【後宮食医の薬膳帖 廃姫は毒を喰らいて薬となす】  夢見里 龍/夏目レモン メディアワークス文庫

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この食医に、解けない毒はない――。毒香る中華後宮ファンタジー、開幕!

暴虐な先帝の死後、帝国・剋の後宮は毒疫に覆われた。毒疫を唯一治療できるのは、特別な食医・慧玲。あらゆる毒を解す白澤一族最後の末裔であり、先帝の廃姫だった。
処刑を免れる代わりに、慧玲は後宮食医として、貴妃達の治療を命じられる。鱗が生える側妃、脚に梅の花が咲く妃嬪……先帝の呪いと恐れられ、典医さえも匙を投げる奇病を次々と治していき――。
だが、謎めいた美貌の風水師・鴆との出会いから、慧玲は不審な最期を遂げた父の死の真相に迫ることに。



うわぁ、これは完全にファンタジーだ。
中華風の異世界を舞台にした医療モノ、毒を医食同源の思想で治療していくって話とはちょっと違ってるんですよね。何しろ、毒にしてもその治療に使う薬にしても、主人公の慧玲が作る薬膳にしても現実とはかけ離れたものなのですから。
何より、食べたさきから即座に毒が抜けて身体を蝕んでいた異常が完治していく、ってこれもう医食同源とかじゃないですわさ。たとえば、ゲームのファイナルファンタジーで石化の状態異常になったらアイテム「金の針」を使うと一発で石化解けるじゃないですか。
あんな感じで特殊な毒、毒疫に対応する素材を食材の一つとして調理した料理を食べさせると、その場で石化が解けるように症状が回復する、といった塩梅で。五行思想なんかも適当に混ぜられていて、むしろ神代とか仙境などの世界観だと、むしろこういう治療風景がしっくりくるので、中華風異世界といってもリアル寄りじゃなくて仙人仙女たちの住まう天界に近い、と思ったほうがいいのかもしれない。

主人公の慧玲は狂った父親に殺されかけ、その父たる皇帝の乱心に叛逆を起こした庶子の兄に両親を弑逆され、帝位を奪われ、自身も先帝の娘として処刑されるところだったのを、母から受け継いだ薬師・白澤の一族の知識を買われて生かされている、という身の上。
それだけに笑う姿も想像できないくらいいつも陰気で、感情を殆ど表に出さないような淡々とした振る舞いをしていて、自分の生死についてもそれほど拘りを持っていないような達観? 透徹とした佇まいである。暴虐をなした先帝の娘という事もあり、普段から後宮内でも蔑まれ憎まれ敵だらけといった様子なのだけれど、それを気にした風もない。
ただ、母から受け継いだ白澤の一族としての矜持で、毒に苦しむ人々を救って回っているような。たとえ疎まれても、憎まれても、怨まれても、殺されかけてさえ、彼女は薬を捧げていく。
途中で彼女に救われた一人の娘から、貴方は患者に助けを求められるのではなく、患者に助かってくれと頼んでいるようだ、と言われるのだけれど、そうやって無理矢理にでも自身を薬として規定しているようにも見える。

どうしようもなく、自分が「毒」以外の何者でもないと自覚しているからこそ、それでも毒を転じて薬となすことで現世にすがりついているような。でも、自分の生死に対しても拘りを持っているようにも見えない彼女が、何に縋っているのか。
白澤の一族としての矜持、と先述したけれど矜持に縋っているわけでもないと思うんですよね。はたして、彼女の心の奥底、闇に閉ざされたそれを覗き込めば、グツグツと煮立つような毒が沸き立っているかのような雰囲気がある。ふとした瞬間に垣間見せるのは、底知れぬ怨嗟だ。この物語では、度を越した怨嗟は現実として毒をもたらす、と語られているけれど、語る慧玲自身が決して表に出さないようにしながらも、底知れぬ怨嗟を溢れ出さんばかりに抱えているように思えるのだ。
ただ彼女はそうして生まれゆく毒を、白澤の知識を通じて薬に転じて周りに差し出して回っている。どこか痛々しさすら感じさせるその治療行為は、だけれど確かに救われる人たちが居たんですよね。
悲劇に終わってしまうこともあるのだけれど、確実に少しずつだけれど彼女は周囲から信頼を集めていく。それを、彼女自身が求めているようにも喜んでいるようにもあまり見えないのだけれど。
彼女がその鬱々とした心を開いているのは、同じく魂まで毒に染まった毒師・鴆だけのようにも見える。あれを心を開いているというには、毒気が強すぎるのだけれど、鴆の方も悪意も好意もまとめてドロっと粘度のある毒々しいので、お似合いといえばそうなんだろうけれど。
鴆といえば、中華の地で語られる伝説の毒鳥。歴史上、幾人もの皇帝や士大夫の暗殺にその毒が用いられた、なんて話もある。
作品は全然違うんだけれど、ソードアート・オンラインのスピンオフ作品、ガンゲイル・オンラインである意味ヒロインなピトフーイさん。このピトフーイというのがニューギニア島に生息する羽に毒を持つ鳥で、伝説上の存在と言われていた鴆の由来なんじゃないか、という話もあるそうだ。
まあそれは別の話として、この物語に登場する鴆くんは……毒使いという事もあって性格まで毒々しい。そんな彼が、劇毒のような存在である慧玲に惹かれていくのはそれこそ毒に魅入られてしまったのか。彼も、どうも出自に秘密があるようなのだけれど。ってか、あからさまにその正体、匂わされているんですけどね。
どうも暴君になった慧玲の父である先帝は、魂を壊す毒というのを盛られたことで精神が変容してしまったらしいのだけれど、じゃあ毒を盛ったのは誰?という話になり、まあこれまたあからさまに現在の皇帝が怪しいんですよね。暴君を打倒して世の中が平和になったかというと、後宮の外では過酷な施政が続いているようですし。とはいえ、実のところ現皇帝って全然大物感がなく、どこか挙動不審の小物っぽさが垣間見えるんですよね。んで、あからさまに怪しい、或いは妖しいのが聖人君子のように扱われていて、慧玲の助命嘆願もしてくれた皇后陛下なんですよねえ……いやこの女性、妖しさが超然としすぎてるくらいで、大物の黒幕感半端ないんですけど。実際、権力欲とかが目的では全然なさそうですし、何を考えているのか、何を望んでいるのか、まったく見えてこない得体のしれない不気味さがあるんですよねえ。
まあ、心の奥底で何を望んでいるのか、何を目的としているのかをなかなか見せない慧玲も、主人公のくせにどこか不気味な気配をずっと漂わせているのですけれど。果たして、物語の着地点がどうなるのか。めでたしめでたしのハッピーエンドがあまり想像できない感触なんですけれど、妙にゾクゾクするんですよねえ、それが逆に。