間讃歌のお話でした。
ありがとう。