【愛さないといわれましても 〜元魔王の伯爵令嬢は生真面目軍人に餌付けをされて幸せになる〜】  豆田 麦/花染なぎさ Mノベルスf

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――君を愛することはないだろう。
政略結婚の初夜。夫から突然『愛さない宣言』をされてしまい、焦るアビゲイル。それって……ごはんはいただけないということですか!?
家族にずっと虐げられてきた前世魔王の伯爵令嬢が、夫の生真面目軍人に餌付けをされて幸せになる、新感覚餌付けラブストーリー!第一巻!



これホンマの餌付けだな!
餌付けされる側のヒロインのアビゲイルが、少女という以前に人間としての情緒が育てられていなかったので、ほんとに美味しいご飯を食べさせたら懐いた、みたいな感じで餌付けする形になってるんですよね。

というわけで、先日行われた【次にくるライトノベル大賞2023】で単行本部門3位に入っていた作品です。受賞作発表動画見ててなかなか面白そうだったんで読んでみたら、その通り面白かった!

前々から結婚初夜とか結婚式とか婚約を結んだ時とかに、相手のイケメン男性から「君を愛することはないだろう」とか言われてしまう女性が主人公、みたいな作品が現れてはいましたけれど、最近特に増えてきた感もありますね。
このパターン、愛することはないだろう、とか言ってるくせに早々に前言撤回されてめっちゃ愛されてしまう、という展開が王道なわけですけれど……むしろ、本来の王道パターンがある程度馴染みすぎて、多彩なバリエーションが頻出しだす時期なのかもしれませんね。
そんな中でも、本作はかなり特異な方かもしれない。この主人公……主人公なのかな? ともかく、ヒロインとなるアビゲイルは女性としては情緒がとても未成熟で、いや女性男性関係なく人間としてまだ全然情緒が育っていない、人格的に幼いと言っていいくらいの娘なんですよ。そんなんだから、もう貴族の令嬢云々以前の問題。
なので、彼女の愛され方って女性に対する異性愛や敬愛、尊崇といった類のものではなくて、もう思いっきり愛玩小動物とか幼い可愛い盛りの幼児に対するものにだいぶ近いと思うんですよね。
もう何喋っても何してても、ひたすら可愛いっ、可愛いっ、という感想しか出てこない年代のあの小さい子たちですよ。
旦那となるジェラルドの使用人たち、特に家政婦長でありジェラルドの乳母でもあったタバサなんか、娘か……むしろ孫か? 家の奥様に対するものというより孫が出来たみたいに甲斐甲斐しくお世話して、アビゲイルの方も何かあったらタバサの姿を探して甘えたり、困ったことがあったら助けを求めて視線を彷徨わせて名前を呼んだりと、懐く以上に信頼の寄せ方がもう凄いのですよ。
ジェラルドの方もそれ、お嫁さんに対する接し方じゃなくて愛娘にすることじゃない? ってくらい、抱っこして手ずからご飯食べさせて、というのをいつの間にか無意識にでもやってしまうくらい、それも実家に帰った時に家族の前で思わずナチュラルにやっちゃうくらいの甘やかしっぷりで。
わかるよ? だって可愛いもんね。自分の手からご飯食べる様子とか、時代が時代なら全部動画に撮ってるだろうなコイツ、と思うくらい可愛いもんね。

そもそもこのアビゲイル。前世の記憶持ちなんですけれど、その前世が魔王と呼ばれた存在なわけですが……この魔王って魔物とか魔族の王という統治者や支配者の類を指す魔王ではなく、単に他に類を見ない唯一無二の異形の怪物が、その圧倒的な力と恐怖をもたらす姿から魔王と呼ばれていただけの、純然たる怪物だったわけです。知性も漠然としたものしかなかったんじゃないかな。
それは同じ種族の仲間も家族も持たず、他の動物や魔物を捕食して力を蓄えていき、比類なき力を持つようになった存在にすぎず、かといって無闇に暴虐を振りまくような凶暴なモンスターというわけじゃなく、ただそこにあるだけ。力を振るうのは餌を取る時だけ、みたいな存在だったんですよね。
それは孤独を孤独だと知らない、無知で無垢な存在であり続けたわけだ。彼女が暮らす森の縁に住んでいた人間たちに対しても、別に攻撃したりするわけではなく、向こうが勝手に脅威に感じて魔王として怖れて、そしてその純真無垢さを自分たちの身の安全を確保するために利用していた側だったんですね。
彼女は魔王であった時も、何も知らず何も憎まず何も怒らず、ただ自分の中にある孤独を寂しさと認識しないまま、たまに食べることの出来た人間の食べ物の美味しさに幸せを感じていただけの生き物だったのです。誰からも愛されず、愛を知らなかった生き物だった。
それは人間に生まれ変わってからも不幸にして変わることがなく、彼女は家族から一切愛されることなく、魔王だったときと同じようにその力を利用されるだけ都合よく利用され、ろくに人間扱いもされず食事すらまともに与えられずに生きてきた、ほんとうの意味での箱入り娘。何も教えられず何も与えられず、女性としてどころか普通の人間としての情緒も殆ど育たないまま、無知であり、故に無垢であり続けたモンスター。
そんな彼女が、道具として嫁に出されて、嫁いだ先でちゃんとした美味しいごはんを食べさせてくれる優しい人間たちと出会い、愛されることで愛を知り、自分に幸せを教えてくれた人たちに当たり前のように幸せを返そうとする物語、それが本作だったんですね。
アビゲイルの情緒育っていない訥々とした無表情無感情に近い反応が、この際逆にすごい威力なんですよ。反応薄いように見えて、純真故に喜びやら幸せやらを感じてる様子がもうストレートなの。無表情ゆえに余計に引き立って見えるのだ。
そりゃもう、みんな構い倒すって。
子は鎹、なんて言いますけれど、何の思惑も持っていない純粋無垢さが、大貴族らしい建前によって阻害されていたジェラルドと、その家族との間の心の隔たりみたいなものを、アビゲイルの一挙手一投足の可愛さに討たれるもの同士、徐々に融けて払拭されていって、自然な家族らしい遠慮のない距離感が生まれていくんですね。元々あった愛情に、敷居がなくなっていく感じで。
これはもうなんか、ただただ良き、てなもんでした。アビゲイル可愛いアビゲイル可愛い、という共通の共感がもたらしてくれる幸せ空間である。

ただしかし、アビゲイルって愛玩動物でもみんなのお孫ちゃんでもなく、ジェラルドのお嫁さんなんですよね。いやおい大丈夫なのか? 中身完全に幼子だぞ、この娘。愛娘じゃなくて、愛妻になるんだぞ? 犯罪じゃないのか?w
今のところ、ジェラルド以外の身内同然の使用人たちや、実際の家族はみんな庇護欲全開って感じなんですけれど、一応ジェラルドはちょいちょい女性として意識する時もあって……犯罪じゃないよ?
アビーの方も急速に情緒が育っていて、精神的にもちょっとずつ女の子としてのそれを蓄えはじめている兆候が見られるんですよね。愛されることでようやく愛というものを知りはじめた彼女は、ただ一方的に愛されるだけじゃなくて、自分を慈しんでくれるジェラルドに対して自分からの愛情を返したいと思うようになりはじめている。その愛が女性から男性に向けるそれなのかはだいぶ怪しいところなのですけれど、でも萌芽は見え始めているわけで。いや、キスされて幸せ感にポーとなれるのならもう十分女の子しはじめてると言えるのかもしれませんね。ここからキュンキュンさせてくれるような展開になっていくんですかねえ。とりあえず、どこかで犯罪臭は払拭していかねばw