【TS衛生兵さんの戦場日記】  まさきたま/クレタ エンターブレイン

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ファンタジーの世界でも戦争は泥臭く醜いものでした

トウリ・ノエル二等衛生兵。彼女は回復魔法への適性を見出され、生まれ育った孤児院への資金援助のため軍に志願した。しかし魔法の訓練も受けないまま、トウリは最も過酷な戦闘が繰り広げられている「西部戦線」の突撃部隊へと配属されてしまう。彼女に与えられた任務は戦線のエースであるガーバックの専属衛生兵となり、絶対に彼を死なせないようにすること。けれど最強の兵士と名高いガーバックは部下を見殺しにしてでも戦果を上げる最低の指揮官でもあった! 理不尽な命令と暴力の前にトウリは日々疲弊していく。それでも彼女はただ生き残るために奮闘するのだが――。

WEB版既読。戦争の華やかさなんて欠片もない、ロマンも夢も栄光もなにもない、戦争という災厄がどれほど人を無慈悲に殺すのか、どれだけ人間が残酷になれるのか、戦争という地獄をライトノベルという界隈でこれほど克明に描いた作品は他に無いんじゃないでしょうか。

舞台は異世界。魔法が存在する世界。でも、行われている戦争は塹壕を掘って睨み合い、十数メートルの陣地を何百何千という人間の命を消費しながら奪い合う、永遠に続くかのような不毛な生命のゴミ捨て場。
まさに、第一次世界大戦期を彷彿とさせるような、様々な戦争の形態の中でも特に地獄の様相を呈した塹壕戦なんですよね。
主人公のトウリは、育った孤児院にお金を送るために軍に志願した新米兵士。回復魔法の適性を見出され、衛生兵に任命されたものの配属先は後方の野戦病院ではなく、銃弾の雨をかいくぐりながら敵陣に切り込んでいく突撃隊。それも、部下を肉壁として扱い暴力によって従わせる人格破綻者の上司がいる最悪の部隊だったのです。
これトウリ、まったく訓練らしい訓練も受けないまま、件の最低指揮官ガーバック軍曹の隊に配属されてるんですよね。まあ新米の二等兵がろくに銃の撃ち方も習ってなさそうなのは、以後配属されてくる新人を見てると殆どがそんな感じだったので、別にトウリだけが特別ヒドい扱いというわけじゃなかったのですが。
戦場でなんの役にも立たない、むしろ足を引っ張るだけの新人なんてのは全く人間扱いしてもらえない。言うことを聞かなければ、命令通りに出来なければ、容易に暴力によって痛めつけられる。特にガーバックは部下を再起不能にしかねない勢いで殴る蹴るとするので、トウリだけでなくガーバック隊の隊員は一度ならず手足をへし折られただけならまだまし、くらいの暴力を受けている。これ、衛生兵たちが回復魔法使えるからこそ復帰できてるけれど、なかったらそのまま後送か普通に死んでるよね。
実際、トウリはこの娘精神的にタフというか、内面描写を見ていると感情の起伏が抑制されていて大概のことに耐えているように見えるんだけれど、ガーバックの暴力には完全にPTSDになってました。彼の命令に逆らわなければならないかもしれないシチュエーションでは、命令違反したらまた殴られる、と一気に精神が不安定になってたくらいで、片腕吹っ飛んだ状態でパニックになってトウリに治してもらおうとしていたヴェルディ伍長が逆に冷静を取り戻してしまうほどに。
しかしこのガーバック軍曹、確かに人を人とも思わない外道であり最低のクズであり、人格破綻者なんだけれど、前線でも屈指のエースであり化け物並みに強い兵士なのである。一昔前の戦争なら、きっと一騎当千を地でいく活躍が出来たのでしょう。実際、この塹壕戦ですらありえないほど敵地の奥に平然と切り込んでいくほどの強さを見せるのですから。もっとも、彼個人がどれほど強くても、どれほど敵陣地に切り込んでも周りが追随出来なければ、後続の味方がついてきて陣地を確保してくれないと全く意味をなさないのですが。
そんな強さを見せるガーバック軍曹、その物言いは理不尽ではありますけれど、この戦場という理不尽な世界では彼の言葉はある一定の理があるのだ。そして、彼は部下を駒としてしか見てないにしても、その駒が無為に消費されることを嫌う程度の意識は持っていて、部下たちの訓練にはけっこう熱心に、まめに付き合ってるんですね。トウリたち新米の体力づくりや生き残るための魔法の使い方など、後々までトウリが絶体絶命の危機を生き残った命綱となった兵士としてのスキルや知識は、ここでガーバックに叩き込まれたものが根幹を成しているのだ。そういう意味では、彼こそがトウリにとっての最初の師であったのは間違いないんだよなあ。
このトウリ、前世ではFPSのゲームでのトッププレイヤー。それも世界的な、と言っていいくらいの超絶的なプレイヤーだったんですね。ですが、実際の戦場でトウリのゲームプレイヤーとしての経験はなんの役にも立たなかった。実際に兵士として戦場に立つまでは、前世のスキルで活躍できるんじゃないか、なんて思っていたみたいなんですけれど、すぐに鼻っ柱へし折られ、そもそも自身では銃を撃つどころか持たせても貰えない衛生兵として、戦場を駆け回るはめになったのでした。
実際は、トウリのプレイヤー時代の経験は地味に端々で生きていて、その視野の広さで隊の誰も気づいていなかった擲弾の投擲を真っ先に察知したり、と決して役に立ってないわけじゃなかったんですけどね。
トウリのそのFPSプレイヤーとしての異能とも言える才覚が開花するのは、それこそ彼女が地べたをはいずり一人の兵士としての経験を重ね、誰しもが認める古参のベテラン兵士となってから。実際の戦場での戦い方、生き残り方を身に着け血肉となったときに、そこにFPSプレイヤーとしての経験が嗅覚が感性が結びついて、大化けすることになるのですが。
そうなるのは、まだまだ当分先の話になるでしょう。今のトウリは、1巻の最後のほうでようやく尻についた卵の殻が取れたようなところ。
でも、その程度の兵士になる前にトウリと同じ時期に入った若い兵士たちが簡単に死んで、代わりの新しい兵士が来ては死に来ては死に、するのを見せられると、まあそこまででもよく生き残ったなあ、となるのですが。

……ほんと、簡単にポコポコ死ぬんですよね。それでいて、一人ひとりが有象無象じゃないんですよ。みんな、今まで兵士となって戦場に連れてこられる前まで歩んできた人生があることが伝わってくる、キャラクターなのだ。
同期のサルサくんなんか、登場シーンあとになって考えてみるとほんと少ないんですよ。でも、出会ってから退場していくまでの僅かな時間が恐ろしく印象に残ってる。
あとになって加わるロドリーくんが、最初あんまりといえばあんまりの態度だったのも相まって、間抜けだけれど人が良くて純朴で優しかったサルサくん、改めて読んでもいいヤツだったんだよなあ、と感慨深くなるんですよね。
そんな彼も、死の恐怖に負けて倫理がぶっ壊れて塹壕の中でトウリを性的に襲おうとしたナリドメも、その後配属された連中もみんな馬鹿みたいに簡単にあっさりと死んでいく。
ナリドメのあの自棄になった壊れ方、あれ生々しすぎてちょっと怖いぐらいだったのでこれも印象強く残っている。
彼も心が弱かったのだろうけれど、一方で最初誰とも仲良くなろうとしなかったトウリや、刺々しい態度で人を寄せ付けようとしなかったロドリーくんも、みんなそれぞれに戦場の地獄に心やられてたんでしょうね。
そのままなら、いつかきっと躓いて、立ち上がれなくなって、それを助けてくれる人もいなくて、ボロクズのように死んでいたでしょう。
そんな彼らに、生きるための芯を与えてくれたのが、弱った心に活を入れてくれたのが、死こそがこの地獄を抜け出す救いだと宣っていたグレー先輩だった、というのはホント、なんなんでしょうね。
彼の言葉があったからこそ、ロドリーくんもトウリもちゃんとした兵士になれたと言っていいのかもしれません。もっとも、兵士になれたことが救いになったかどうかは、ちょっとわからないのですけれど。隊の先輩として後輩たちを慈しんでくれたグレー先輩からして、結局あのような最後を迎え、それ以前にも死こそが救いだなんて言わざるを得ない心境に追い込まれていたわけですし。

戦場という地獄が、どれほど人間の精神を削り、押しつぶし、破砕していくのか。塹壕戦という戦争形態の不毛さ、人間がこれほどまでに無為に消費されていくなかで、次は自分だという覚悟も持てないまま泥の中に身体を埋め、冷たい雨に凍えて手足を腐らせ、血反吐を撒き散らし、他人の死体を踏みつけて、ただ今日を生き残るために敵を殺す日々。
まさに地獄。この世の地獄。
でもそれは、戦場にいる兵士たち皆に平等に与えられた普遍的な地獄、でもあったわけだ。
ラストではじまった敵軍の全面攻勢、そして戦線の崩壊によってはじまるのは、新たな地獄の門の開放。
後方銃後、本来戦場に立つことのない民間人、市民、一般国民たちに押し寄せる、戦争という災厄。
この世界、まだ一般的な人倫というものがマトモに成り立ってないんですよね。社会が成熟しておらず、民間人を手にかけてはならないなんて倫理は、どこにも見当たらないしあったとしても羽毛のように軽く、道端の雑草のように簡単に踏みにじられる。
現代においてさえ、あのロシアの蛮行のようなものが繰り広げられている(正直、仮にも現代であんな中世レベルの倫理しか持ってない「先進国」が存在するとは今でも信じたくない思いである)なかで、国際的にそんな倫理規範がまだ育っていない、生まれていない世界である。

ここからが、本物のこの世の地獄。そして、それをまっさきに味わうのがトウリ・ノエル。あのラストの挿絵のトウリの表情は、ちょっと筆舌に尽くしがたいものがある。
そもそも、本作の挿絵でまともな状態の登場人物描かれてるケースの方が少なかったよなあ。トウリも、ボコボコにされて顔面崩壊してるような状態の絵なんかもありましたし。
イラスト担当のクレタさん。最近でも【異修羅】や【魔王2099】のイラストやってたり昔から良作担当しているベテランの絵師さんなのですけれど、本作はこれ新境地だったんじゃないだろうか。
迫真の挿絵ばかりで、改めて作品世界に引き込まれるものがありました。
……ゲール衛生部長、こういうタイプの美人だったのかぁ。

ここから描かれるのは、兵士も一般市民も関係ないすべてが巻き込まれ、踏みにじられていく地獄。人間という存在が糞の詰まった血袋か、人の皮を被った鬼畜しかいないんじゃないかと思えてくる、戦争という普遍的な地獄のはじまりだ。
でも、それらもまだ皆が味わう地獄にすぎないとも言えるんですよね。トウリという少女個人が味わうことになる彼女にとっての地獄は、燃えるノエルの街を皮切りにまだ萌芽しか覗いていないのだ。
トウリにとって、あんまりにもあんまりな人の心は無いんか!な地獄すぎて、WEB版読んでたこっちの眼が完全に死んだお魚さんになってなんだかケタケタと笑うしかなかった最新話あたりにたどり着くまでは、はたしてどれくらい巻重ねないといけないんでしょうね。
私、この巻の作中でトウリがね、自分はとても人を殺す覚悟が持てず忌避感を感じていて。それどころか自分に危害を加えようとした相手でも、敵の兵士たちですら憎むことができない、と述懐するシーンを読んでね、もうなんか泣けてきてしまったんですよ。
この頃のトウリは、周りにグレー先輩がいて、アラン先輩がいて、ロドリーくんが居てくれていた頃のトウリは、まだこうだったんだなあ、と。いや、そのあともずっとこの娘は踏ん張ってたんですよね。憎しみを、殺意に育てるまで出来なかった。憎みながらも、友情をいだけていた。
……トウリちゃん。やばい、また泣けてきた。マジ泣きそう。ロドリーくんさぁ、ほんとにさぁ。うわぁぁぁん。

でも、これだけ地獄に地獄を積み重ねてるような話でありながら、むしろ次を、その次の話を、と続きを飢餓のように欲してしまう不思議な物語でもあるんです。
自分としてもあんまり鬱な話だと、読むこと自体がしんどくなってしまうものなんですけれど、本作については本当に不思議なほど鬱な気持ちにはならないんですよね。
それだけ、登場人物みんなが魅力的で生き生きとしていて、物語そのものがグイグイと引き込む牽引力の塊で、怒涛の展開に圧倒されてしまうからなのでしょう。
次のページを、次の章を。この欲求は止まらない。面白い、とてつもなく面白い。その面白さもまだ端緒、はじまったばかりなのである。
この少女の、波乱万丈の生き様をぜひ見届けてほしい。傑作である。

しかし、WEB版との一番の変更点はやはり語り部がトウリ自身から、歴史好きの若者に変わっていたことでしょう。WEB版だと、戦後トウリが過去を改めて回想するような形で描かれていたので、トウリは最後まで生き残るんだな、と思えていたのですけれど、書籍版だとここが変わっちゃってて。
トウリこれ、どうなるかわからないじゃん!
と、不安感に苛まれていたらよりにもよって、このトウリの日記を戦場跡で掘り出したのが、セドルくんだとぉ!? 彼、セドルくんなの!?
彼の素性が発覚したときが、一番衝撃だったかもしれない。これ、もう、あ……うわあああ。