【見た目は地雷系の世話焼き女子高生を甘やかしたら?】  藍月 要/tetto 角川スニーカー文庫

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地雷系なあの子は甘えたがり!? 「わたしもっとキミの隣にいたいな……」

ピンクと黒を基調として、リボンやフリルをふんだんにあしらった特徴的なファッション――地雷系。そういった服装を好みながら、中身は世話焼きな女子高生・雷原甘音が秘めた願望――「誰かに甘やかされたい!」
とある出来事から、俺はバイト先の常連の甘音にそんな心中を打ち明けられた。日頃頼られすぎて、なかなか人に甘えられないとそうで……。彼女の願いを叶えるため、ゲームセンターで遊んだり、お祭りデートしたりとめいっぱい甘やかす!
「甘えちゃって、“ほんとうに”いいの?」
見た目は地雷系な彼女との、二人だけの時間が始まる。



うはははは、これは凄い、これはヤバい。想像していたのより三段階ほどヤバいのが来た。
やっぱりこの作者さん、藍月要さんて凄いわ。激重感情同士の化学反応を描かせたら尋常じゃないものがありますわ。
ファミ通文庫から出された【あなたのことならなんでも知ってる私が彼女になるべきだよね】もこれ相当凄かったけれど、今回もとんでもないのが送り込まれてきましたよ。

これタイトルをよくよく見ると分かる通り、地雷系と謳いつつもあくまで見た目は……なんですよ。
あからさまに地雷系女子ではない。むしろこの甘音という子は他人に甘えて依存するのではなく逆に甘やかして過剰なくらい世話してしまう。
いわば「人をダメにするソファ」の人間版。人をダメにしてしまうくらい手厚く世話しまう女の子なのである。
その実績たるや、中学時代に6つの部活をマネージャーとして渡り歩き、あまりに手厚いお世話のお陰で部員をダメ人間にしてしまいかけて崩壊寸前に追い込んでしまった、という前科つき。
本人に悪気があったわけではなく、本気でただお世話したくてたまらないというだけの生態なんですよね、甘音さん。元々、両親が仕事人間である中で双子の妹の世話をしていたのが高じてこうなった……というのでは厳密には違っていて。双子ちゃんが産まれた瞬間からなんか目覚めてたっぽいから、後天的なものじゃなくて先天的な生態っぽいんですよね。この過剰なまでの世話好きは。それこそ、お世話しているときの方が元気元気で、世話する相手がいなくなると生命力が抜けていき萎れていくような。
もう幼児の頃から双子の世話をし、家庭のことをすべてやり、とヤングケアラーここに極まれりというような日々を続けていて、それがむしろ彼女にとっての最高の幸せであり最高のコンディションを維持できる最高の環境だったようなのである。
ところが、この双子ちゃんがまたフィギュアスケートの選抜選手になるほど優れたスポーツエリートであり、両親とともに海外の方に拠点を移してしまったんですね。
残された甘音は、その過剰極まるお世話欲をここで家族以外に向けることになったわけですけれど……その結果が中学時代の大惨事だったわけです。関係者がガチでトラウマになってたの、笑えるようで笑えない。
これらの件を通じて甘音は自分の在り方がどうしようもなく異常であり、他人に迷惑をかける(どころではないんだが)ものであり、このままだと社会の中で生きていくことも出来ないんじゃないかと思うに居たり、ここに自己改革……まともな人間になるべく自分を変えていこうと一念発起したわけです。
その結果が、他人を甘えさせるのではなく自分からひたすら甘え依存する地雷系という系統。そのコーデを自らに飾ることでまず形から入り、どうにか人に甘えることの出来る人間になろうとした結果がこれであったわけだ。
そしてとある喫茶店の店員である地藤景という青年、彼の真面目で落ち着いたしっかり者という気風に甘音は目をつけ、この人ならば自分みたいな壊れかけた人間を甘えさせて受け止めてくれるんじゃないか、と声をかける。それがこの物語の始まりだったのです。

いや、こうしてみるとさ。この物語の筋って甘えベタの少女を主人公が存分に甘やかして甘やかしてトロトロに蕩かしてしまうだだ甘のラブコメだと思うじゃないですか。
実際、序盤はその体で物語は進んでいきます。どうしても甘えるよりも反射的に自分の方があれこれとテキパキお世話をしてしまう、先回りして相手の手伝いをしてしまう、というかやることなすこと奪って自分がやってしまう。逆に自分がやりたいことが見つからず思い浮かばず、何かをお願いしたり頼んだりすることがプログラムで禁止されているみたいに出てこず、言葉にできず、フリーズしてしまう。
不器用どころじゃなく生態として自分の欲求、要求を出せない甘音に根気よく付き合って、景くんは彼女のリハビリに付き添い徐々に彼女の硬直を解きほぐし、その中に眠っていた欲求を引き出していくわけですよ。
いやー、ここまででも十分恋が始まる寸前の甘やかな良質のラブコメだったんですよね。さすが双子の妹両方がスケートの強化選手ってことだけあって、姉の方もフィジカルがハイスペック……を通り越してなんか怖いくらい動ける天才、ってか人外?みたいな「ん?」という空気もはさみながらも、デートを重ねてすごく丁寧に気遣って労り心つくしてくれる景くんに対して、甘音がどんどんと癒やされ慰められ、心寄せていく様子がまた、うん。良き恋愛模様って感じだったんですよ。

そうしてついに引き出されてしまった甘音の欲求が、恋する心が、清らかなる恋する乙女……どころじゃない、クソデカ激重感情の嫉妬深くヤバいくらいの粘度の闇を孕んだメンヘラ気質。完膚なきまでの地雷女としてのそれでなかったら、とても素敵な恋物語で進んでいたんでしょうね……。
この封印されし、開いてはいけない扉を開いてしまった感。

まあ一番激烈にショック受けてしまったのは、見知らぬ自分の本性を目の当たりにしてしまった甘音当人だったのですけれど。
この娘、自分の過剰世話気質がヤバいもんや、と自覚し悩んで改善しようと努力していたように、ちゃんと自己を省みることのできる娘でもあるんですよね。感情そのものは抑えられなくても、それがもたらすもの、他人に及ぼす影響、社会的にどう見られるか。そういうのを冷静に鑑み、自己分析できる娘なわけです。
だから自分が開いてしまった扉の中から出てきた自分の新たな一面に、一番ショックを受けてこれはあかん、これはダメなものだと一番痛切に嫌悪するのもまた本人であるこの娘だったんですね。
それはそれとして、景くんの近くにいる女性たちに嫉妬を通り越した殺意混じりの怨念を飛ばしてしまったり、気がつくと彼の部屋に盗聴器しかけていたり、とナチュラルにストーカーに成り果ててたりもするのですが。
まったくセルフコントロール出来てないんですけど、甘音さん!?

さすがに自分の想像以上のヤバい本性を目の当たりにして、初恋に浮かれる以上に落ち込んで彼に対して身を引くべきであろうか、と甘音が深く悩み始めるあたりで……おおう、これは地雷系に見せかけて実は違ったと思ったら実際は本当に地雷系だったヒロインとどうお付き合いしていくかの綱渡りみたいなラブストーリーになるのかな? と思わせたところで。
また話は急転直下していくのである。

ほんのりと違和感はずっと最初から垣間見えていたんですけどね。主人公・地藤景のどこか頑ななまでの自己評価の低さ。バイト先の喫茶店の店主である叔父との関係。他にもチラホラと。
ここで一気に、物語のスポットは甘音の方から地藤景の方へと移るのである。
甘音がなんちゃって地雷系から突然ガチの地雷に目覚めてしまった展開にも十分仰天していただけに、さらにもう1段、それも物語の根幹をひっくり返すような第三段階が待っているとは思わなかっただけに、これはもう構成がお見事としか言いようがないですよ。

明らかになった、地藤景が置かれている境遇、家庭環境の凄まじさ。家族であるからこそ用意の外から打ち壊せない檻とも言うべきそれに、寒気すら感じてしまう。
実際、あのマスターである叔父さんはこの檻を外側からどうやっても壊せなかったんですもんね。あれだけ真摯に親身になって景くんの事を心配し思っていた人が、だからこそ容易に手を出せなかった。これは叔父さんがどれほど奔放で自由人な人であっても良識あるマトモな人間であったから。
人間観察力にも優れ、雷原甘音という少女の本質にも気づいていたこの人が自分が好きな映画なんて持って回った言い方で【エイリアンVSプレデター】なんてタイトルを景くん経由で甘音に伝えたの、ほんと叔父さんも相当に切羽詰まってたんだろうなあ。
いやでも【エイリアンVSプレデター】ってw
しかも陰でこっそりと評するんじゃなくて、人伝とはいえ当事者である甘音にこれを言っちゃうとか、叔父さんすげえよなあ。この人凄えわ。それも救いを求めて、ですよ。助けてプレデター。
ただそれだけ本当に、あのエイリアンがヤバかった。実際、景くんの命に関わる所まで問題が及びかけていただけに、叔父さんの危機感は間違っていなかったんでしょうね。それこそ藁にもすがる思いであったのでしょう。
あの母親の描写は真に迫りすぎていて本当に怖かった。自分本位で理屈もなにもあったものじゃなく、自分の子供にあれだけの激情をぶつけながら一切自分は責任を取らない。幼少期からあれだけ親からあんなネガティブを刷り込まれ続けて、よく人格が歪まなかったものです、景くん。
いや実際問題、かなり取り返しがつかないくらいぶっ壊れてもいたのでしょうけれど、それを殆ど周りの人間に向けることすら無い真っ当に見える形であり続けられたのは奇跡に近いものを感じます。
どれだけあの叔父さんが関われる範囲でこの少年を助け続けたのかがわかるというものです。喫茶店でのバイトも、これ息抜きどころじゃなく常に学校終わったら脇目も振らずいつもバイトに行っていて遊ぶ様子もなかった、という話でしたけれど、あの喫茶店でバイトしている時こそが彼にとって心を安らげ呼吸できる唯一の時間と空間だった、と理解してしまうとほんとに命綱だったんだろうなあ。

しかして、真実を知ってしまった甘音はここで気づいてしまうわけです。彼を取り巻いている境遇は、まともな人間ではまともだからこそ社会的良識、人間らしい価値観に阻まれて身動きが取れなくなってしまう。でも、自分なら?? 
それまで彼女はずっと、まともな人間になりたかった。自分の異常性を、怪物性を理解するが故に。自分のそれが他人を傷つけてしまうものだと、歪にして壊してしまいかねないものだと身をもって知ったが故に。それを治すために、景と親しくなり彼に手伝ってもらって人になるために頑張ってきた。
でも、今彼が必要としているのはまともな感性を持つまともな人間なんかじゃない。彼の囚われている檻を壊せるのは、彼を閉じ込めている怪物に対抗できるだけの怪物でしかない。

でも自分のまともでなさにコンプレックスを抱いている、それ以上に殻を割って深淵を覗けば覗くほどヤバい闇が吹き出してきてしまった自分への危機感や嫌悪感を膨らませていた彼女にとって、まともでない自分が景くんに近づくのは、彼のそばにいるのは恐怖ですらある。自分がかけるであろう迷惑、いや自分の本性はもっと危険で何をしでかすかわからない。景くんに対して迷惑をかけるだけじゃ済まないかも知れない。そんな想いが、景の置かれた現状を前にして彼女を立ちすくませてしまう。

そんな甘音の最後の枷を取り払ってくれるのが、誰よりも彼女の事を理解していて、それこそ産まれた時から彼女のお世話を受けてきた双子の妹の片割れだった、というのはこう……ぴったりと収まるものがあったんですよね。
お姉ちゃんはもうどうやったってマトモじゃないんだよ。それを治そうだなんて、土台無理。産まれた時からお世話されてきた自分達だって、お姉ちゃんのお世話には恐怖を覚えるものがあった。
でも、そんなお姉ちゃんが居てくれたから、狂気の領域に在るお世話をしてくれてたからうちの家族はまともでいられた。ずっと助けられて、守られてきた。
それは忌憚のない意見であり、装飾のない事実の指摘であり、絶対的な肯定でありました。そりゃ、甘音のお世話のヘヴィーさにまともな人は耐えられなくて潰れてダメになってしまう事もあるでしょうけれど、そんな彼女のまともじゃなさに救われるものもある。まともじゃないからこそ、出来ることもある。そんなまともじゃなさでなければ、届かないものもある。
まともになりたい、という甘音のこぼした言葉にバッサリと「そんなの無理だよ」と言ってのける妹ちゃんの発言はもうそこまでばっさりだといっそ痛快ですらありましたよね。
そもそもお姉ちゃんは妖怪なんだよ。たまたま人間から産まれただけ。
これを排斥や拒絶ではなく、愛情と肯定をもって言える家族って、なんかもう凄いですわ。
そして最愛の家族から、怪物であることを肯定されてしまった甘音にとって、そして今その怪物性をこそ求められていた彼女にとって、もうまともになりたいなんて想いは粉微塵に消し飛んで残らなかったのである。

そうして出来上がってしまったのが、身も心も一切まともである事に未練のない真性の怪物である。

うはははは、とんでもないのが仕上がった。
その後の顛末については是非本編の方を読んでいただきたい。もう、色んな意味でゾクゾクするような怪物とそれに魅入られた男の結末でありました。闇というのは、恐ろしいだけのものではない。安らぎと安寧をもたらしてくれる温かな褥でもあるのだと。もうそこでしか生きていけない者だっているのだと。共依存の極みだなあ、これは。そして、二人にとってピタリと収まる凹凸であり、それ以外では掴めない幸せだった、というお話。
いやあもう着地地点が凄かった。なんでこんなゴールに辿り着けるんだろう。凄いわ、ほんとすごいわー。凄い話を読んでしまった。