【霊能探偵・藤咲藤花は人の惨劇を嗤わない 4】  綾里 けいし/生川 ガガガ文庫

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地獄巡りの終着。滅びゆく世界と二人の未来

地獄巡りの末に、藤花と朔は「神様」と逢った。
山査子の座敷牢に囚われていた神様と呼ばれる超常の存在はーー力を抑えていた異能消去者の逃亡によりーー暴走を開始。

神様という名のアレは世界を滅ぼせる怪物。
アレは、世界を呪っている。人間を呪っている。生物を呪っている。
海を。陸を。空を。生者を。死者を。なにもかもを呪い続けている。
そして、その殺意は伝染する。
神様の呪いの影響を受けた者は壊れ、殺意に取り憑かれ、他者を襲い殺す。
伝染した人間や動物は呪いの新たな感染源となり、殺意を世界に伝播させていく。

混乱した世界はやがて藤花と朔をも呑み込み、破滅へと突き進む。
世界を救う道はひとつ、神様を殺すことーーつまり「神殺し」。
その神殺しのためには「藤咲の女たち」が必要であり、特に藤咲藤花は重要な存在なのだという……。

「かみさま」になりそこねた少女とその従者の物語は、ここに終演を迎える。


世界に滅びをもたらす神が解き放たれた。狭い家の中、一族の中、村の中、という領域の中に限定されていた地獄が、異能も何も何も知らない平和な日々の中に暮らす人々の社会へと、世界へと溢れ出す。
今や、この世すべてが地獄と化した。藤花と朔の地獄めぐりの逃避行の果てが、この世すべてが地獄と化すという末路だったのは、なんととらえるべきなのか。
そんな状況の中でも、世界を救うよりも自分の欲望を、自分の愛を優先する異能の家に生まれた者たち。愛とは執着、愛とは煩悩。仏教では愛を業の一つに分類してるそうだけれど、この物語を見ていると何かと刺さるものがある。

愛は、幸せをもたらしてくれるのか。
でもさ。見てくださいよ、藤花のこの笑顔。シリーズ最終巻の表紙絵を飾る藤咲藤花の表情は、こんなにも満たされきったような笑顔だ。
とても幸せそうだ。

地獄めぐりのその果てに、逃げて逃げてのその先で、彼女はついに幸せを掴んだのだろう。愛する人と過ごす平和な日々を手に入れたのだ。
彼女は最後まで、最期まで幸せであれたのだろう。
ならば、朔くんが幸せでなかったはずがないんですよね。ただ藤花の幸せを望んだ彼。藤花との幸せを望んだ彼。
結局彼らもまた、この物語に登場した愛に生き愛に絶えた人と同じ、世界の滅びなどよりも自分達の愛を優先した者たちの一人だったのだろう。この世に地獄を生み出したとしても、一切の後悔を抱かないほどに彼らはただ愛する人を欲したのだ。その愛情の行きつ戻りつがすれ違い噛み合わなかったが故に惨劇をもたらすしかなかった今までの事件の当事者たちに比べれば、お互いに愛し合い求めあいそれに応えることのできた藤花と朔は、間違いなく幸せだったのだ。
それが世界を滅びを回避する最後の救いを踏みにじるものだったとしても。
世界は滅びるだろう、人は絶滅し生きとし生けるもの生命という生命が皆無となった惑星として、地球は青く沈黙するのだ。
まさしく、地獄行にすら値せぬ罪である。
そして愛する人が犯した罪を、いや愛する人が死後に享受することなる永劫の罰を知らぬまま逝ったであろう藤花は、やっぱりきっと最期まで幸せだったのだ。
だからこれは、ハッピーエンドの物語なのだ。
たとえ世界が滅びても、人という人が苦しみ藻掻いて絶望と憎悪の中で死に絶えたとしても、その結末を選んだ青年が永劫に無の只中に佇み、座り尽くすとしても。
藤花が幸せであったなら、これはハッピーエンドなのだ。
幸せの記憶を永遠に、永劫に反芻し続ける。たとえもう、二度と彼女に会えないのだとしても、それはお互い死んで個の意識が消え去ってしまえば同じこと。この罰を受けるということは、永遠に意識を保ったまま幸せの記憶を思い返し続けることが出来る。
誰にとっても地獄以上であるそれを、もはや惨劇としか言えないそれを、しかし彼ならば幸せだと噛みしめるのだろう。
だから、これはそういうことなのだ。
ただ……ただ一つ叶わなかったのは、藤花の死んでも一緒に居続けるんだという祈りだけ。
一度たりとも、彼女のこの懇願に沈黙をもって言葉を返さなかった朔くんは、賢明だったのは狡かったのか。
いずれにしても、カラー口絵のあの三枚の藤花と朔が過ごすベンチのイラストから、最後の挿絵へと繋がるそれは、幸せとはこんなにも切ないものなんだなあ、と胸の奥をカリカリと指先で引っ掻かれるような思いをもたらしてくれるものでした。
彼を通り過ぎていく風の冷たさを、きっとずっと忘れない。