【貞操逆転世界の童貞辺境領主騎士 3】  道造/めろん22 オーバーラップ文庫

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現代日本から男女の貞操観念が真逆の異世界へ転生し、その世界では珍しい男騎士となった辺境領主ファウスト。
隣国ヴィレンドルフとの和平交渉という大役を果たした彼のため、リーゼンロッテ女王はその功績に見合う「嫁」を決定する。
一方ファウストは、ヴィレンドルフで得た「遊牧騎馬民族国家」の情報に、前世の知識で「モンゴル帝国」を知るが故に危機感を抱く。
しかしいくら言葉を尽くそうとも仮想モンゴルの常識外の脅威は誰にも理解されず、ファウストは王国を動かすためにある「禁忌」を犯す覚悟を決め……!?
貞操が逆転した世界で“誉れ”を貫く男騎士の英雄戦記、衝撃の第三幕!!


尚武の国ヴィレンドルフの女王カタリナの凍りついた心を溶かしたファウスト・フォン・ポリドロ卿の母の愛を謳い語る大弁論に引き続き、この巻では彼の新たなる一世一代の大演説が描かれる。
意外とこの筋肉ダルマというべき男騎士ファイストは戦う姿をもって敵味方を問わず騎士たちを魅了すると同時に、そのてらいのない飾りのない心より訴えかけられる弁舌に魂を持っていかれるシーンが多いんですよね。
騎士道譚ってのはその振る舞いを持って騎士の誇りを見せると同時に、その語りを持って騎士の道を示す展開も多いんだよなあ。

しかし、今回の展開は異様ですらある。何しろ、ヴィレンドルフで知った東方に起こった遊牧騎馬民族国家、その脅威に対してファウストは激烈な危機感に打ち震えるのだけれど、前世の世界史の知識、超国家モンゴルのシルクロード征西という史実を知る彼にしか、かの遊牧国家の危険性を真に理解し実感できる存在は、それこそ東方から逃れてきた者たちしかいないのだろう。
それでも西方世界をまとめる神聖帝国はちゃんと、東方より来る災禍に備えよ、と極秘裏に各国家の上層部には危機の到来を伝えてはいるんですよね。
しかし、中華に該当する東方の巨大帝国を瞬く間に滅ぼしてしまった未だ名もなき遊牧国家が、この西方世界にまでその侵略の足を伸ばしてくるのは、それこそ何十年何世代も先の話だろうと誰も対して深刻に受け止めていなかったのが実情だ。
それは常識から考えて正しい。巨大な国家を滅ぼして征服した新帝国が、その手に入れた土地を統治し再び外征する体制を整えるまでとてつもない時間がかかる。これに関しては洋の東西を問わない常識だろう。それこそ、国家としての概念を根本から違った形で持っている、或いはそもそも持っていなかった存在が、超国家として誕生してしまうまでは。
その理解と常識を超越した存在を正確に把握し理解できるのは、モンゴルを知るファウストのみなのだろう。その前世の知識に基づき、超人特有の超感覚が働いた結果、彼は狂気を発した。
戦場で敵の大群に囲まれて、正気を逸して捨て去らねばならないほどに一心不乱に目的に邁進しなければ勝利を掴めない、という戦場の論理に基づき。戦場の感覚に則り。
ヴィレンドルフとの和平の成立、という祝事に国中が沸き立つ中で、彼だけが既に新たな戦場に立っていた。死地にて特攻する心づもりを、覚悟を固めていたのである。

これもう、圧倒的に正しいのはアナスタシア王女やアスターテ公爵の方であり、ファウストの方が無茶苦茶言ってるのは読んでるコッチ側も納得せざるを得ないんですよね。なにしろ、根拠がなんにもない。証拠もなにも一切ない。ファウストが言ってるだけで、彼の言葉を裏付けるものが何もない。
ファウスト自身、自分が完全に頭おかしいこと言ってる自覚があるんですよね。こんな話、聞いてもらえるはずがないとわかってる。しかし、彼の中で完膚なきまでに確信が働いてしまっている。絶対に彼らは来る。彼らにはこのままでは絶対に勝てない。滅びが来る。このままでは確実に、西方世界は滅び去る。何よりも守らなくてはならないポリドロ領が無惨に踏み潰され消滅する。
その理屈にならない確信が、彼を自覚的な狂気へと追いやっていく。
むしろ、ファウストが思っているよりもずっとアナスタシア達はファウストの絶対的な味方で、彼がこれほど訴えている事は正しいと捉えている。リーゼロッテ女王も真摯にファウストの進言を受け止めって、彼の危機感を真剣に吟味してるんですね。
にも関わらず、ファウストの提言を誰も受け入れられないのが、それが国のあり方すら根本からひっくり返してしまう大改革だからである。国の根幹を成している騎士たち、領主たちの権利を尊厳を侵犯する行いだからだ。それこそ、ファウストに彼がこよなく愛するポリドロ領を有無を言わさず差し出せ、と言ってるのと同じことですからね。誰も言うことを聞くはずがない。誰も決して受け入れない。そんな事を言い出せば、王家が吊し上げを受けてしまう。それを提言したファウストは英雄から騎士の権利を踏みにじろうとする邪悪とさだめられてしまうだろう。
彼女らはファウストの絶対的な味方であるからこそ、ファウストを守るためにも彼の提言は退けなければならなかったわけだ。
しかし、完全に頭戦闘モードに入ってるファウストはもう止まらないのだ。
恐るべきはこのファウスト、智者ではないと自嘲しながら脳筋とは程遠い賢者なんですよね。激情に頭に血を上らせながら、その登った血液を冷徹なほど冷たい思考でバトルインテリジェンスへと変換していく。
勝利条件をクリアするための冷徹な計算を弾き出していく。
頭の良さなら、ファウストの従者となったマルティナの方が圧倒的に賢いでしょう。でも、戦闘勘、戦闘頭脳に関してはファウストの方が圧倒的なんですよね。とてもじゃないけど、マルティナではこんな方法は思いつかないだろう。
彼の大演説って、徹底して理屈じゃなくて情に訴える大演説なんですよね。彼のうちにある恐怖が狂気となって彼を突き進ませる。その狂気を、そのまま熱量として聴衆に、集まった国中の騎士、領主たちに伝播させるように、語って語って語り尽くす。
彼らの中に敢然と存在する理性と損得勘定と正気と常識を奪い尽くすような、そんな圧倒的な狂気の伝播を。同じ感情に染め上げる熱を。
でも、一時熱が打ち上がってもそんなものはすぐさま冷める。冷まさないための、伝わった狂気を消さないための捧げ物こそが、ファウスト自身の破滅。自己犠牲であり、生贄の羊となることだったんですね。
もうむちゃくちゃである。でも、むちゃくちゃだからこそ、誰もが頭むちゃくちゃになって、そういう空気になった。誰もがファウストが作り出した空気に染まり、逆らえなくなった。その熱に誰もが浮かれ、同調圧力に押し込まれていく。
本来ならファウスト、ここまで考えてなかったっぽいんですよね。自分の言葉の影響力を彼はそこまで信じていなかった。ただ派手にぶち上げて、ちょっとでも良い方向に影響があったら、くらいの思いだったんじゃないだろうか。或いは、捨て鉢になってたくらいはあったんじゃなかろうか。自分がこの国では英雄と遇されながらもその男騎士として異形すぎる見てくれから、忌避される存在だと思っていたから。
ところが、実のところ思いの外ファウストって多くの騎士や領主から敬され見込まれ誇り高き騎士として愛されてたんですよね。
それが殆ど表に出ず、ファウスト自身に伝わっていなかったのは……おい、アスターテ公爵とアナスタシア王女、お前らが戦犯じゃねーか! ファウストをバカにする愚か者たちを狩りたて叩き潰して回っているかと思ったら、ファウストを評価し恩義を感じて彼に近づこうをする人たちまで威嚇して遠ざけまくってたって、完全にお前らが悪いじゃねーか!!
しかも、ファウストの功績に見合う褒美として、王族である第二王女のヴァリエールを彼に嫁がせるという話が決まったときに、この女ども、結婚は認めるし祝福するけど、先にやつと閨を共にするのは私達の方な? と妹に堂々と悪びれもせず新婚初夜の男を差し出すように要求するこいつら、邪悪なんじゃないかな? この世すべての悪を構成する一欠片じゃないかな?
ヴァリエール、ドン引きである。
いや、性格に関してはこの娘が一番まっとうでファウストの好みとも合うと思うんだけれど、おっぱい星人であるファウストの性癖と幼児体型のヴァリエールでは全く合致しない、というのはこの世の不幸だよなあ。あと、娘の婚約者をつまみ食いしたいと指くわえているそこの女王様も……いや、王女と公爵に比べるとまだ女王陛下はマシ、まだ善性がある。

って、やっぱりヴィレンドルフのカタリナ女王が一番ちゃんと愛情持ってくれてるんじゃないだろうか。ヴァリエールも穏当にちゃんと家族になってくれそうな平凡さ故のまっとうさがあるんだけれど。