【ここでは猫の言葉で話せ 4】  昏式 龍也/塩かずのこ ガガガ文庫

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雪はとけ、旅立ちの春へ。

季節は移ろい、秋。
文化祭が近づき、メイド猫喫茶と演劇の準備で忙しい日々を過ごすアーニャ。木々の色づきと共に、小花への気持ちも高まり、ついに実りの時を迎える。しかし、過去の因縁は、アーニャのささやかな平穏さえ見逃してはくれなかった。
アーニャの前に、組織が送り込んだ現役最強の刺客・ラードゥガが現れ、仲間を巻き込んでの全面衝突へと発展。やっと手にした平穏を守るため、そして亡き友との誓いを果たすため、アーニャは最後の戦いへと臨む――
猫が紡ぐ少女の出会いと別れの物語、ここに完結。

とても美しいものを見た。

人が幸せになる瞬間だ。
幸せから最も遠い場所に生きていた少女たちが、愛に生かされ、愛を知り、愛を感じ、愛し愛されることを皆に祈られ望まれ願われて、自らに許す、その瞬間を見た。

尊い。

そう、尊いとはこういうものの事を言うのだろう。敬虔な気持ちというのはこういう事を言うのだろう。
少女同士の愛情。百合ともガールズラブとも呼ばれるそれだけれども……

…………この作品の世界って男いるよね? 居た? そう言えばなんか敵も味方もプロもアマチュアも素人も一般人もモブも女性しかいなかったような。そして成立するカップルは当たり前のように女性✕女性ばかりでありつつ、周囲の誰もそれに対して当たり前のように受け止めるばかりで特別感は一切なかった。
家族というものに関しても母と娘と姉妹しか存在していなかったような……。

まあいい、それはそれとして。
情欲肉欲に塗れた女性同士の愛もあれば、甘酸っぱい青春のような恋もあり、危ない火遊びのような関係もあり、そんなガールズラブの中でもアーニャと小花のそれはピュアでありつつも上っ面だけじゃない、お互いの中に踏み込んでいく関係でもあった。それはお互いに歩む未来に影響を与え合うものであり、アンカーであると同時に翼でもあった。心と心で結ばれた関係でもあり、そこにより相手を求め合う気持ちから自然と身体のふれあいも生じる心と肉体の関係にもなり得ていた。
総じて繊細で温かく、常に冷たい過去と現実に苛まれつづけていたアーニャにとっての、それは光であり希望であり、小花と歩む人生こそがアーニャが見つけたささやかな幸せだった。
このコは、アーニャは本当に何も幸せなんてものを知らなかったし、感じたことがなかったんですよね。でも幼馴染によってそれは最初から埋め込まれていて、旭姫の姉であるユキに死を賭して送り出された時にも、愛情はずっと注がれていた。殺し屋という生き方によって凍りついていた彼女の中に眠っていた、与えられた愛は猫という存在と概念によって溶かされて、彼女は愛を実感し幸せの存在を知り、平穏な日常の価値を理解した。
でもずっと、果たしてそれを享受するに自分が相応しいのか、疑問と不安に苛まれていたんですね。
今を生き抜く事に精一杯だった殺し屋という生き方が、彼女に過去と現在しか与えてこなかった。あまりにも刹那ばかりを折り重ねて積み上げてきた自分にとって、自分の未来を想像するなんて出来なかった。
でも小花と旭姫、そして学校で出来た友人たち。同じエージェントでありながら自分たちの平穏を守ろうとしてくれる人たちとの出会いと交流によって、そして猫との生活によってアーニャはようやく自分の将来を想像する自分を見つけられそうになっていた。
そんな中で現れた、自分のなかに埋設された殺人ウィルスを解除するワクチンを内包した少女、アーニャを救うためだけに利用された凜音という少女の存在は、彼女からワクチンを受け取るという行為はアーニャにとって、きっと自らの未来を許す事ができるかの最後のハードルだったのだろう。
これに関して、事情を知る周りの人達も、知らないながらにアーニャの迷いを察している人たちも、誰もアーニャを促したりしてないんですよね。
いつも通りにアーニャと接して、彼女に決断を迫らない、判断を急かさない。アーニャ自身が受け取る、受け入れるその時を黙して待つばかり。
アーニャが自分の幸せを受け入れる、その時をじっと見守っていた、とでも言うべきか。
そうなんですよね。みんな見守っていた、というのが一番しっくりくる。寄り添って何も言わずにぬくもりだけを伝え続ける。いつも通りに振る舞って。どこか、それもまた猫のよう。
文化祭で、スカウトされたからとはいえ、アーニャは自分の意志で演劇部の公演に参加して、積極的に自分のやりたいことを探そうとしている。その拙くも懸命さが、また尊くて。
手探りで一生懸命真摯に自分の中にあるものを見つめて、探って、掘り起こして。たどたどしく、自分の中にあった思いを形に、言葉にしていくわけですよ。
その心の奥から汲み出すかのような言葉に打たれるようにして、小花が自分の未来を決めるシーンが。
美しかったんですよ。
闇の中でずっと迷い続けていたアーニャが請い求めていた光に、彼女を幸福へと導く光に、未来へ一緒に連れて行く光に、自分がなるんだ、と。
告白である。それは愛の告白で、人生をともにして欲しいと希うという意味ではプロポーズに等しい言葉で。
尊い。それはもう、宗教画のようですらある神秘であり、美しさでありました。
アーニャが猫と一緒に暮らす平穏な日常、愛する人と過ごす幸せを手に入れる、結末に至るまでの心の経路、そしてエピローグの情景も含めて見事に描くべきを書き切った作品だったと思います。

同時進行で、もう一人の主人公と言ってイイくらいのキャラクターになった明良姐さんの方もこれパーフェクトな結末だったよなあ。
この人って、魔性の女扱いで実際そのエロの手練手管で片っ端から女の子を魅了し墜としてしまう人だったんですけれど……いやこの人の在り方って妖艶な謎の女殺し屋というより、孤高の男臭い狙撃手ってキャラクターだよなあ。黒蜂への愛情や凜音への庇護欲って女っ気が殆ど感じられなくて、どちらかというと父性強めに見えたんですよね。特に凜音へのそれは母性ではないよなあ。
そのどこか破滅的な在り方といい、その自ら望んだような末路といい、どこか男性的な満足した終わり方だったんですよね。エピローグも含めて。
それがどうこうというんじゃなく、単純にそういう魔性の女でありながら本来男性的な位置づけの立ち回りだった久里子明良というキャラクターに対して、すごく面白味を感じていたのでした。
こういう社会の裏側、暗黒面にどっぷりと浸かった所から脱する物語として、アーニャが主役としてそこから脱して本当に幸せを得る、という所まではハッピーエンドの範疇だよな、とは思っていたのですけれど、終わってみると想像以上にハッピーエンドの範疇が広がっていて、あれこれみんな幸せになりましたね?という驚きにほんのりと喜びが混じ入る淡い読後感がなんともじんわりと沁み入りました。
うん、読めて良かったなあ。