【オリヴィア嬢は愛されると死ぬ 〜旦那様、ちょっとこっち見すぎですわ〜】  紺染幸/DSマイル SQEXノベル

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「勝手に目がそっち(オリヴィア)に行ってしまうんだ。なんて摩訶不思議な現象だ」「恋っていうんですよ、それ」呪われた屋敷で過ごす楽しく優しく−−少し寂しい愛の物語
父を亡くし破産した大商家の長女であるオリヴィア=アシェルは、残された家族のために命をなげうつ覚悟で娼館の扉を叩こうとしていたところ、身なりのいい紳士に声をかけられた。「どうせならば我が家の主人のために死んでくれませんか」と。先々代オールステット夫人が残した“主人が愛した女は死ぬ”呪い−−そんな呪われた屋敷にオリヴィアは身を寄せる。この屋敷の主人クラース=オールステットに愛され、死ぬために。その報酬である金貨100枚を家族に残すために。ところが、オリヴィアの前に現れた主人クラースは……なんか思っていたよりも面白い人だった。オリヴィアはクラースに“愛される”ように、クラースはオリヴィアを”愛さない”ように、二人の愛の駆け引きが始まる。


人が恋する瞬間を見た、というなかなかに印象に残るシーンは幾度も見てきたけれど、これだけお膳立てされて、さあ一目惚れしろしっ、と顔見せして、どストレートに一目惚れさせられてしまったシーンははじめてお目にかかったなあw
そりゃまあ一目惚れもしちゃうよね、さもありなん、という件の旦那様、クラース=オールステット氏の生まれてからの境遇であり、そりゃあ一目惚れもされちゃうよね、というその対象たるオリヴィア=アシェル嬢の資質であったのですけれど。

作者は【おでん屋春子婆さんの偏屈異世界珍道中】の紺染幸さん。このおでん屋の話はちょっと自分には刺さりまくってしまったんですけれど、この作者さんの語り口ってホントに柔らかく心揺さぶってくるんですよ。それも激しく揺さぶるんじゃなくてさあ、揺りかごに乗せてゆらりゆらりと優しく穏やかに揺らしてくるもんだから、もう心いっぱい胸いっぱいになっちゃうんだ。
わりと激しい感情に則って登場人物が激したり叫んでいたりするときでも、ずっと柔らかで穏やかな雰囲気が包みこんでいるような語り口は、特筆スべきこの作者さんの特徴だと思います。
本作においても、初っ端からこれ話の内容壮絶なんですよね。交易商人の父が大きな勝負をかけた船での交易で、その船ごと沈んでしまい家は破滅的な没落を迎え、明日の食事すらままならない残された母と弟妹を救うため、その身を娼館へと沈めようとしたオリヴィア嬢に。
どうせ心身をボロボロにして路地裏に打ち捨てられる末路をたどるのなら、我が主のために死んでくれませんかと持ちかけたオールステット家の使用人、トビアス氏とコニー氏。
呪いによって死ぬことを明かした上で莫大な金銭を家族に渡す事を提案したこの二人も、死ぬとわかって受けたオリビアも、この間の話し合いはとても穏やかで落ち着いていて、人の死を……それも目の前の人に死んでくれと、頼み頼まれるような決死の会話じゃないんですよね。
それが逆に、話す方も受ける方も凄まじい覚悟をしていることがうかがえる。その壮絶さを、柔らかな穏やかさで、ちょっとコミカルさすら感じさせる軽妙なテンポと上品な物言いで包んでしまうことで、逆に引き立てるこの表現力ですよ。

タイトルの言い方からして、話を読む前はてっきりと死ぬ呪いというのはオリヴィアの方に掛かっているのかと思っていました。だって、オリヴィア嬢は愛されると死ぬ、ですからね。おとぎ話の魔女に呪われたお姫様のパターンで、悪い魔女に嫉妬だか恨まれるかして、誰かから愛されたら死んでしまう呪いをかけられた可哀想なご令嬢あたりが主人公なのかな、と。んでもって、悲劇的な境遇にもまったく応えず気にせずグイグイ行ってしまうバイタリティありすぎ系令嬢かな、なんて想像していたのですが。
まさかの旦那様の方の呪いである。それも八代呪ってやる、とまでは別に言った様子はないんだけれど、一族の当主に延々と発動する呪いだったんですな。それも、愛する人と結婚したらその相手が死ぬ呪い。えげつないことに、その死ぬ花嫁は最初の一人目だけで、二人目以降は呪いの影響が出ないというおまけつき。
なので、オリヴィア嬢は当て馬みたいな感じ、死ぬことが確定している最初の花嫁となることを、生贄となることを依頼されたのですな。何も隠さず全てを明かした上で依頼するあたりが、コニーたちの誠意であり、朗らかに笑って家族の面倒を見てくれることに感謝すらして受けたのがオリヴィア嬢だったわけです。
で、その相手である旦那様。オールステット家当主のクラース氏は、呪いによって誰も死なないように、すなわち自分が誰も愛さないようにと生まれた時から屋敷に引きこもり、女性という異性の存在を今まで一度も眼にしないようにして生きてきた、という奇跡の人物。この人も、子供の頃から自分の家に暗い影を落としてきた呪いに対して、自分の代で家ごと終わらせるという壮絶な覚悟をしてきた人なんですよね。
……まあ、そんなピュアで女性を一度も見たことがなかった彼にとって、初めて見る女性がオリヴィアというのは劇物が過ぎたわけなのですけれど。
はじめてオリヴィアと逢ったときの様子がまあ初々しいのなんの。というかあれは初々しいと言っていいのか? 可愛いしか語彙がなくなってしまっていましたけれど、お前も可愛いからなっ、と言いたくなるような反応で。
実のところ、この時からしばらくまあ速攻でクラースはオリヴィアに夢中になってしまうのですけれど、この最初の頃は皆の見解からすると恋ではなかったらしい。まだ当初は、初めて見る可愛い珍しい存在に好奇心やらがぴよぴよしていただけで、オリヴィアという個人への、そしてオリヴィアという女性への特別な感情ではなかった、と。
そうかなー、わりとあれも一目惚れの範疇だと思うけどなあ、などと思いながら読んでましたけどね。めっちゃキュンキュンしてましたやん、クラースはんw

誰も愛するつもりがなかったクラースにしても、生贄として死んでもらうつもりだったコニーたちにとっても想定外すぎたのが、オリヴィアという女性があまりにもパーフェクトで素晴らしくキュートで知的でオールステット家の奥方となるにふさわしすぎる女性だった事なのでしょう。
コニー氏とトビアス氏の人を見る目が素晴らしすぎたのである。まあこの二人からして、死んでもらわなくてはならないと最初から思い定めている相手に対して、最初から奥方として敬意と親愛を注ぎまくっていたわけですけどね。これに関しては、オリヴィアがどうこうではなくて誰が相手でも誠意をもって女主人として遇したのでしょうけれど。冷たくそっけなくするどころか距離を置くことすらせず、常に寄り添って親身に接し続けていたあたりに、最期まで選んだ側としての責任を果たそうとしていた姿があって、使用人たちの覚悟の壮絶さがうかがえるんですよね。
途中から、これは失敗したと、まあ彼らも大いに後悔しはじめるのですけれど。
あまりにもオリヴィアとクラースの相性が良すぎ、二人の仲が睦まじくなり、何よりオリヴィア自身が最良で最高の女性すぎたので、こんなんもう次誰を連れてきても見合わないんですよ。どんな綺麗な女性を連れてきても、どんな性格の良い女性を連れてきても、もうクラースにとっても使用人たちにとっても、それは褪せたガラス玉としか感じ得ないだろう、というくらいあまりにもあまりにもオリヴィアという最初に選んでしまった捨札が無二の価値のある札過ぎた。
もうこれ、オリヴィア嬢が呪いで亡くなってしまったら、クラースは世を儚んで後を追ってしまうんじゃないか、という心配すら真剣にするしかなくなってしまった。
実際、呪いを止める可能性があるかもしれないから、と代々続くオールステット家の財産であり歴史そのもの、そしてこれからも絶対に未来に送り繋いでいかなくてはならない、多くの希少な書物が、動かせない古文書が残された屋敷を焼き払ってしまおうか、とすらまで考えて口に出していたくらいでしたからね。
でも、そんな危惧もまあそうだろうなと納得せざるを得ないくらい、オリヴィアが現れたことでこのオールステット家に訪れた穏やかで幸せな日々は、代えがたい掛け替えのないものだったのです。そりゃもう見てればわかるってほどに。
彼らの時間が幸福であればあるほど、迫りくるタイムリミットが真綿で首を絞めるように終わりを突きつけてくる、ここがまた……くるんですわ。

なので、最後の呪いが解ける展開がちょっと、あれ?そんなんで良かったの? というもので、多少肩透かしなところはありました。
まあね、その「そんなことでよかったの?」ということを、このオールステット家の人々は二代に渡って見抜くことが出来ず、一人の哀れな女の気持ちに共感も理解もしてあげることができず、罪のない犠牲が出てしまった、というのは痛切の一言なのですけれど。
そんなどうしようもない「男」の家であったオールステットに、オリヴィアが入ったという事は。そんな彼女を、クラースが女性として心から愛し、人として尊敬する。この敬意と敬愛はコニーさんたちの方も一緒ですね。女性の気持ちを、心を尊重するという意味を、オリヴィアを通じてこの家はきっと優しく柔らかく、でも決して消えないように染み込ませていくのでしょう。
言語の、文字の、書物の深奥に光を当てていく稀代の大家としての在り方を変えないまま、しかし呪いの終わりとともにこの家は変わっていくのでしょう。
過去の悲しみに別れを告げて、今感じていた幸せを明日の、未来の幸福へとつなげていく。そんな素敵なハッピーエンドが見られました。善き哉善き哉。