【彼女でもない女の子が深夜二時に炒飯作りにくる話】  道造 /びねつ 富士見ファンタジア文庫

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主人公は高級マンション住まい、高身長、高学歴――でもヒロインは!?

「可愛い私めが炒飯作りに来たんですから、中に入れてください」
俺と同じ神戸市の国内有数の進学校に通う高校二年生で、さらには首席で特待生――桐原銭子の来訪に俺は迷惑していた。
だって深夜二時だよ。しかも俺は別に桐原と付き合っていない。
「私は藤堂君なら性的に無茶苦茶にされてしまっても構わないのですが」
いや、俺の両親の前でマジでいらんこと言うな。
「キスしましょうか。藤堂君。鳩のように情熱的なキスですよ」
「桐原銭子は一度受け取った以上は返品が利かないんですよ!」
知らんし。俺はお前の告白を断ったはずだよな。
好きな女の子からの好意を拒絶し続ける青春モラトリアムラブコメ開幕!


この作者さん、オーバーラップ文庫から【貞操逆転世界の童貞辺境領主騎士】という非常に癖が強いけれどファンタジーものとしては非常に硬派といえる騎士物語を出している作家さんなんですよ。
この人が書く現代もののラブコメって一体どんな代物になるんだ? と正直見当もつかなかった。いやどう考えたって普通の甘酸っぱいラブコメになるとは思えんかったもんなあ。そういう普通のキャラクターを描く人じゃないんだもの。とはいえ、現代劇で上記の作品みたいな癖強なキャラクターを出せるのか、そんな頭おかしい人間たちでラブコメとか成立するのか。とも思っていたわけですよ。
出やがった。
いやもう、なんだ。なんかもうすげえな、これ。凄いとしか言いようがない。
主だった登場人物は皆いわば高学歴の粋の粋、上澄みの上澄みだけあって非常に頭の良い聡明な人間ばかりだ。でも、頭がいい人と頭が悪い人って両立できるんですね。ついでに頭の良い頭のおかしい人、というのも両立できるんですね! 
メインヒロインの桐原銭子は深夜の二時にタワーマンションの最上階にある主人公の家におしかけてきてチャーハンを作り出すような奇行種だ。マジで意味がわからん奇行なのだけれど、それはそれとして彼女は神戸の全国区の超進学校で常に学年一位を取るような天才でもあるわけです。そのうえで、彼女はシングルマザーの母親に女手一つで育てられ、公団住宅に住まう貧困層の人間でもある。いや、貧困層って主人公が言うんですよ。あの少女は貧困層だ、って。この主人公・藤堂砕蜂という少年は無遠慮に当たり前のように同級生を貧困層だと見下すような発言をするんですよ。何ならミニスカ履いて化粧している銭子に親友である雲丹亀という子のことも、ミニスカ履いてるようなやつは淫売だ、と言って憚らない。ちょっとどうかしてるんじゃないか、というクズい価値観をあからさまにしてるクズなんですよね。両親は金持ちで社会的地位も高く、自身も親から大金を貰っていて金銭感覚も一般人のそれとはかけ離れてる。高学歴の金持ちの子息なわけです。いけ好かないエリートクズ野郎なわけだ。彼の当たり前に周囲を見下しているその価値観、衝撃的でしたよ。いきなりでしたもん。なんか普通にそういう事考えてるし。
でも、それでいて自己評価はやたらと低い。銭子のことを見下しているのかと思いきや、話を聞いているとむしろ強い尊敬の念を抱いていることが伝わってくる。それでいて嫌悪に近いものも抱いていて、そのくせ強烈に惹かれているような素振りも見せる。彼の心境を追うほどに、複雑怪奇に入り組んだ彼自身自覚しているのか無自覚なのかわからない混沌が目の前に突きつけられるわけである。
その彼の視線の向こうでは「ヒャア」と鳴き「ウオオオオオ!」とケモノのように叫ぶ奇行種ヒロインの姿が。知性はそこにあるのかい?と偶に聞きたくなるような本能そのままに生きてるようなムーブをかましているヒロインの姿が。でも、自由奔放に思うがままに振る舞っているようで、同時に深い知性や思慮を感じさせる瞬間がある。その知性やら思慮の方向性も随分と狂っているというか歪んでいるというか性癖おかしいよね、という感じのそれで別にわざと素と違う振る舞いをしてるってわけじゃないんだけれど。
いやもう、なんだこれは? と思いながら読んでいると段々とそれぞれの登場人物の人となり、人格? 人生観? そういうのが段々とうちから広げられて、その本人もまとまっていないような本心も詳らかにされて理解が広がっていくわけですよ。彼が、彼女がどういう人間なのか、ということが。
その無垢さも愚鈍さも、強かさも強烈な自我も、弱さも強さも狂気も情動も。
意味不明、理解不能、そうおもえた奇行にも意味が見えてくる。というか、これ登場人物それぞれみんな、恐ろしくロジカルに論理的に構成されてるんですよね。それが詳らかに解体されていく。丁寧にバラされて一つひとつのパーツを見せてもらえて、それをどうやって組み立てたら彼、藤堂砕蜂という少年になるのか。銭子という少女になるのかが凄くわかりやすくクリアにされていく。
二人の関係がどういうものなのかも。そして、彼らによって語られない部分も、その行動ひとつひとつに所以があるんですよね。エピローグで明かされる銭子が午前2時にチャーハンを作りに行く理由とか。その理由ははっきりと語られるんだけれど、それを実行しようと思った所以ってこれ銭子が自分の両親の馴れ初めに対してどういう思いを抱いているか。母の思い出のそれを自分の恋のためにリブートして行っているという事自体に、色々と想像できちゃうじゃないですか。彼女の両親への気持ち、母親に対して思うこと。何なら銭子という少女を構成している要素としても。
詳らかに全部解体しているようで、そのパーツからさらに読んでいるこちらが勝手に深読み掘り下げできる要素も多分に残してある、この描き方の奥行きですよ。なんかビリビリ来ますわ。
しかし改めて見ても、この銭子という少女の自我に強烈さは圧倒されるものがある。これほど熱烈かつ我欲にまみれ精力的な恋愛活動をしている少女がどれだけこの世にいるだろう。その方向性もなんかもう凄いんですよね。彼女がそれまで嫌悪の対象ですらあった砕蜂……いや、それまでの同級生としての交流の積み重ねによって徐々に彼がクズ野郎はクズ野郎でも善良で無垢で優しいクズ野郎という理解は進んでいたにしても、恋愛対象とはかけ離れていた彼に対して、火がついてしまったあのシーンはむしろ理性的というか論理的なくらい納得がいくんだけれど、やっぱりその後が凄いと言うかなんというか。あれはやはり発端は母性なのか。砕蜂が自身の弱みを曝け出して自分のおろかも醜さも全部ぶち撒けた上で醜態よりもむしろ健気さを、真摯さを、誠実さを感じさせるあの振る舞い、そして儚さ脆さ庇護欲を掻き立てる切実さ、でもか弱くも寄りかからず座り込まず孤独に独り立ち続ける、それを自立と言っていいのかわからないけれど、自分の負の部分弱い部分悪い部分醜い部分から目を背けず直視できる強さを垣間見せられて、銭子の中に火がついたのは、うんわかるんですよ、わかるんですよ、すごくわかるんですよ。足がかりは母性なのかな、どうなのかな。
でも、その上であの男を自分のものにする、巣立とうとしている雛を自らの手で真っ当に育ててやりたい、とするあの強烈な独占欲。強烈な我欲。ガンと地面に打ち立てられて一切揺るがないだろう巨大な自我。改めて振り返ってみても、とんでもないヒロインですわ。なんだこいつ、奇行種ってレベルじゃねえですわ。ほんとなんだこれ? とあっけにとられるような怪作で、ただもう凄いと繰り返し呟いてしまう圧巻にして圧倒的なまでに突き抜けた、どこに突き抜けてんだ? わからん、わからんけれど振り落とされずにしがみつくしか無いパワーのみなぎるラブコメでした。ラブコメなのか? ラブコメとしか言いようがないよな、これコメディとしか言いようがないし。でもコメディというには常に真剣深刻なのだ。シャフトが歪んだ車輪を皆が全力で回して、各々の人生に投じている一心不乱の疾走する物語でした。
これもっとスポット当てて掘り下げてったら、延々掘り続けられるし、発掘したパーツを色んな形で並べて寸評を語り続けられるような気がしてくるのが怖い。書けば書くほど理解が進みわけが分からなくなりそう、奈落みたいだ。なので、なんかこうフワッとした感じで焦点を合わせずになんとなくの感覚で表現して書き表すので、いっぱいいっぱいになってしまいました。

ごくごくシンプルにまとめるならば、やべえくらい面白かったです。ヒャア!!

……この銭子の口癖、というよりこれ鳴き声ですよね。ヒャア。これなんかくせになります。ヒャア!  
ヒャッハー! と変わらんよな、とはずっと思ってたんだけど。世紀末系モヒカンの鳴き声のあれと一緒のカテゴリー。うん、うん。