【おもいで影法師 〜九十九字ふしぎ屋 商い中〜】  霜島けい 光文社時代小説文庫

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かつての上役・菅野の屋敷で、岡っ引きの源次は誰もいない場所に黒々と伸びる影を見る。まるで針仕事をしているような女の影。菅野はそこに、半年前に亡くなった妻の久がいるというのだが――。(表題作) あやかしたちが引き起こす不思議とそこに浮かび上がる人々の想い。幽霊が見えるるいと「ぬりかべ」の父親らの活躍を描く、ほっこり切ない人気シリーズ第三弾


【虫干しの日】
鏡の向こうにあったもう一つの世界のお話。
まさに鏡写しの世界だったわけですけれど、西洋じゃなくて本邦でこういう鏡の向こう側に違う世界があった、という話は珍しいんじゃないだろうか。
面白いのは、鏡の向こうの世界はまったく別の異世界なんかじゃなくて、こちら側とそっくりそのまま。同じ人間たちが鏡の中と知らずに普通に暮らしている。まあこの感じだと、鏡のあっちとこっちどちらが鏡の中と外なのかは定かではないのだけれど。
同じ人が鏡を覗くタイミングまで一緒で、元の持ち主はずっとこれを普通の鏡と信じて疑わなかったくらいだから、これってほぼ差異のないパラレルワールドだったんじゃないだろうか。
元の持ち主の女性が、たびたび入れ替わっていた事に当人たちが長らく気づいていなかったわけですしね。気づいたのは、自分の幼い息子がなぜか懐かない期間があったからってんだから、いやこれほぼ完全に同一人物にも関わらず、こいつは自分の母親じゃないと感じて拒絶していた赤ちゃん、ちょっと判定厳しすぎないだろうか。
どっちが表でどっちが裏、というわけじゃないどちらもが本物の世界。この鏡は実は鏡じゃなくて窓だったのだ。
これ、鏡が殆ど一緒だけれど別の世界に通じているとわかったあと、違う世界の自分と話すシーンがまたなんかいいんですよね。鏡を使っている以上不用意に入れ替わってしまう可能性があるから手放した方がいい、とお互いに考えたものの、でも幼い頃からずっと鏡と思ってだけれど顔を合わせていた相手、長年連れ添ったとも言えるもう一人の自分ともう二度と合わない、顔を見ることがないというのは少し寂しいという想いの吐露。
このあと、ぬりかべの親父さんが向こうの世界に迷い込んじゃった際に、るいも向こうの自分と顔を合わせて意気投合してしまうのだけれど、ほんの僅かな時間顔を合わせただけの彼女たちですら、別れの際には名残惜しさ、寂しさを感じていたのですから、元の持ち主の女性のそれは尚更一入だったんだろうなあ、と。

【おもいで影法師】
表題作でもありましたが、これが一番じぃーんと沁み入りました。
写真やビデオのない江戸時代は、すでに過ぎ去った過去を思い起こすのは記憶ばかり。それはいつしかぼやけて時間の流れに紛れていってしまうのでしょう。
でも、このお屋敷に現れた亡くなった奥方の影法師は、そんな懐かしい思い出をもう一度呼び起こしてくれるような、そんな優しい一幕だったんですよね。正体がわからないと不安を呼び起こしてしまいましたけれど、家族以上にずっとその人の産まれてから亡くなるまでをずっと見守ってくれていた存在が、寂しさを紛らわすように思い巡らす思い出の影法師。同じように人生を寄り添ってきたご隠居さんの切なくも優しい想いが、ほんと沁み入るものがありました。
これからもずっと、この一族のことを見守って、覚えていてくれる存在がいるというのも、なんかいいんだよねえ。
最後にちゃっかり、本物の幽霊さんも覗きにきていたあたり、奥方さんの愛情も伝わってくるお話でした。


【もののけ三昧】
このお話は、二話とはまた別というか逆というかなんというか。これまでずっと住人たちを見守ってくれていた存在が、そのお役目を果たし終え、それでも最期に自分の見守る元から旅立っていった子供たちに、自分の力不足で亡くなってしまった子供たちの親の代わりに、ちゃんとお別れの機会を捧げていくお話でした。これ、偽物ではあるんだけれど愛情そのものは本物で、だからこそ余計に今はもう大人になった子供たちにとって眼の前に現れた死んだはずの親が本物かどうかって関係ないんでしょうね。
あんまりにも違和感なかったんで、これ本物のお母さんなんじゃないの?とかなりギリギリまで半信半疑だったんだけれど、うう、グッときたなあ。これぞ人情噺だよなあ。
ちなみに、この話でようやくるいがいつも店に出入りしているナツさんの正体に気づく話でもありました。気づくっていうか、もう露骨に正体教えにかかってましたけれどね。そうでもしないと、この鈍いお嬢さんは絶対に気づかないぞ、という店主のご意見には大いに賛同したい。今までもあからさまなくらいに姿を見せていたのにさっぱり結びつけて考えてなかったし、あれは絶対気づかんかったろうなあw