徒然雑記 : 誰が勇者を殺したか　★★★★

【誰が勇者を殺したか】　駄犬／toi8 角川スニーカー文庫

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勇者は魔王を倒した。同時に――帰らぬ人となった。

魔王が倒されてから四年。平穏を手にした王国は亡き勇者を称えるべく、数々の偉業を文献に編纂する事業を立ち上げる。かつて仲間だった騎士・レオン、僧侶・マリア、賢者ソロンから勇者の過去と冒険話を聞き進めていく中で、全員が勇者の死の真相について言葉を濁す。「何故、勇者は死んだのか?」勇者を殺したのは魔王か、それとも仲間なのか。王国、冒険者たちの業と情が入り混じる群像劇から目が離せないファンタジーミステリ。

いやー、シンプルだけれど本編を読めば読むほどこのシンプルなタイトルに深みが感じられる。
「誰が勇者を殺したか」
そこに込められた意味が幾重にも重なっているこのストーリー。
一見、勇者殺しの犯人を探すミステリーとも取れるし、あらすじの魔王を倒す旅路を同じくした仲間たちがリーダーである勇者の末路に言葉を濁し、真相を語らず、どこか冷めたような態度すら垣間見せる姿に陰惨な陰謀劇を想像したりもしてしまうのですよね。
本作は魔王討伐の達成。そして一人帰ってこなかった勇者アレスの死から四年後からはじまり、勇者の仲間たちへのインタビュー形式、そして彼らの目から見たアレスという青年の回想でもって語られる物語だ。
まあインタビューで語られる内容はわりと率直に語ってはくれているのですけれど、剣聖にしても聖女にしても賢者にしてもその心情をあからさまには語っていない。特にマリア！　聖女様、貴女だ！　あなた、インタビューで語った内容間違っちゃいないんだけど、間違っちゃいないんだけれど、
でも全然実際と違うしぃぃぃ！！　
インタビューでマリアが話していたとおりに抱いていたイメージと、実際にマリアがアレスに対してしていた態度やら回復魔法の指導やらがもう全然、全然違うのよっ。違うなんてもんじゃない、猫かぶりすぎだこの女ｗ　パブリックでの態度とプライベートでの素の姿のギャップがえげつないんですけど！
toi8さんの描く、あのゴミムシを見るかのような見下げ果てたマリアの目つき。やばいです、やばいやつですよこいつはーｗ　でも素晴らしい挿絵でありました。
いやでも、マリアの過去回想がはじまった時の衝撃たるや、直前でのインタビューに答えるマリアの淡々としつつも落ち着いた優しげなまさに聖女らしいというイメージを木っ端微塵にされましたからね。
その前にインタビューに答えていた剣聖で伯爵家の跡取りという家柄の良い、だからこそ責任感が強く気位も高く真面目な青年レオンの語る話がこの作品に最初に抱いたイメージの重厚なミステリーとか陰謀劇というものを補強するような真面目な内容でしたからね。そこから、勇者アレスという人物の平凡でありながら異常なほどの勇者になるという強固な、狂的とすら言える意思の固さ。人としてどこか壊れてるんじゃないか、という在り方。勇者どころか何に対しても才能の欠片もなかった生来の力を常軌を逸した努力で底上げしていくその姿は、人というよりも勇者というシステムに囚われた機構みたいだなあ、とすら思っていたところに、聖女マリアのアレですからね。
もうその本性を見てしまった人なら誰もが思うだろう「こいつヤバいよ！」という感覚を、アレスが同じように、この人ヤバすぎるヤダもう！！といった感じで泣き入ったのを見て、ああこの勇者もちゃんと普通の人間なんだな、と安心したところがあるんですよね。
さすがにこのマリアが課してくる鍛錬ですら、淡々と勇者として成長するために必要なことだと受け入れていたら、ちょっとアレスのこと人間とは思えなくなっていたでしょうからね。この女アタマおかしいんじゃないの！？という反応をアレスもしてくれたお陰で心情的にも親しく思えるようになったのです。まあ、アタマおかしいんじゃないか、と思いながらも愚直に言われたことをやり続けて、こいつアタマおかしいんじゃないの？とマリアから思われるようになるあたり、お互い様というかアレスも相当おかしいのは間違いないんですけれど。でも、ここを境に彼に人間味をちゃんと感じることができるようになりましたし、この物語自体なんか思っていたのと違うぞ、と感じる段になってきたんですよねえ。
そういう意味では、マリアというキャラのインパクトと存在感は多大なものがありました。物語においての重要性という意味でも。

そして、なぜアレスという青年があれほど常軌を逸した努力を重ねて勇者になろうとしたのか。それが運命だの使命だの神々の決め事だのといった強制によるものではなく、勇者が自らの意思で望み掴み取ろうとした結果だったというのがわかってくるのが、最後の賢者ソロンへのインタビューからなんですよね。
口ではアレスのことを貶すように罵倒するようにあげつらいながら、その実誰よりも勇者と打ち解け心許しあった親友であったソロンの口から語られる勇者という青年の人物像。
そしてその熱の籠もった勇者への想いとは裏腹の、最後の勇者の死に対しての質問に対してのあの冷たいとすら言えるそっけない言葉。
レオンもマリアも、この勇者に死に関してはそれまでの勇者に対しての友情や親愛を感じさせる温度に急に水をかけたようなそっけない言葉を送っていたのが印象的だったのですが、ソロンの場合はそれで終わらなかった。
まあ、それもインタビュアーであるアレクシア王女が、インタビューを超えて追求を始めたからなんですけれど、ちゃんとここでヒントくれる賢者ソロンは態度悪いけど実際面倒見の良い人格者なんですよねえ。

と、ここから物語は勇者アレスの足跡を追いながら、彼の抱えていた秘密。そしてタイトルの【誰が勇者を殺したか】の意味が紐解かれていく展開になっていくのですが、いや面白かったなあ。
話が一話一話進むに連れて、殻が一枚一枚剥けて中身というか真相がちょっとずつ明らかになっていくのですけれど、一枚殻が剥がれ落ちるたびに印象が変わっていくんですよね。見えなかったものが少しずつ明らかになって全体像が見てくる、のとは少し違ってて……見えていたと思っていたものの姿がそのたびに変わってくる感じ。それでいて、一歩一歩着実に真実に近づいていく実感。これらが、読み手側の推進力になってグイグイと背中を押してきて、どんどんと読んでしまう勢いになってる感じでした。
勇者アレスという人物がどういう人間だったのか、という印象も同様で、マリアの話になった時にガラッとアレスの印象も変わった、と先述したように勇者の印象もどんどんと色鮮やかに変わっていくんですよ。そういう意味では、まさしく勇者アレスの真実に迫る、って感じで、インタビュアーであり勇者の事績をまとめる任に自らついたアレクシア王女からして、旅の前に城で出会いしばしば顔を合わせていた頃の何となくの漠然とした印象をはっきりとさせていき、自分の中に生まれていた感情を確信に変えていくのに図らずも最適の過程だったんじゃないだろうか。

にしても、こうと決め手から最短距離でアレスのところまで詰めていったアレクシア王女に対して、マリアのあの周辺をウロウロしていながら一向に近寄れないけど離れがたいといったストーカーっぷりはどう捉えたらいいんでしょうねｗ　いやほんと何してんだこの人わｗ　
ともあれ、おおむねハッピーエンド……そう、ハッピーエンドなんですよね。まさかこんな大団円で終わるとは全然想像もしていなかった。ほんと清々しいほんのりと幸せな気持ちになれる読後感でありました。面白かった。

しかしこれ、続刊決まったという話ですけれどここからどう話広げるんだろう。この巻でキレイに終わったようにも思えたし、続けるにしてもこの１巻の特殊とも言える書き方を同様に続けることになるんだろうか。続けるにしても、また大きな謎とか真相とかを紐解いていく形式になっちゃいますよね。さて、どうなるんだろう。