【魔女推理:嘘つき魔女が6度死ぬ】  三田誠/カオミン 新潮文庫

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「ロード・エルメロイ鏡い了件簿」著者が贈る、魔法×青春×ミステリー!
 
春。満開の桜の樹の下で、僕は「彼女」に再会した。檻杖くのり。久城という街に住まう、美しくも謎に満ちた存在。「魔女」と称される彼女の周囲では常に事件が起こり……。記憶を失った少女。川で溺れた子ども。教会で起きた不審死。不可思議な謎の原因は「魔法」なのか。あるいはそれは「噓」なのか。くのりと僕、二人の高校生の等身大の青春を描く魔法×ミステリー、ここに開幕。


これはまた、業の深くなってしまったなあ主人公。
下手をするとサスペンススリラーなんかの犯人役になってしまいそうな業である。三田さんの関わるTYPE-MOON作品なんかでも、闇落ちしかねないタイプなんじゃないだろうか。
ある意味、最初に自分のその性癖……性癖というべきなんだろうかこれ。ともかく、自分の特殊すぎる好みに気づいてしまった時に、すべてを放り出して逃げ出してしまったのは正解と言えば正解だったのだろう。小学生の時点で自分が目覚めてしまったものがどれほどヤバいものか気づいただけでも賢明だったと思われる。
でも、それで皆が幸せになれたかというとそんな事はなく、逃げた薊拓海も檻杖くのりもそれで決して救われたわけじゃなかった。むしろ、お互いに本能から希求するものを奪われてずっと飢えていただろう。二人は、二人でなければ決して満たされないという因果によって結ばれてしまった。
ところが、それは確定された破滅でもあるんですよね。そして、その破滅は二人がお互いに求め合うほどに加速していく。両者とも、それを理解していた。理解していたからこそ一度は逃げ出した拓海であり、彼が帰ってくるのをずっと待っていたくのりだったわけだ。
これも形を変えた一つの「殺し愛」になるんだろうか。
くのりの方はこれ、覚悟完全完了してるんですよね。もはや自分の最期までの行く先を見定めてしまっている。それでいいと、受け入れている。なんというか……傍に居てくれるだけでいい、と思っているのはこれこそが高校生らしい等身大の青春にあたるものな気がしますね。今どきの高校生はもっと生々しく現実的に貪欲かもしれませんが。
拓海の方も、醜い身勝手さを自覚していながらそれを絶対にくのりに見せまいとするのは、それこそエゴだよなあ、と思いつつも高校生の男の子としてはそういう自分を恋した少女に見せたくないという気持ちだと解釈するのなら、まあ分かるものではあるんですよねえ。
もうリミットが定まってしまっているにも関わらず、片やエゴを見せずにささやかな安らぎに満足し、片や自分のエゴを優先し自らの醜さを、恋を彼女に見せまいとする。
純粋すぎる初々しい青春ですよねえ、こういうのって。愚かしく眩しく虚しくも満ち満ちている。

先達であるくのりの父親は、この二人に関して何も言わず……拓海くんにはチクチクと針を刺していたけれど、抱える事情もおそらく同質であった自分たちの経験を踏まえて、今の二人の様子をどう思っているんでしょうね。
ちゃんと結婚して、くのりという子供までもうけた身の上としては。その上で、愛する女性が壊れるのを見守った、或いは拓海と同じように幇助すらしたかもしれない身としては。
お互いの気持を嘘で結んでいこうとしている二人のことを。
まあ、何も言わないんでしょうけれどね。いや、チクチク愚痴めいた事は言うかもしれないけれど。

記憶を失えば、それは果たして死であるのか。
人格を失えば、それもまた一つの死であるのか。

その異能によって他人の死を食う。死者が残した情報を摂取する、というべきなのか。それによって自らにその情報を転写して追体験する事のできる能力。或いは憑依に近いのかも知れない。それともインストール。その自分以外の人生、そして死という膨大な情報は受け取り主の脳を徐々に毀損していき、甚大なダメージを焼き付けていく。その果ては自己の崩壊。記憶はほころび感情は希釈され自分と受け取った死の記憶との境目がなくなっていく、確定された自分が壊れる未来。
でも死を食う、と表現するようにそれは「魔女」にとって必要不可欠な摂取物であり、心の精神の飢餓を唯一満たすもの。
そんな魔女の側に寄り添い、審神者のごとく、彼女の飢餓を誘発し、死を呼び込んでいくもの。死を呼ぶもの。そんな彼とのコンビこそが、彼と彼女の二人揃ってこそ「久城の魔女」。
これはそんな二人の恋(破滅)の物語である。