【悪役令嬢たちは揺るがない】  八月 八/春野 薫久 エンターブレイン

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折れない心=メンタルつよつよヒロインたちの反撃!

王立学園に聖女見習いの田舎男爵の庶子アイニ・ミッコラがやってきて半年。今学園は混乱の極みにあった。貴族子息である男子生徒たちはアイニの無邪気で天然な可愛らしさに翻弄され、女子生徒たちはアイニの貴族マナーを無視した振る舞いに困惑し憤りを覚えていたからである。そんな中、巷で流行の物語になぞらえて「悪役令嬢」と呼ばれることになった三人の令嬢たちがいた。王太子の婚約者で清廉な侯爵令嬢セラフィーナ。商売で裕福な子爵家の気高き令嬢サンドラ。現宰相の侯爵家の聡明な令嬢ベルナルデッタ。いつしか学園内に不穏な空気が漂い始めた時、彼女たちがついに立ち上がる! アイニの間違いを正し、自らの心のままに進むために。
これは三人の「悪役令嬢」たちと聖女見習いが繰り広げる、女たちの生き様をかけた戦いの記録である――。




なるほど、タイトルは悪役令嬢たちは揺るがないになってるけど、メインの王太子の婚約者であるセラフィーナ以外の二人、サンドラとベルナルデッタの方は揺るぎまくってた気がするが。
まあベルナルデッタの方は聖女見習いのアイニは関係なく最初からグラグラ揺らいで芯が定まっていなかった娘なのですけれど。

巷では平民の娘が成り上がって悪役令嬢を断罪して王子様と結ばれ幸せになる、という物語が大流行しているらしく、それが学園に通う貴族の子女たちの間でも話題となって盛り上がっていました。
そんな時に聖女の力に目覚めた少女が、特別枠で学園に入ることになり、物語の主人公と重ねられることで人気を集めることになるわけで。
……いや、こういう物語が巷間でこれだけ流行るというのは、身分制度などの社会体制に何らかの不満や鬱憤が溜まっているんじゃないか、とうがった見方をしてしまうところ。まあ、シンデレラみたいなもんで、こういう下の身分の娘が王子様に見初められて、みたいな話は一般的に人気なのかもしれませんけれど。
しかしそれが一般市民の間だけではなく、貴族が通う学園の中でも無視できないほど人気を集めている、というのは何かしらあるんじゃないだろうか。
まあ作中では地に足のついていないぼんやりとした憧れに基づくムーブメントみたいな感じで扱われていましたけれど。革命ってのは大体にして下層の人間ではなく上層の、インテリ層知識層、場合によっては貴族層の人間がハマるもんだったりしますからねえ。
このお話で微妙に引っかかったのは、王太子エーリクと侯爵令嬢セラフィーナのあの揺るぎのなさってのは、多分に現行の社会制度身分制度の揺るぎなさに基づくもので、王族はかくあるべし貴族はかくあるべし、国を担う立場の人間としてこうあるべき、という価値観に根ざし、それを根拠としたものに見えたんですよね。
今の世の中ではこれが正しいあり方だから、それに従うのが正しい。それを成立させている規範から外れるのは間違っている、と。
ぶっちゃけ、聖女アイニは今の固定観念を打ち壊す革命の聖女などではありませんでした。
実家で同じ家族から虐げられていた苦難の人生もあり、人間みな身分関係なく平等という学園の理念に感激してそれに則った振る舞いをしていただけで、人間は皆平等でなくてはならないなどという身分制度の打破とか平等主義の強い信念、みたいなものがあったわけではありません。
まあこの娘人の話を聞かず落ち着きがなく思い込みが激しいという所があり、アイニが預けられた先のメリカント家がちゃんと中央貴族の世界のマナーとか学園の建前以外の暗黙のルールとか教育しきれていなかったのが悪いんでしょう。押しが弱くてちゃんと教える内容の意図を伝えられないベルナルデッタに、姉の邪魔をしてアイニの思い込みをおだてて助長させる弟のサウリ。そして全く話の意図を汲まずに思い込みで判断解釈言ってない事まで勝手に付け足して覚えるアイニ。とまあ、先生も生徒もこれじゃあね、という感じで。
これだけフワフワと自分の確固たる理念を持たずに気分と気持ちと感情だけで平等という建前に乗っかって礼儀知らずの振る舞いをしているようでは、そりゃ王太子もその婚約者も旧来からある安定した観念の上にどっかと座っているのですから、何も揺るぎませんし何の痛痒も感じませんよ。
アイニも思い込みは強くても、自我が肥大化していたり自分の信念を拠り所にしていたりするわけじゃなく、フワフワと平等に酔っているだけだったので、はっきりと君のそれは決められたルールを逸脱していて、礼儀知らずの恥知らずな真似をしてるんだよ、ちゃんと改めなさい、と変な思い込みをする余地なく実地でわからせられたら理解し、受け入れてしまうわけです。そういうもんなんだ、と。
実家にいたときみたいに、理不尽にひどい目に合わされているわけじゃなかったですしね。
つまるところ、別にアイニは社会のあり方を変えたいだのという大きな思想を持っているわけじゃなく、それがちゃんとした今の規範だと言われて納得したら受け入れる娘であって、今の体制をぶち壊す革命の担い手みたいなのに担ぎ上げられる神輿にはちょっとなり得ない人物だったわけだ。
一方で、いざ教会に入ったところ、そこでも神の名のもとに平等であるはずの教会組織が極端な身分制度で差別され単なる欲望に基づいた格差で分け隔てられている組織だったんですうけれど、こっちに関してはちゃんと神の教えとして平等であるとされているのに、肝心の教会そのものがこれって全然納得できないんですけど、とこっちではアイニちゃん収まらず、ここで彼女は教会改革の理念を持っちゃったわけです。
こっちではアイニ、ガンガンばりばりやることになります。

でもセラフィーナたちの方の揺るぎなさも、自分としてはあんまり納得できないんですよね。
もしアイニが、ぼんやりとした平等という建前に酔っていただけの娘じゃなく、世の中の不満を背景にはっきりとした革命思想を持って旧来の身分制度を打破しようとしていた存在なら。
まあそんな娘と学校の中で張り合うことになるとは思いませんけれど。
ただの無知による礼儀知らずではなく、貴族制度、王国の法への反逆者であった場合。アイニ個人ではなく、社会からの圧力、時代の機運、国民や下級貴族からの切望として、アイニの平等主義に後押しがあった場合、セラフィーナや王太子たちがアイニのあれこれを間違いだ、身分をわきまえなさい、といった叱責って、通用するのかな、と。
彼らが乗っかってる土台が盤石だからこその揺るぎなさで、それは彼ら彼女ら個人の揺るぎなさとは少し違うんじゃないかな、と。メンタルつよつよなんかな、ほんとに、とちと思っちゃったんですよね。なんか生まれ持っての身分差がある事が正しいという社会の側の論理に、もやっと感じてしまったのでした。彼女たちの有能さ、努力は間違いなく確かなものだとは思うんですけど。サンドラなんか、その能力で決して高くない身分でも重用されるようになってたり、とか。ごちゃごちゃ貴族王族としての建前並べ立ててましたけれど、普通に王太子とセラフィーナお互い好きですよね、とか。
義務と責任を負うのは立派ですけれど、少なくとも二人の仲についてはお互い好き同士なんだから外野が囀って口挟んでくるんじゃねえ、でも良かったんじゃないかしら。でもそれ言っちゃうと、アイニを叱ってる内容にブレが生じてしまうか。
またそういう意味では、ベルナルデッタは身分関係なく自分個人の力で自信を確立して揺るぎなさを手に入れていた娘でありました。女性の社会進出のお手本みたいになってましたし。