【恋人以上のことを、彼女じゃない君と。3】  持崎 湯葉/どうしま ガガガ文庫

Amazon Kindle BOOK☆WALKER DMMブックス
“恋人”だった、俺たちの物語。

山瀬冬、大学一年生、童貞。四国は香川の高松から上京してきた俺は、新生活が始まった今も悩みを抱えていた。「皆瀬に、どうやって告白すればいいんだろう?」俺は、同じサークルの皆瀬糸が気になっている。別に、一目惚れというわけではない。むしろ初対面の頃は、目立たない子とさえ思っていた。けれど、その微妙にずれた感性や、やけに綺麗な所作が新鮮で、気づけば彼女を目で追うようになっていた。俺は、皆瀬糸に恋い焦がれてしまったのだ。ーーこれは、糸と出会い、付き合い、青春を紡ぐ物語。そして、恋人であることを諦める物語。

うわー、かしこまってるなー。
大学時代、冬くんと糸がお付き合いをはじめてから別れるまでのお話である。過去編ってやつだね。
なんで今さら、別れた時の話するんだろうとも思ったわけですけれど、今は彼氏彼女でも何でも無い曖昧な関係を続けている二人だけれど、改めて本当に「ちゃんと」付き合っていた頃を描写しておく必要があったんでしょうねえ、とラストの現代での展開を見ながら納得した次第。
いやー、それにしても現在の二人が本当にグダグダというか普段のだらしない姿も曝け出し合って心底どうでもいい駄弁りに興じてダラダラしている姿を見ていると、この頃の二人は「ちゃんと」してますわー。
当たり前ですよね。幾ら相手のことを好きになったからと言って、何でもかんでも見せてしまえるわけじゃない。むしろ、変な所みっともない所恥ずかしい所は見せないようにして、良い所を見せたいイイ風に見てほしいと思うのが普通なんですよ。そういう意味ではとても健全に、大学生としてはかなり健全寄りの方で知り合い、好きになり、ジリジリと告白できなくて距離感を測り続け、ようやくふとした拍子にそのタイミングが訪れて付き合い始める。
とても当たり前の、でもとても良きお付き合いの始め方をしてるんですよね、この二人。
まあ、冬くんが糸を好きになったきっかけが、糸が納豆食べる姿を見て、というあたりがこの男らしいとも言えるし、そういう妙ちくりんな所をきっかけに糸に惹かれていったというあたりどこかで彼女の奇妙な本質を感じ取っていた所があったのかもしれません。
ただ、二人共家庭環境に凄まじい難があるだけに他の人よりも早々に胸襟を開けない、自分のパーソナルスペースを人に見せられない、という後ろめたさとも距離感を詰められない怯えとも言えるものを抱えているだけに、自分を見せることにより慎重な人種だったのは間違いないんですよね。
でもそれを付き合い始めてから気づくんじゃなくて、むしろ他の人には話せなかった毒親や家庭環境の話をすることで共感を繋げた件をきっかけに付き合いはじめる事が出来たというのは、二人の境遇を思えばベストに近い始め方だったんじゃないでしょうか。最初からお互いの事情を知っていて、お互いに気持がわかる立場だとわかっていて始められたんですからね。付き合い始めてから事情を話せなかったせいで気まずい思いをしたりすれ違ったり、という事もなく、相手が自分の気持ちを理解してくれる人だという安心感は大きなものがあったでしょう。
そういう意味では、糸も冬もこれまで得てきた友人よりも本当に近い初めての関係だったんじゃないでしょうか。
それでも、今までの境遇からすれば素の自分をいきなり見せられるはずもなく、一般的に考えても付き合いたての男女が色々と振る舞いを繕って格好つけたり可愛くみせようとするのは当然のこと。でも、現在の二人のグダグダダラダラな曝露状態を知っているだけに、妙にかしこまった二人の恋人関係を見ているとなんだか微笑ましくもあり、色々と痒くなってくるもありw
それでも、楚々とした美少女な振る舞いをしていた糸が、引き笑いの爆笑を冬に請われたとはいえ隠さなくなったり、ほんとしょうもない事を言い合ったりする頻度が増えていく、そうして現在に近い様子に近づいていく姿は、うんイイものでしたねえ。
急にグイグイ行くのでもなく、一歩一歩着実に、しかし遅くもなくテンポよく仲を深めていく二人の様子は大学生の恋愛模様としてみても非常に良い話だったんじゃないでしょうか。ラブコメと言うとなんかちょっと違うかな、と思うくらい真っ当な彼氏彼女のお付き合いの様子であり、進展模様であり。
しかし冬くん、こうしてみるとやらかしらしい失敗とか地雷踏むような事は全然やってないんですよね。実にうまいこと、ちゃんと彼氏してる。それも毒親持ちでけっこう不安定になりかねない立場な糸の事をしっかりと支える気配りもしているし、自己本位な振る舞いをして糸のことを板挟みにするような真似も全然しない。いやマジで彼氏として立派にやってたと思いますよ。
それだけに、そんな彼をして糸の状況を察するような余裕をなくさせてしまう就職活動というイベントのメンタルゴリゴリ削るアレっぷりですよ。これ、普段の冬くんならもうちょっと糸の様子がおかしいこと気づけただろうに。糸の方も普段ならもう少し冬くんにヘルプ求める事も出来てたんでしょうけれど、こっちは父親に圧かけられて完全に心拉げてた所に行きたくもない所にただでさえキツい就職活動をさせられて、まあ酷い事になってたのは理解できる。
もし冬くんが糸のことに気づいたとしても、果たしてこのときの彼にどこまでの事が出来たか。糸は、冬くんに対してもネガティブな感情抱き始めていたわけですしね。
嫌いになる前に別れよう、なんてセリフはだいたい面倒を嫌って残務処理を放り投げる言い訳みたいなもんだと思うし、そこまで好きでもなかったんだねと思ってしまうような薄っぺらい別れセリフに思えるのですけれど、事ここに関しては亀裂が入った段階で早々に手仕舞いしてしまったのは後々の、つまり本編スタートの事を思えば間違いではなかったのかもしれない。
真剣に対立して喧嘩して、決別みたいな別れ方をしてしまっていたら果たして今現在みたいな曖昧な関係をはじめることが出来ただろうか、と考えるとね。
とはいえですよ、糸からすると結果的に良かったから好し、と簡単に割り切れるだろうか。糸の方も自分の好きなジャンルに好きに就職活動している冬くんに対して、嫉妬とも憎しみみたいなものも抱き始めていて、あのまま関係を続けていたとしても拗れて余計酷い別れ方をしていただろうと理解しているし、別れを切り出された時もあっさり受け入れていたわけだけれど。
彼女にとって自由な外界とをつなぐ蜘蛛の糸垂らしてくれていた冬に、向こうからあっさりと糸を斬られたようなもの、とも言えますからね。本当にすんなり受け入れていたんだろうか。どこかで、奈落のような絶望を感じなかっただろうか。
彼女のその時の、いや今現在のもだけれど、本心というかその心底にある気持ちははっきりとは見えてこない。
ラストの、冬くんのもう一度ちゃんとやりなおそう、いやそれ以上に本当の家族になろうという実質プロポーズに対して、糸が言葉を濁して保留した理由は。その際に浮かべた苦笑が意味していることは何なのか。単なる判断を迷っただけなら、ああいう苦笑は浮かべないでしょうからねえ。ああ、ついに言ってきたかー、言ってしまったかー、みたいな感じなんだろうか。
これは次回が気になるなあ。

あと、カーフェアリーテイルは笑った。なんだこのふわふわと感触の良い語感わw