【魔弾の王と凍漣の雪姫(ミーチェリア) 12】 川口 士/美弥月 いつか ダッシュエックス文庫

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大陸全土を襲ったすさまじい凶作は、神の降臨が近づいていることを知らせる予兆だった。
最後の魔物ズメイは夜と闇と死の女神ティル=ナ=ファを降臨させる儀式にとりかかり、
使徒メルセゲルは異神アーケンを降臨させるべく策を巡らす一方、流血と混乱の渦を生みだそうと暗躍していた。
いずれの神が現れようと、人間が滅び去るのはまぬがれない。
ティグルたちは彼らのたくらみを阻むべくヴォージュ山脈へ急ぐ。
だが、彼らがたどりついたとき、ヴォージュの山々は禍々しい瘴気を噴きだしていた。
星に矢を届かせようとする願いからはじまった若者の物語は、終局へと向かう。
ティグルとミラ、リュディは新たな未来を手にすることができるのか。

最終巻であります。
神々の復活の予兆で大陸全土が凄まじい凶作に見舞われ、人々は為す術もなく打ち震えるばかり……ではなく、為政者たちは理由原因を知っている者も知らない者もできる限りの手を尽くして民を生き延びさせる為に奔走する姿は、人の強さを垣間見せてくれるものでした。
特にレギン王女はティグルもロランも周りにいない、父王は始祖に乗っ取られ頼りになる宰相もこのルートでは殺されちゃって、側近のはずのリュディは突っ走ってどっかに行ってしまい、ほぼ孤軍奮闘だったんですよね。そんな中でもうこれ覚醒したんだろ、というぐらい七面六臂の働きを見せて実力で王位継承に文句言わせないくらい実績を積み上げ、国全体が餓死しそうな壮絶な飢餓の予兆にも歯を食いしばって一歩も引かずに立ち向かい、王として次々と難題を処理していくのほんと凄まじい存在感でありました。王の威風みたいなものさえ漂ってくるくらい。

……うん、こんな女王様に無防備にティグル晒したら獲られかねない、とミラとリュディが判断してもおかしくはないな、うん。
そもそもリュディがミラとタッグを組んでティグルのシェアを提案したのは、対レギン案件が元でしたからね。レギンの王という立場は容易にティグルからミラとの接触を奪える立ち位置でしたし。王として隣国の大領主と自国の貴族の嫡男の関係に横槍を入れるのは容易でしたし。
二人がかりでティグルとの関係を徹底的にレギンに対して隠匿した上で、最終決戦後はその生存すらも伏せてティグルのこと匿い続けたのは、これもう既成事実化を図っていたとしか見えないよなあ。二人して子供産むまでいけば、早々ちょっかいかけられなくなるし。
にしても、あれだけレギン王女がティグルのこと心配して、生存を信じて捜索させているのを黙って隠してるのって、さすがにリュディさん主君に対して裏切りがすぎるんじゃないでしょうかw いや、幼馴染を寝取られるのを防衛するためにもその手段を選ばなさがリュディ、クレバーなんてもんじゃない立ち回りだったんですけれど。ミラとの関係も含めて。あと、ティグルとの距離の詰め方に関しても。
本来、どう考えても相思相愛なティグルとミラとの間に割って入れる立ち位置じゃなかったのに、物の見事に割って入りましたもんねえ。
このシリーズがはじまっての新キャラクターだったリュディですけれど、他の戦姫を押しのけてミラとのダブルヒロインを確立するだけあって、凄まじい魅力の少女でした。場合によってはミラを食いかねないくらいの勢いでしたからね。彼女の存在だけである意味このシリーズは一定の成功を確立させたと言っても過言じゃないくらい。

物語の方は前作のほうが戦記物としての要素が強かったのに対して、今回はより魔物との対決。それ以上に神々の復活に立ち向かう伝説の力を継いだ戦士たち、といった様相でよりファンタジー色が強い内容になっていた気がします。
ファーロン王の身体を奪って復活した始祖王シャルルの存在といい、魔弾の王として強く覚醒してティル=ナ=ファの力をガンガン使えるようになっていくティグルといい、もう軍と軍がぶつかり合う戦記物に出せるような存在じゃなくなってきてましたからねえ。
まあ、それを言うとジスタートの戦姫は最初から竜具使って無双してしまえるので、反則もいいところの存在なのですけれど。彼女たちが強く自分たちに戦場での力の行使について戒めている、というのもあるのですけれど。
ただ、ティル=ナ=ファの復活、さらに異教の神アーケンの復活、と二柱の敵対する神々の降臨を阻止スべく最終決戦に挑むティグルたち、という構図はシリーズ全体の締めくくりとしては真っ当な展開ではあったんですけれど、シリーズ通じての最大の敵ってやっぱりガヌロンだったと思うんですよね。その強さというよりも思想、というべきか。及ぼした被害や敵役としての貫禄も含めて。
これを倒してしまって以降は、ティグルたちの戦いは滅びの運命を乗り越えるための状況との戦いであって、明確な個を持ちティグルたちと相争う敵との戦いではなかったような気がします。
ズメイは、ミラの祖母の身体を奪って歴代ずっとミラの一族と戦い続けた仇敵でミラにもズメイを倒す強い動機がありましたけれど、ラスボスというにはもひとつ強烈な意志や邪悪さを感じられませんでしたからね。むしろ、魔物の力を奪うことで魔物の側に近づいてしまったガヌロンと逆で、人の体を奪ったことでズメイは人に近づいてしまった感もありました。それが人間味に繋がっていれば魅力的な敵役になっていたのかもしれませんけれど、特に人と関わり誰かと深い関係を築く、ということは一切なかったですし、人に焦がれたり人になりたいと願うような事もなく、どちらかというと哲学的に人に勝てない魔物の本質的な弱さとは何なのか、と自問し続けていたような感じで……いや、これはこれで興味深いキャラクターにはなっていたと思うのですけれど、もう一つ中途半端だったかなあ、と思わないでもないです。
ティグルの方もアーケンの使徒との戦いはあんまり因縁もなく、どちらかというと魔弾の王としての絡みくらいで、世界を滅ぼそうとしてるんだから倒さないと、くらいの薄い関係でしかなかったのであんまり盛り上がりもなく。
むしろ、シャルルとのほうが因縁あったくらいですけれど、シャルルはシャルルでガヌロンが死んだらもう消化試合って感じでしたからね。彼は本来もっと自由人なんでしょうけれど、何しろ復活の時点でファーロン王の身体を乗っ取り、リュディの父親を切り捨て、と負の業を背負いまくってるんで、彼の気質的にも後は知らんから自由気ままに好きに生きるぜ、というふうには成りきれなかったんじゃないだろうか。流れのままに魔弾の王としての義務……いや義理を果たしに行ったのも、シャルルの中に重石が出来ていたからな気がします。
負うものがなければ、もっと自由騎士みたく伸び伸びやっていた気がしますし、何ならもっとティグルに絡んできて彼らの仲間に押しかけてくるくらいしそうな性格だったと思うんですよね。今度こそ王にならず、仲間達と楽しくやる人生を、みたいな感じで。

このシリーズではなかなか出番のなかった他の戦姫たちですけれど、その中でやはり特筆スべきはミリッツァの存在だったでしょう。前作の方ではエピローグで最後に新たな戦姫として登場しただけでどんな娘かわからなかった彼女が、このシリーズではミラ以外では突出して出番多い戦姫として活躍してくれましたし、かなりイイ性格しているというのもわかって良いキャラクターでしたから。
同じ年代のオルガとの仲がいいのか悪いのかわからない関係もなかなか新鮮でしたし。いっそ、ミリッッツァヒロインの話も読んでみたいなあ、と思わされるものがありました。

前作と運命が激変した、というとやはりロランとザイアンの二人が目立ちますけれど、特にザイアンは性格の根っこの小物っぽさが変わらないにも関わらず、勘所で踏ん張る根性と竜の世話役の少女に対してのあのツンデレっぷりのお陰で、確かにまあ人間的にも成長したんじゃない? と思わせてくれるあたりが絶妙でしたね。いや性格ひね曲がってるの変わってないんだけれど。でも他人に対してちょっと優しくなりましたし、客観的に見れるようになりましたし、お世辞にも善良な人間とは言えないままですけれど、それでも竜騎士として家柄じゃなく自分に自信を持てるようになったことで、一廉の人物には成れたんじゃないかなあ、と。シリーズでも特に愛すべきキャラクターになった気がします。
いやこれ、愛着わいちゃったので別のシリーズとかで惨死とかしたらショック受けるかも知らん。

リュディというオマケ、オマケと言ったらあれか。予想外の参入もありましたけれど、当初から目指しながらも難易度ルナティックだった、辺境の少貴族の息子が隣国の大領主を継いだ幼馴染の戦姫を娶る、という難行を見事に達成し、もうひとりの幼馴染も加えてダブル幼馴染ヒロインエンドへと到達したわけで、そういう意味ではきっちりと目標を達成したエンディングだったんじゃないでしょうか。
あの希代の弓師としての力が失われてしまったのはちともったいない気もしますけれど、今後は戰場での活躍ではなく地道な領主としての力が求められるところでありましょうし。まあ、アルサス自体交通の要衝になりそうな感じですし、地道な働きでは済まないかも知れませんけれど。
12巻に及ぶシリーズとしても無事決着。まだもう一つ完結編ともいうべきパラレルワールドのシリーズもはじまっているので、さてそちらはどうなってるんでしょうね。リュディも登場するんだろうか。だいぶ設定違ってるみたいだけれど。あと、リメイクされている前作シリーズ。こっちも色々と構成変わっているみたいなので、積んでるの読んでいきたいなあ。瀬尾さんの書いてるスピンオフも読まないとだし。