【不可逆怪異をあなたと 2 床辻奇譚】 古宮 九時/二色こぺ 電撃文庫

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異界から呼び寄せる声――。致命の怪異が床辻を襲う。

別の世界である『異郷』からやってきた少女・一妃。床辻の土地神としての権能を引継ぎ、東の地柱となった少年・蒼汰。そして『血汐事件』の影響により、首だけになって生きる蒼汰の妹・花乃。奇妙な関係でありながらも、三人は家族として新しい生活を歩み出していた。
そんなある日、床辻の怪異を管轄する『監徒』の手引きで、蒼汰の転校が決定。そこには北の地柱・墨染雨が待っていた。土地神の先輩である彼女から忠言を受けながらも、床辻の守り手として蒼汰は着実に成長していく。
だが、異郷からの浸食現象【白線】が日に日に勢いを増す中、『血汐事件』で消えたはずの少女が現れ――。


この2巻で話纏めただけあってか、凄く濃密なお話でした。でも、主人公の蒼汰が1巻と比べて一妃の正体やその異質さを理解した上で全面的に受け入れて、半分人間半分地柱という存在になった上でやるべき事を完全に思い定めているので、最初から最後まで一切ブレることがなかったんで、どれほど密度の濃い危機だろうと問題だろうとためらうこと無く一直線に切り開いていった感があって、いっそ痛快感すらありました。
もう全然迷い無しだもんなあ。1巻のときからスタンスがフラットもフラットで均衡が保たれていて、ブレることのなかった人ですけれど、この床辻の真実や地柱の存在の意味、異郷という世界の侵略、一妃の正体とそのあり方、と謎めいて不明だった部分があらかた1巻で詳らかになったことで、真実や意味がわからないから迷う躊躇う、という所が1巻と比べても蒼汰さん、ほぼほぼなくなっちゃいましたからね。いっそ怖いもの知らずか、というくらい切り込む切り込む。
サポート役の監徒の加月くんが、どんどんと突っ走る蒼汰さんに振り回されて、年齢的には年下の後輩で監徒ではエリートの家系の将来の幹部クラスのはずなのに中間管理職的に苦労しているの可哀想、という目でばかり見てしまいましたよ。
とはいえ、この加月くんも相当にこれ開き直っちゃってますよね。蒼汰さんがこういう人だというのはもう嫌というほどわからされているからか、苦言を呈しながらももうそういうものだと受け入れてちゃっちゃと調整してくれているあたり、ありがたいやら優秀やらで。
全国規模の神隠し現象、人口100万人を超える規模の都市までまるごと消失しているような現状もあって、国の方からも異郷からの侵食に対抗している床辻の地柱に関わらせろ、と迫ってくる国と蒼汰との仲介もしなきゃ、なんて案件も出てきちゃってるので、まあ国側との交渉は監徒の組織としてやってるので、蒼汰に対するメッセンジャーなんですけれども、いずれにしてもまだ高校の下級生がする仕事じゃないよなあ。でもこなしちゃう加月くん優秀過ぎる。なんだかんだと蒼汰も絶大な信頼寄せてますよね、彼に。寄せすぎて丸投げしすぎてるきらいもある気がしますが。
何にせよ元からどこか人間離れした精神性を持っていた蒼汰さんが、地柱という力を継承して半分人間やめてしまったせいか、というよりも進むべき方向を見定めてしまったせいか、より人間離れに拍車がかかったような感じすらありました。これに関しては首だけになってる妹の花乃もおんなじで、この青己兄妹ってメンタルどっかぶっ飛んでるんですよね。
そういう意味では、二人共人間でありながらその心のあり方ってどこか神様寄りですらあったんじゃなかろうか、元々。蒼汰に限ってはむしろ半分人間でなくなったことでしっくり来てしまった感すらある。
この兄妹と比べると、完全に人間やめている北の地柱の墨染雨さんなんか、もろに人間の心引きずってるんですよね。それを言うと、暴走させられて祟り柱となって蒼汰に地柱継承することになった吉野さんもかなり人間引きずってしまってたんですけれど。
雨さんと、花乃が首だけになる契機となった通っていた学校がまるごと白線の向こうに飲まれて、そこにいた人間が全滅した「血汐事件」の犠牲者となった読谷紀子との関係なんて、時間の流れの異なる人と人でなくなったモノの関係そのものだったんですよね。それでもそのままなら、お互いの幸せを願って生涯穏やかで想いあった関係で終われるはずだったのだろうに、この事件のせいで悲劇となり決定的に歪んでしまった。
未練と後悔、自責と呪い、それらがじわじわと蓄積していつか取り返しの付かない事になっていたんんじゃないだろうか、とふと思う。それを、雨を思い遣る紀子の切なる願いが、自分よりも大切に思える者に殉じた高潔さが、いやそんな大仰なものじゃなく、ただただ友達への優しさだったというべきかもしれない。一妃の言葉を借りるならば、それこそが愛なのだろう。紀子の愛が、壊れようとしていた雨の人としての心を繋ぎ止め、呪いや怨みを和らげてくれた。見送る悲しみから泥を払ってくれた。
これこそ、人の心の繋がりの結晶みたいなものだったと思う。

一妃は人の心がわからないと、自他ともに認めているし、実際に細かな死生観とか、価値観は理解できないみたいだし、人という生き物に属していない全くの別の生物であるからか、親しい人間以外はまったく路傍の石ほどの意味も見いだせない、認識もちゃんと出来ているか怪しい感じのところなんか、確かに人間じゃない生き物なんですけれど、でも愛は知っているし理解できるし、何なら普通に持っている。それも独り善がりの一方的な愛じゃなくて、愛を与え愛を受け取ることが出来るし、他人の間に交わるそれも理解できている。
それは十分、人の心がわかる、の範疇じゃないのかな。
自由を求めて、自己と他人との境界が存在しない自分の故郷である異郷を厭うてこちらの世界に飛び出してきたのも、残してきた姉に対して言葉に尽くしがたい感情を抱いていたのも、何より最後にあれだけ嫌がっていた異郷の統括者としての役割を受け入れて、花乃と蒼汰の安寧のために、兄妹への目いっぱいの愛のために、自分を殺して別れを告げようとしたのも、十分人の心なんじゃないのかなあ、と思ったんですよね。
愛と人の心は別のものなんだろうか、それとも不可分のものなんだろうか。

そんな本来化け物で、人でない生き物である一妃よりも、こっちの兄と妹のほうが人の心の持ちようとしてぶっ飛んでるのを、最後のシーンで突きつけられたと思うんですよね。
他人が何を考えているか、自分のことをどう思っているのかわからない事に精神の均衡を壊すほどの恐怖を常に抱いていた妹の花乃。むしろ首だけになって、関わるのが兄だけになり、また表裏無く愛情を注いでくれる一妃が側に寄り添ってくれるようになって、ようやく心の安寧を手に入れていた彼女は、世界に対して恐怖しか抱いていなかったと言って良い。もう、人の中で生きられるモノじゃなくなってたんですよね。心が半ば壊れていたと言っていいのかもしれない。
だから、彼女の決断は自分を受け入れてくれる世界を求めてのことであり、一妃の幸せを思ってのことであり、兄が暮らし兄が守り続けるこの街と人を守るためのことで、三方良しの愛ゆえの決断とも言えたわけです。でもそれは、紀子の覚悟と比べるとやっぱり人として逸脱した形と思えるし、どっか心が壊れてたんじゃないかと思っちゃうんですよね。
そして、フラットであるが故に花乃の決断を全部まるごと受け入れてしまう、それが花乃にとって本当に幸せだと理解したが故に、迷いなく止めることもせず祝福して送り出した、この兄である。
シスコンなんだけど、妹をこの上なく愛していたのだけれど、この兄は妹を決して自分の所有物みたいに、独り善がりの愛情ではない、首だけだった妹を本当に一個人として尊重して、愛していたんだなあ、と思えるんだけれども、やっぱりそのあり方は人としてちょっと極まってると言うか逸脱してると思えるわけだ。フラットでありすぎる。
当人たちが納得しているから、恐ろしく噛み合っていた兄妹なんだろうけれど。一妃からしたら、二人の兄弟愛は理解できるが、その心はわかんないよっ!ってなってもおかしくないと思うし、それは厳密には一般的な人の心ではなかろう、とは言いたい。いや、別にそういう話は作中ではしていないんだけれど。まあ、泣いて止めて怒ってた一妃の方が、気持ちよくわかるのだけは間違いない。
ただまあ、この兄妹らしいなあ、と不思議と納得しかない結末でもあったんですよね。これで良かったんだろうなあ、と思える終わりの形。

しかしこれ、改めて考えると、もう異郷からの侵蝕は千年くらいは確実になくなり、白線も生まれなくなるだろうから、床辻の街の地柱たちってほぼほぼその存在の意味なくなったんじゃないだろうか。
少なくとも、人間から生贄みたいに地柱にする必要ななくなったんじゃないだろうか。怪異の問題はあるにしても。西の地柱はついに作中に直接登場はしなかったのでどういう人架わからないけれど、雨さんはともかくとして、夏宮さんはまだまだメンタル大丈夫だろうし、蒼汰はこいつ普通に何千年でも平気そうだし、一妃も一緒にずっとやってけそうだし。
本当に、ずっとふたりでこの街を見守っていきそうだなあ。