【魍魎探偵今宵も騙らず】  綾里 けいし/モンブラン MF文庫J

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魑魅魍魎にまつわる事件――此処に人の騙りはあるか?

常世とこの世が完全に繋がって十年――。
幽霊も妖怪も幻獣も精霊も、あらゆる怪異は人間の隣人と化した。
人の世は姿をがらりと変え、魑魅魍魎がそこかしこにあらわれて混沌と化していた。
無論、妖怪絡みの犯罪は後を絶たず、その解決を生業とする者が出てくることは必然で。
『魍魎探偵』
そう呼ばれる男は、今宵も助手の美少女とともに妖に関する事件に向かう。
依頼人からの手紙にはこうあった。
「自分は人魚です。このままでは喰われる。助けてください」と。
しかし向かった先の旧家では、人魚はもう一年も前に食べてしまったらしく……。
魍魎探偵が騙る、事件の真相とは――?

綾里けいしさんというと、おどろおどろしい怪奇を描き、それを上回る人間の暗黒面を描きながら、その中に垣間見える人の善性や愛情を描く作家さんであります。
その作風はグロテスクであり哀切であり幻想的であり美しくもむごたらしいものであり。
陰鬱と言っていい雰囲気ではあるんですけれど、その一方でコミカルで素っ頓狂な空気感が混ざるときもあるのです。
本作はそのコミカルな部分を全面に押し出したようなわりとノリの良い、登場人物もみんなどこかに愛嬌を持った人たちばかりで、悲劇や悲嘆がベースにありながらもどこかクスリと笑えるリズム感が流れている。
会話や文章のテンポもいつもよりも韻を踏んでいたり掛け合いにも拍子があって、ポップなんですよねえ。
そもそも、短編集であるんですけれどね本作、その一話一話の表記が「話」だったり「章」だったりするのじゃなくて「噺」ってなってるんですよね。
「第一の噺/人魚の騙り」
みたいな感じで。
しかも、魍魎探偵皆崎トヲルが関係者を集めてさてと事件の真相を語る際にも、相方のユミさんが「ベベンベンベン」と三味線を口で弾いていらっしゃる。実際の三味線弾くんじゃなくて、口で言ってるだけなのがユミさんらしいのだけれど。
こうなってくると、そもそもこれ落語調でやってるんだろうなあ、というのがなんとなくわかってくる。まさにお話ならぬお噺ってわけだ。この噺のリズムがまた心地よくてなんだか楽しくなってくるんですねえ。
あの世とこの世が繋がってしまって、幽霊だのアヤカシだのが密接な隣人となってしまった世界。外国と物理的に断絶してしまったために外から輸入品が届かなくなり、ゆっくりと文明が衰退して古い時代に舞い戻りつつ有る本邦。決して浮かれた空気はどこにもなく、閉塞感と怪しさにつきまとわれたべったりとした闇が張り付いているような雰囲気の世界観だ。起こる事件も決して軽佻に扱ってはならない人の生き死にと尊厳が掛かり、真実が騙られ、悪意と無邪気な善意が絡まりあったともすれば地獄絵図が繰り広げられるような事件ばかり。
普段の綾里作品なら、血を見ずにはいられず、或いは死んだほうがマシ、もしくは死んでも許されず離してもらえないむごたらしい地獄が現出して、まあ生き残りがいたら重畳重畳くらいの展開になるのだけれど。
本作は意外なことに、悪意を敵意を持っていた人もそれを貫き通せない噺の展開になるんですねえ。野心や醜い欲望を宿して動いていたような人間も、どこか毒気を抜かれたように底なし沼からずっぽりと足を引き抜くことが出来てしまったりするのである。
決してめでたしめでたし、誰もがハッピーになれるエンド、なんてわけじゃないのだけれど、それでも誰も救われない悲劇は起こらず、超えてはならない一線を超えることなく、引き返せているのである。
どの登場人物も憎みきれない愛嬌があって、ホッとするような素朴な善意を持っていて、読後の後味は悪くないのである。
だからこそ、エピローグでユミさん、あとになって事件の関係者に一通り会いに行ってその後の様子なんてものを見聞きしたりしてる、出来てるんですよねえ。あれ、地獄と化していたら二度と足を向けられないし、様子伺いなんて行けたもんじゃない、そもそも会いに行ける相手が残っているかも怪しいものなんですが。

そんな数々のお噺の中で、一番切羽詰まっていて、一番追い詰められていて、一番悲劇で悲恋だったのって結局当のトオルくんとユミさんの噺だったんじゃないだろうか。
騙らずとのたまいながら、最初から最後まで騙っていた魍魎探偵とその助手。騙っているようで常に真実しか踏まえていなかった二人。脇目も振らず、二人きりの時間を堪能しながら、いつだってその終わりを意識してしまっていた二人。
つまるところ、これはユミさんが好きでどうしようもないトヲルくんと、トヲルくんが好きでたまらないユミさんの化かし合いであり騙り愛であり、相手のためを思ってヒドいことを繰り返すお馬鹿さんの語りだったんですなあ。
ほんとねえ、どれだけ大事であっても、大事であったからこその所業であったんでしょうけれど、それでも相手を泣かせてるようじゃあいけませんよ。そいつはろくでなしの所業です。まあそういう男であるからこそ、ユミさんも惚れ抜いてしまったんでしょうけどねえ。全く持って、ユミさんの言う通り彼女がいないとまるでダメな男である。居たからこそ余計にダメになったのかもしれませんが、居なかったらもっと早々にダメな方向にダメになっていたでしょうからねえ。それに、ユミさんの方もトヲルさんが大事だからってやってることはだいたい男の側と変わりないんじゃないでしょうか。まったくお互い様であります。お似合いでもあります。
そもそも妖怪探偵なんてダサいから、魍魎探偵って名前にしようぜ、というユミさんの言をほいほいと受け入れちゃうところからして、べた惚れじゃあないですか、このお兄さん。