【剣よ、かく語りき】 山形 くじら/中西 達哉 エンターブレイン

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科学と魔法の世界を剣一本でブッた斬れ!

異世界に転生した少年ユキトは育ての親である老人と二人、魔獣だらけの山奥で剣の修行だけをして生きてきた。しかしある日突然老人が姿を消したことで、ユキトも故郷を離れる決意をする。そうして山を下りたユキトが出会ったのは、銃を手に魔獣と戦う士官学校生たちだった! どうやらこの世界は魔法科学の力で、銃だけでなくスマホや戦車まで作りだしているという。だが鍛え上げたユキトの剣技は兵器や魔法をも凌駕するほどの腕前に達していた! そこでユキトはこの科学と魔法の世界を剣一本で生き抜こうと誓うのだが――!?

人里離れた僻地で暮らす老剣士に拾われた捨て子の赤ん坊。それが主人公のユキトだ。
老人の拙い育児に耐え抜き健やかに育った子供は、老剣士の振るう剣に魅せられ剣を学ぶようになる。学ぶといっても、手取り足取りなんてもんじゃなく、指導と果たして言えるのかどうかわからん見て学べ、という方針だったわけだけれど。そうして、いつしか彼は老剣士……巷では剣聖などと謳われる人類最強の剣士の剣を学び、隔絶した剣腕を身に着けて姿を消した老人の後を置い、山を降り人里へと現れるのだった。
と、こうして来歴を見ると分かる通り、この主人公、爺以外の人間と生まれてこの方喋ったことどころか出会った事すらない。老人は寡黙で生きる術と剣の事以外は何も教えてくれるような親切な性格じゃないし、そもそも教えるときも殆ど会話もない。よく主人公、言葉覚えられたな、というレベルである。
一応このユキトは前世の記憶持ちの転生者なんだけれど、この前世の要素ってほぼ人格形成に重要な意味合いがあったんじゃないだろうか。前世の記憶なかったらこれ、まともに人間の言葉も喋れない野人一直線で、人里に降りていってもクマと同じ扱いになったんじゃないだろうか。言葉どころか一般常識とか倫理観も学べてたかどうか怪しいですし。ましてや礼儀作法とか絶対ムリでしょ。
幸い前世の記憶のおかげで、対人能力は普通にあるし敬語丁寧語もちゃんと使いこなせる……いやこれ一応は老人言葉遣いとか教えてくれたんだろうか。自然習得では現地語の様々な言葉の使い方とか覚えられないだろうし。

ともあれ、野人とは全然違う穏やかで剣に関する腕と意識以外はわりと普通の素朴な愛嬌の若者として人里に降り立ったユキト。そこで彼は第一村人ならぬ魔物に襲われている学生たちと、命がけで殿を努めようとしている一人の少女と出会ったのだ。これ繰り返しになるけれど野人だったらとてもじゃないけれど、彼女…イリヤやその父であるオーランド伯爵から信頼は得られなかっただろう。……わりとペットみたいに保護されて養われるルートに突入したかもしれないけれど。知識教養がなくても愛嬌と人の話を聞く聡明さがあれば、大体なんとかなるしねえ。
どうやらユキトが老人と暮らしていた土地は高位の魔物が徘徊して人が立ち入れない絶界となっている場所らしく、そんな山から降りてきた明らかに隔絶した実力を持つ、それでいてコミュ力が普通にあり常識人そうなユキトは伯爵から気に入られつつこいつ使えると見込まれて、イリヤが通う士官学校に剣の講師兼聴講生として送り込まれるのであった。これ同じ学生としてじゃなくて、教える側として入り込むのはちょっと珍しいかもしれない。剣腕を考えたらそれがむしろ当然なんだろうけれど、腕が立つからといって教えるの上手いか、というと一概にそうも言えないですからねえ。
彼の場合はどうなんだろう。少なくとも教えられる側が理解不能の感性だけで教えようとしたり実力を鑑みずに自分が学んだ訓練法を押し付けたり、という真似はしていないので天才は弱者を理解できないという類ではないのは確かでしょう。少なくとも爺さんよりよっぽど上手いのは間違いない。
一方で剣へのこだわりはその普通な性格の中で唯一狂気に足を踏み入れている領域で、そういう狂った部分がないとやはり高みへは至る資格がないのだろうか。
現状、このユキトとまともに伍するような敵は出てこれず、ほぼほぼ一方的な展開。唯一、最後に姿を現した黒幕の組織となるだろう連中の尖兵が、ユキトの剣からまんまと逃げ切ったけれど今のところ対等が成立するような敵は出てきてませんね。彼が出場した剣の大会も後半はイリヤが首を突っ込んだ事件もあってかダイジェストすらなく、優勝という結果が提示されるだけでしたし。
基本もう主人公の剣に対するスタンスって確立しちゃってるんですよね。強さ自体はまだまだ伸びるかもしれないけれど、剣に対する迷いとか生まれる余地がなく、その生き様はすでに完成されていると言って良い。だからこそ、自分の振るう剣に対して迷ったりその芯を見いだせずに踏み外したり、という物語をたどるのは周囲の人間の方なんだよなあ。それを、迷いのないユキトの剣が一筋の光となって行路を照らし出す、みたいな。
物語の展開自体はオーソドックスと言っていいものでしょう。それをユキトの無双の剣の痛快さと彼の意外な愛嬌と闊達さが彩りを添えるといった感じで、突出したものこそないけれど大方ユキトの活躍で楽しめる、といった作品でした。