徒然雑記 : 血の繋がらない私たちが家族になるたった一つの方法　★★★☆

【血の繋がらない私たちが家族になるたった一つの方法】　雲雀湯／天谷たくみ角川スニーカー文庫

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でも結ばれる(結婚できる)のは1人だけ

離婚していた両親の復縁で7年ぶりに再会した義理の妹の英梨花。
気の置けない男友達みたいな幼馴染の美桜。

葛城翔太はそんな2人と一緒に、一つ屋根の下で暮らすことになった。

「……兄妹ってこんな感じなのかな」
「兄妹なら、そうする?」

かつて家族のことで寂しい思いをした者同士の3人暮らしは、他人のはずなのに家族以上に心地よい。

しかし共に進学した高校での恋愛トラブルを避けるため、美桜と翔太が偽のカップルを演じることになったことから、お互いが不意に“異性”を意識してしまい――!?

血の繋がらない3人の男女が家族になる方法を模索して、家族以上の気持ちに揺れ動く同居ラブコメディ。

ほわー、これ本当に三人の関係がまだ何も始まっていない所から物語をはじめるのか。
話の冒頭は中学卒業後の春休みあたりからはじまるんですね。そこで、両親が復縁したことで幼い頃に別れ別れになっていた妹・英梨花と再会するわけですが、この段階では主人公の翔太は英梨花が実は遠縁の娘で血の繋がらない義理の妹だとは知らなかったのである。物心つく前から一緒に育ってきたので家族として過ごしてきたはずなんですけどね。ちなみに、英梨花の方はとうの昔に承知していて特に家族内で秘密にしていた、というわけではないようで。
ともあれ、再会した段階では英梨花のことを実の妹だと思っていたにも関わらず、翔太は見違えて美人の少女になってしまっていた英梨花にドギマギしてしまい、すぐに昔のように馴染んだと自分で言っているわりには妹に対して微妙な緊張感をずっと漂わせているのである。それは、英梨花が義理の妹だと教えられて以降はさらに顕著になっていく。
一方で幼馴染の美桜の方はというと……この娘がまた中学時代は全然女の子らしい装いもせず、野暮ったい娘さんだったんですね。それは春休みまで続いていて、ちょうど英梨花が帰ってくるのに合わせるように綺麗に装いを整える、いわゆる高校デビューをはかるのである。
まあ美容室にいっただけで英梨花に教えられるまでコスメも持っておらず化粧の仕方も知らず、ファッションの方もアレ、という具合でマジで女子力ゼロ状態だった模様。いや、家庭の事情から家事能力とか家庭に関するあれこれは非常に能力高いので、そういう意味での女子力は高いのだけれど。
ただ、ちゃんと女の子らしく見を整えた美桜はこちらもまた見違えてしまって、入学した高校でも注目を集めてしまうほど。中身は相変わらずで彼女自身の意識も身なりほど綺麗に刷新できていなくて中学の頃の意識から成長できていないので、以前との周囲からの視線や態度の違いに疲弊していってしまうわけですが。
それが、翔太との偽装恋人関係をでっちあげるきっかけになるわけですけれど。
この段階では美桜って決して翔太の事を男の子として意識しているわけじゃなさそうなんですよね。本当に気のおけない幼馴染としてしか見ていない。いや、本当の家族以上に家族同然、という意味では彼女にとって１番親しい人、という距離感ではあるんだけれど。まだ恋愛とか出来るようなJKらしい成熟を迎えていない、と言えるのか。
一方で翔太の方はというと、見違えてしまった美桜に対してドギマギしっぱなしで……こいつ、義妹に対しても幼馴染に対してもキョドりすぎ、というか意識しすぎだろう。美桜に対してはともかく、英梨花に対してはずっと微妙な距離感をあけてしまっているし。
血に西洋人のそれが流れているせいか、日本人ばなれした容姿のせいで幼い頃から色々と周囲からからかわれたこともあって、かなり強めの人見知りなところがある英梨花。中学からの友人もいない中で学校でも自分からボッチになって打ち解けない英梨花に対しても、あんまりフォロー出来てないんですよね。もうちょっとサポートしてあげてもいいのに、と思うのだけれど翔太自身が英梨花に対して距離を置きがちになってしまっている。家では英梨花の方からわりと積極的に絡んでくるのだけれど、学校では殆ど向こうからは近寄ってこないですし。
美桜の方も自分の交友関係優先で、率先して英梨花を自分の方に引っ張り込もうという動きもなく、というあたりはちょっと意外でしたけれど。美桜って明るい陽キャっぽい娘なんだけれど、決して周囲によく目を配って空気読んで自分から率先して周囲をコントロールしよう、ってタイプでは全然なくて、むしろそういうの無頓着にも見えるんですよね。英梨花が段々と孤立していっている事に対してもそもそもちゃんと認識しているのかどうか。英梨花が自分から学校では一人に成りたがっていることを、そのままそうなんだとフラットに受け止めているような感じもあるんですよね。
今のところ、三人で同居しているにも関わらず、美桜と英梨花がそれぞれの事をどう思っているのかが意外と見えてこない。ネガティブな感情を抱いているようには見えないし、普通に仲良いと思うんだけれど逆に言うと普通くらいの仲の良さだ。まだ家族と言えるほどの強い意識を抱いているようにも見えない。
美桜にしても英梨花にしても、強く家族という関わりを意識しているのは翔太なんですよね。ところが、それが男女という異性としての意識かというと、今のところどうにもそういうものが感じられない。美桜は本当の家族の方がどうも縁薄いというか幸薄いというか、うまく行っていない疎遠な感じになっていて、その分翔太の家に入り浸ることで寂しさを紛らわせていた節がある。
高校入学を気に家を出て翔太の家に居候する事になったのも、親同士で合意が出来ていそうなあたりかなり深刻な拗れ方、修復しがたい乖離が出来てしまっているのじゃなかろうか。美桜にとって手に入らなかった家族との関係を、翔太とのそれに求めている節がある。
一方で英梨花の方は血が繋がらないという点が非常にコンプレックスになっているようで、翔太に対して兄と妹という家族兄妹の関係を強く求めているにも関わらず、長く離れていた事もあってどうにも距離感が出来てしまっていた所に、自分よりも美桜との関係が家族を感じさせるものになってしまっている事に焦りめいたものを抱いているようにも見えるんですよね。偽装ながら恋人関係になった美桜と翔太が気恥ずかしさと同時にそんな関係に戸惑いを抱いているのに対して、英梨花は非常に積極的に普通の兄妹の関係を超えたスキンシップを求めはじめて、それはもう男女のそれに踏み入ろうとするくらいのアプローチだったりするのだけれど。でも、それが翔太を兄ではなく男として意識しているから、女としてそれ以上を求めての積極性、にはどうも見えないんですよね。血が繋がらないことへの不安感、心もとなさ。それが翔太と家族じゃない他人、という疎外感に苛まれて、兄妹でないのならそうじゃない形で家族になってしまえば、という家族として繋がる事が１番優先のアプローチに見えるんですね。
そういう意味では、美桜も英梨花もまだ恋のこの字に爪先をひっかけたくらいの段階のように思えるんですよね。逆に、翔太の方はこの二人のことを幼馴染や妹ではなく、女の子として意識しまくってしまっている。いや、お前意識し過ぎだろう、というくらいオタオタとキョドってるんですよね。ただ、その意識のし過ぎが二人の少女が求める家族としてのそれとすれ違ってしまっているとも言えて、微妙な噛み合わなささが垣間見えるのだ。
この両者の乖離がどのような事態を、状況を引き起こしていくのか。まだ美桜も英梨花もその本人も自覚があるのかないのかわからない心の奥底を曝け出していない。溢れ出させていない、まさに物語がはじまったばかりのプロローグ、というべき第一巻でした。
まだ誰も、家族になりたい、という希求も願いも表に出していない、芽生えさせていない状態ですからねえ。シリーズとしてもこれ、だいぶ長くなるデザインを描いているんじゃなかろうか。
なんにせよ、物語が或いは三人の誰かが大きく動き出してからが本番ですなあ。