【TS衛生兵さんの戦場日記 2】  まさきたま/クレタ エンターブレイン

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命の選別(トリアージ)を。たとえ地獄行きになろうとも。

サバト帝国の奇策・シルフ攻勢によって敗走を余儀なくされたガーバック小隊。彼らは飢えと渇きに苦しみながらも命からがら城塞都市マシュデールへと辿り着く。だがサバト軍はすでにマシュデールの眼前にまで迫って来ていた。ガーバックたちは息をつく暇もなく、再び命を賭した防衛戦へと駆り出される。一方トウリは小隊を離れ、唯一の衛生兵として臨時医療本部の監督役に任命された。だがそれは、日々運ばれてくる数十人の負傷兵の中から「救える者」だけを選別(トリアージ)する、あまりにも過酷な仕事だった――。

シルフ攻勢と呼ばれる前線全面に渡る総兵力による一斉飽和突撃。いわゆる第一次世界大戦における浸透戦術と呼ばれるそれに類する、この世界においては全く新たな概念による奇襲効果を有した攻勢によって、長らく膠着していた戦線は崩壊。
オースティン王国西部軍は壊乱し、トウリの所属するガーバック突撃小隊は侵攻してくる敵の大群から逃げ回りながら、長駆撤退を成功させなんとか要衝マシュディールの街へと辿り着く。
故郷のノエルの街が、唯一の家族であった孤児院が略奪と虐殺によって焦土と化していくのを横目に見ながら。
しかし、西部の戦線からマシュディールにたどり着いた兵は僅か。不落の要衝と謳われつつも旧世代の防壁防塁しか持たないマシュディールと僅かな兵だけではサバトの大軍と砲火からは街は守りきれない。
すでに首都ウインまで敵の侵攻は間近に迫っている。戦争としてはほぼ詰み。あとは、オースティン王国政府が降伏を宣言するだけ。それも講和ではなく無条件降伏を。
政府がその決断を下すまでの時間を稼ぐためだけに、マシュディールは希望も未来もない、ただ首都を戦火で焼かないための、これ以上市民の被害を増やさないためだけの終わりを受け入れるためだけの最後の戦いを開始する。

もうこの時点で前線の塹壕戦で死と隣り合わせの日々というあの地獄を飲み込むような負け戦の籠城戦という地獄がはじまっているのですが、トウリはここで一旦ガーバック小隊から離れて、街の医療本部付きの衛生兵として連日休む間もなく山のように送り込まれてくる負傷兵を治療する役に回されるんですね。
と言っても、このマシュディールの街にたどり着けた衛生兵はトウリしかいなかった、という始末。ゲール衛生部長をはじめとする、野戦病院・衛生本部の面々がどうなったかは撤退の際に本部に敵兵が踏み込み、焼かれているのを撤退時にトウリが目撃しているのでもう語るべくもないのでしょう。
もう前線が崩壊した時点で後方もなにもあったもんじゃない状態になっちゃってたんですよね。トウリが逃げ切れたのは、ガーバック小隊の一員として隊と一緒にいち早く行動できたから。そしてガーバック隊長の厳しい死にそうになるくらい厳しい訓練で体力お化けとして過酷な撤退戦を絶えきるだけの気力体力を身につけることが出来ていたから。普通の後方で治療任務しかしていなかった衛生兵は脱出に成功していても後背地まで辿り着くことは不可能だったのでしょう。
ガーバック小隊でも配属されたばかりの新人たちは、体力尽きてサバトの銃撃砲火にさらされて惨たらしく戦死しちゃってましたし。
というわけで、トウリはこの籠城戦では前線には出ずに後方で治療に専念することになるのですけれど。もちろん新米衛生兵であるトウリには多少の治癒の魔法や即席の治療知識などは身についていても本格的な医療は手が出ません。というわけで、この戦火の中で民間人は首都に脱出サせている中で志願して居残ってくれた医療関係者たちが、実質臨時医療本部を纏めてくれる事になったんですね。
実際の戦争を知らず、しかし医療という技術を収め、何より身を危険にさらしても医療従事者としての本分を尽くそうとする本物の医者たち。確かに戦争の酷さ、リアルをまだ実感していなくて甘く見ているところはあったのですけれど、クマさん先生も若いケイル先生も尊敬できる人だったんだよなあ。
彼らはまだ若いというよりも幼いトウリを子供で守るべき存在としてしか見てくれなかったけれど、一方で兵隊だからとぞんざいに扱ったりせず、またちゃんと前線で戦ってきたトウリの話を聞いてくれて、実感は伴わなくても甘い見通しに対しての意見も受け入れてくれて、とトウリとしてはだいぶやりやすかったんじゃないだろうか。まだ小さい女の子から亡骸は増えていく一方だからいずれどこかに固めて山にして積んでおかなくてはならなくなる、なんて地獄めいた事言われて、それを飲み込めないながらも受けれてくれるって器大きくないと出来ないですよ。
そして、そういう提言をしてしまえるまでに近代の大量殺戮戦争というものを嫌というほど味わってしまっているトウリの経験値。
そしてここからは、前線で戦友たちと一緒に戦うのではなく、いつ大怪我を負って同じ部隊の仲間達が送り込まれてくるかに恐々としながら、二徹三徹と眠れない休めない過酷な治療作業が続き、明らかに副作用と後遺症が残る危険な魔力回復の秘薬を栄養剤よろしくがぶ飲みしてキメ続ける地獄の日々がはじまるのである。
そして、15歳の少女が次々と送り込まれてくる凄惨な傷を負った負傷兵たちを治療して助けるか、助からないと見捨てるかの選別・トリアージをすることになるんですね。密かに、いつか仲間たちが、ロドリーくんが負傷兵として送り込まれてきて、それを自分は助からないと見捨てて、遺体置き場にモノのように積み上げられる一体として放置しないといけないかもしれない、と覚悟と恐れに震えながら。
1巻のときとは違う地獄ですよ、これは。
一番印象的なのが、やはり重度の火傷を負って死にたくないとしがみついてくるもう容姿もわからないくらい焼かれてしまった負傷兵を、抱いて優しく宥めながらもう鎮静剤を飲ませてもう二度と目覚めない眠りへと送り出すシーンでしょう。これって、もう自分が殺しているも同然、という意識がありながら、あまりにも多くの同様の事例をこなすことで心動かなくなってて、それでもこの上ない慈愛を感じさせるシーンなんですよね。
そのあとの、彼にまつわる顛末も含めて、もう胸に突き刺さる突き刺さる。
あとの魔導士官のアリアさんの淡々と話しながらトウリを空いた時間の限り手伝ってくれるシーンがまた、ねえ。この時のアリア少尉の気持ちがどんなだったかを想像するだけで胸が張り裂けそうになるんですよ。
これ以降のアリアのトウリへの親身な優しさと、彼女の行動がこの気持ちに拍車をかけていくのですが。

そして、ついに防塁防壁が突破され、市街に雪崩込んでくるサバトの大軍。そして敵中に取り残されたトウリは負傷を抱え武器も持たぬまま、銃弾飛び交うどこから敵が飛び出してくるかわからない市街戦の最中を、まだ味方が保持している陣地まで辿り着くべく、逃げ回りながら突破する絶望的な脱出戦を行わなくてはならなくなるのです。
ここでようやく、トウリの転生者としての前世の経験。本物の戦場を、本物の地獄を一兵士として地べた這いずり回って生き残ってきた実地の経験と、世界的FPSゲーマーとしてのヴァーチャルで培った神と謳われた戦術眼と読みの冴え、生存のための感覚が、トウリの中で目を覚ますのである。
もっとも、この頃はまだ生存のために特化されたような能力の目覚め方だったんですけれど。
この市街戦がまた凄惨も凄惨で。既に一般市民の大半が後方に脱出していたのがまだ幸いでしたけれど、一区画一棟の建物、一戸の住宅を奪い合うような戦いというのは必然、一時も油断できないいつどこから敵が現れるかもわからない地獄のような戦いになるのです。同時に閉鎖された空間というのは、中で何が行われているかわからず、兵器の進化と比べて近現代の倫理が育ち切っていない時代の兵士は……これ令和の時代になっても個人単位じゃなくて国家レベルで全く100年前と変わらないレベルの人倫にもとる国が幾らでもあるという事実を近年目の当たりにさせられて大いにショック受けさせられることになったのですけれど。
まあこの世界のこの時代では、そもそも世界的な常識として略奪も戦闘員非戦闘員の区別もない殺戮も当たり前に行われ、それを社会的な非常識として捉える土台がまだないんですよね。
トウリもまた御多分に漏れず、武器も持たない非戦闘員の幼い少女という立場から人権を蹂躙されるような目に合うことになります。未遂にしても。ってか、だいたいこれ味方であるはずのオースティン軍の兵士であったゴムージのせいなんですけど。
こいつ、のちのちかなり重要な人物となるのですけれど最初の登場シーン、覚えていたよりもずっとクソ野郎すぎてこれトウリに撃ち殺されても仕方ないことしてますよね?
よくまあ見捨てなかったよなあ。あくまでトウリは自分が生き残る駒として必要だった、と述べていますけれど。ここで彼を見捨てなかったことが後々まで影響することになるんですね。
というか、もし見捨てていたら未来でセドルくんがトウリの日記を拾うこと自体が起こらなかったんだよなあ。

1巻の塹壕戦という先の見えない戦場の最前線という地獄を味わい、この2巻では味方を仲間を戦友を生かすか殺すかの選別を機械的に進め、自分の意志で見捨て殺していく地獄を味わい。
そして市街戦という命だけじゃない尊厳すらも奪われかねないような地獄を潜り抜け。
しかしその先に待っているのはただ無条件降伏という国の終焉。希望もなく未来も望めずそれでも命だけは残させるかも知れない、という諦め含みの僅かな展望。
すでにトウリにとって家族ともいうべき孤児院のみんなは殺され、故郷だったノエルの街は焼滅され、彼女にとって残されていたのは一緒に戦ったガーバック小隊の戦友たちだけ。
ガーバック隊長もまたあんなことになり、でもまだトウリにはロドリーくんやアラン先輩など一緒に戦った仲間が残ってたんですよね。

ところが、事態はここからさらに急展開を迎えるわけです。
正直、あのサバド王国の愚行こそがかろうじて保たれていたこの世界の正気の糸を断ち切ってしまったと思っています。ここを境にして、戦争は人同士が殺し合うものから理性を持たない倫理を持たない獣同士の際限のない殺戮へと、サバトとオースティンの二カ国だけじゃない、世界中を巻き込む地獄へと突き進ませていくのです。
そしてそれを演出することになるのが、オースティン救国の英雄と呼ばれることになるとある参謀。
彼が世に出た瞬間が、本当の地獄のはじまりだった、とトウリ自身が述懐してるほどですからね。彼女にとって、これまではまだ本当の地獄じゃなかった、と言ってるようなもので……。
実際問題、まだまだここからなんだよなあ。

しかしウェブ版既読ですけれど、改めて読んでみるとトウリのロドリー君への態度が思ってたよりもずっとだだ甘だった事に気付かされます。かなり加筆改稿された部分もあるんでしょうけれど、ブックウォーカーの購入特典の書き下ろしを見ても周りからもトウリはロドリーに甘いと普通に思われていたみたいですし。

さて、現代の方のこのトウリの日記を拾ったセドルの、トウリの痕跡を辿る旅はこれ急に思わぬ方向に舵を切り始めてるんですよね。ってか、トウリの孤児院、生き残りが居たのか。ちゃんとトウリの事も覚えていてくれて、孤児院時代のトウリの話が聞けたのは新鮮でもありました。
しかも、トウリ・ノエルには正式に死亡通告が発行されている、という事実にセドルは辿り着くんですけれど……これ、そういう事なの!? 
ラストの展開も含めて、これ逆にトウリ現代まで生存の可能性高くなってきた?