【魔法使いの引っ越し屋 勇者の隠居・龍の旅立ち・魔法図書館の移転、どんな依頼でもお任せください】  坂石 遊作/いちかわ はる カドカワBOOKS

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王国一の魔法使いが紡ぐ出会いと別れ、とある日常の1ページ。

王都の片隅で小さな引っ越し屋を営む少女ソフィは、王国一の天才と謳われる魔法使い。どんな荷物も難なく運ぶ彼女のもとには、今日も特別な客からの依頼が舞い込んでくる。

ある日やってきたのは、こっそり隠居したいという「老いた勇者」。お屋敷いっぱいの家具や宝物はミミックに収納して運び、呪われた魔剣もきっちり封印。更には、引き留める人たちとのこじれた縁も綺麗にほどいてみせて――?

剣と魔法の世界で紡がれる、出会いと別れのファンタジー。


引っ越し屋さん、実際の現実の引っ越し屋さんたちもそりゃもう凄まじいまでに積み上げたノウハウとスキルによってさすがプロというべきお仕事をしてくれる存在なんですけれど、魔法の引っ越し屋さんはそれはそれで聞いてるだけで滅茶苦茶便利そうなんだが。依頼者がやらないといけない準備やら選別やら梱包までパパッと魔法でやってもらえそうだし。

とまあ、それでも物を右から左に動かすだけなら、そこまで大層な魔法は必要ない……こともないかな? 物を現在地から目的地に移動させるって、それだけで大変なことなんだよ。それが、暮らしに必要なものなら尚更に。ホームと呼ぶべき場所を新しい土地に移転させるのだから、尚更に。

そうなんですよね。引っ越しって、移動するだけじゃなくて拠点を移すわけですよ。今まで住んでいた家を引き払って、新しい家に住む。言葉にすると簡単だけれど、人によっては全然簡単じゃないんだ。
ホームが変わるって、とんでもないことなんですよ?
それは決して少なくないわりあいで、人生の転換点になる。その人の歴史の岐路になり得るとても大事なイベントなのだ。
少なくとも、この物語の主人公であるソフィは引っ越しというものを軽々としたものとして捉えていない。いや軽々に軽々とフットワーク軽く引っ越す人もいるかもしれないけどさ。
第二の育ての親であり、彼女の目指す人生を決定づけた御夫婦が生業にしていた引っ越し屋。彼らの引っ越し屋さんとしての信念を敬愛し、憧れたソフィは、その時代を代表するとまで言われた魔法の才能を、最初から一切ブレることなく引っ越し屋になるために鍛え上げる。
彼女がやってる引っ越しって、単に家具などの道具の移送とかじゃなくて、依頼人となる引っ越しする人の「人生」そのものを請け負って、新天地にまで送り届けることなんですよね。
それは元の場所に留まり続ける依頼人の憂いや迷い、躊躇い、悩みなんかも全部見逃すまいとして拾い集めてチリ一つ残すこと無く送り出す。元の場所に懐旧は残しても未練は残さないように。気持ちよく、依頼人たちの旅立ちが素敵なものになるように。
だから、ソフィがやってる仕事ってモノの移送だけじゃない、依頼人の抱えている悩みや問題の解決まで含まれている。これは別に依頼人から頼まれたことじゃなく、ソフィが自分で選択してやっている事なんですけどね。
魔法での力押しじゃない、丁寧に依頼人から話を聞き、周辺のことを調べ、一つ一つ適切な解決法を構築し手繰り寄せていく。その仕事っぷりの丁寧さ、真摯な姿勢はそれこそ素敵な在り方といえるんじゃないでしょうか。
引っ越しの依頼者って別に問題の解決を望んでソフィに依頼してきたわけじゃないから、最初はそこまで打ち解けていないし、そもそも龍のお話や図書館のエピソードなんかは依頼人と、その引越に際して誰もが笑顔で旅立ちを迎えられるためにソフィがアタックして心を開いてもらわないといけない相手は別だったりもしたわけですし。
また、最初から望んで引っ越しを選んだわけじゃない、仕方なくそれが必要だからという事で引っ越しをソフィに依頼してくるケースも少なくないわけですよ。旅立ちは別離でもある。別れなんてものは、往々にして悲しみを伴うものです。
それをどうやって、素敵なものとして彩ることができるか。その引越に関わった人たちが、終わったあとに笑顔で新天地に立ち、住まうことができるか。難しいですよ、ほんと。でも、ソフィはそれら一つ一つに本当に真摯に向き合って、依頼人たちの人生の憂いを吹き払っていく。
そりゃあ、人生の岐路で不安に思っていただろう、諦めていただろう、哀しみを堪えていただろうそんな折に、こんなふうに不安も諦観も悲哀も全部吹き飛ばしてくれて、雲を払ってくれて、明るい先を照らし出してくれたなら、こんな嬉しいことはないでしょう。こんな喜ばしいことはないでしょう。
辛かった苦しかった閉塞していたこれまで歩んできた人生の意味すらも変わってしまう転換点を、この魔法の引っ越し屋さんが導いてくれたのですから。
ありがとう、あなたに頼んで良かった。そう心から言いたくなりますよ。
そりゃあ、泣けるさあ。胸にグッと来るなんてどころじゃない、刺さりポイントが幾つもありました。幾つも幾つもありました。
個人的には図書館のエピソードが、亡き奥さんの愛が詰まった魔法のお話が本当に好きでした。これ、建築に携わったエルフとドワーフの夫婦だけじゃなくて、図書館で働く人たち利用している学生や一般の人たちみんなの図書館への愛情……住む場所じゃないんだけれどホームとして親愛を注ぐ気持ちが伝わってきて、だからこそ何も失われず、埋もれていたものまで掘り起こして、満願回答の形で移転が終わった結末は、これ以上ないハッピーエンドで読んでたこっちまで胸がいっぱいになる思いでした。
これだけみんなから愛され大切にされている場所、建物ってやっぱりイイですよねえ。少し羨ましいくらいです。世の中には惜しまれつつも、消えていく場所や建物は枚挙にいとまがないだけに。

うん、良かった、良い物語でした。描かれている3作とも、人が人に注ぐ愛情の豊潤さを目いっぱいに描ききったようなお話で、じんわりと幸せな気持ちを噛み締めることが出来ました。
沁みたなあ……。