【推しの敵になったので】  土岐丘しゅろ/しんいし智歩 TOブックス

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女性に発現しやすい異能力《天稟》が発現されて百年。世界は男女逆転社会の様相を呈していた。ところが、この世界に転生した大学生イブキは男でありながら《分離》の《天稟》を持つ。人智を越えるパワーの反面、隣人とのボディタッチを強制させられる《代償》を持つ不便な力だ。彼がこの世界で成すのは──まさかの推し活!?彼は正義の組織【循守の白天秤】に所属するヒナタが大好き!新人隊員の彼女は天真爛漫。《天稟》の《代償》でちょっぴり(!?)食いしん坊なところもとても愛らしい。ある時は幼馴染の兄として、またある時は悪の組織【救世の契り】の構成員として、ヒナタたち推しを最前線で見守っていることは絶対に秘密だ。そんなある日、ヒナタの相棒・ルイに正体がバレそうになって……?推しの未来は俺が守る! 愛だけで突き進むシークレット・イルミナティ!

この男、原作の第一話がはじまる時節のずっと前から登場人物たちの脳、こんがり焼いちゃってるじゃないかい!
そりゃ、スタートした時点で全然話も前提も人間関係も違っちゃってるよ。あんたが震源地だよ明らかに。
そもそも、ヒロインである【循守の白天秤】の新入隊員であるヒナタちゃん。主人公のイブキは元々原作の段階から彼女の熱烈なファンなわけですよ。一方でプライベートでは幼い頃から近所のお兄さんとしてヒナタと親しくしていたわけだ。年齢は少し離れているけれど、実質年上の幼馴染と言っていい関係である。しかも、普通の人が天禀を発現する年齢になっても能力が現れなかったヒナタが精神的にも社会的にも追い詰められているその時に、彼女に寄り添い見守り、孤立するはずだった彼女を人の輪のなかに入れるように尽力した上で、上辺だけじゃない本当の友達を作るきっかけまで与えている。
ヒナタが乾いて枯れそうになっていた所に、愛情を湯水のように注いで彼女が自分で頑張れるようになるまで献身的なまでに育てて貰ったようなものである。
これは、脳焼かれてますよ。
そこまでしておいて、原作ではただの顔見知りくらいの関係だった近所のお兄さんと同じ関係で済むはずないじゃないですか。

ところがこの主人公のイブキは、あくまでヒナタに対するそれは「推し」なんですよね。私的にも妹分として凄く可愛がっているし、彼女が正義の味方として活躍する事を目一杯応援もしている。なんなら、その為に自分も【循守の白天秤】に入ろうと思ってたくらいですからね。
その悲願も男は【循守の白天秤】に入れない、というルールによって無惨にも潰えたわけですけれど。
だから、じゃあ敵対組織に入れば一番最前列でヒナタちゃんの活躍を見守ることが出来るね、それどころか敵として堪能することまで出来る! と、思って反社組織である【救世の契り】に入るほど狂った厄介ファンなどではなく……いや、入ってしまった以上は立場を利用して最前列でっ!という欲望はあるみたいだけれど。
この男、件の組織に入った理由はあくまでそこで悪の組織の幹部として戦っている幼馴染、櫛引クシナのためなのだ。この世界、天禀には必ずそれに対応する「代償」を支払わなければならないんだけれど、その代償の重さって人によって全然違うんですよね。その中で、クシナのそれは明らかに重すぎて取り返しのつかないものなのである。
例えばイブキの代償が、能力を使ったらその分だけ「他者と接触」しなければならない、というもので、多少の面倒くささはあるけれどこれっていくらでも支払えるものなんですよね。他の人の代償も不便さや問題を抱えるものもあるんだけれど、それと比べてもクシナのそれは突出して危ういわけです。
イブキの行動原理って、ヒナタや原作ストーリーに対しての推し活動以外は、殆ど幼馴染のクシナのために比重が置かれてるんじゃないだろうか。
ヒナタに対しての可愛がりっぷりは凄まじいんだけれど、「推し」らしくあくまで応援、見守り、場合によっては彼女の幼少期の頃のように手助けもするし、ピンチに陥れば助けもするんだけれど、なんというか「推し」だからこその線引はあるんですよね。
一方でクシナに対しては完全に自分の命と人生賭けて支えきり守り切る所存、という覚悟が垣間見える。
なんでクシナが悪の組織に入っているのかについてはまだ定かではないんですけどね。弱者救済機関としての側面もあり、他の幹部も明らかに悪いやつも居れば基本的に良い人そうなのもいて混沌とした組織みたいなので、まだまだ色々と奥が有りそう。
クシナもヒナタの事は妹分としてとても可愛がっていて仲もいいですし、不必要に攻撃を加えたり世間を敵視しているわけじゃないようですしね。ヒナタ個人に対してはイブキもクシナもこっそりとではあるけれど、守り助けるようにすら動いていますし。

本作が俄然面白くなってきたのは、ヒナタの闇……いや、闇とは言えないのか。本性みたいなのが明らかになってきたあたりから。
彼女の加速の天禀の代償って、空腹感飢餓感で、とにかく能力を使えば使うほど何か食べ物を大量に食べなければならなかったんですけれど、これって実は食欲という意味での飢餓感に限定されるものじゃなかったことが、思わぬことで彼女の飢餓感が埋められたことで発覚するのです。
イブキの「分離」という天禀が解釈次第で思わぬ使い方が出来るようになったり、ヒナタの代償がその概念の幅を広げたり、とこの「天禀」と「代償」という能力には想像以上に発展の余裕がありそうで、それがヒナタの代償なんかはもろに物語の根幹に関わってきそうな気配がする。あれは、彼女が自分の欲望というか性癖みたいなものを自覚した事も引き金みたいになってますしね。
というわけで、ヒナタが新人隊員として出動して最初に激突し、見事にしてやられてしまった最初に天敵。だけど、妙に親切だったり別の敵に追い詰められたときにさり気なくフォローしてくれたり、と不思議な対応をしてくる敵が、実はイブキだと知ってしまったあとの反応が、まあ盛大に歪んじゃうんですね。
イブキの正体バレについては長く引っ張るのかと思ったら、1巻で早々に肝心のヒナタにバレてしまって(イブキ側はバレた事に気づいてない)これどうするの? と、思ったらまさかのヒナタの拗らせである。
これでお兄さんに裏切られた!と悪堕ちするならむしろ真っ当な歪み方なんですけれど、この娘もちっと厄介な方に拗らせちゃうんですよね。
元々、イブキに対してこの娘が抱いていたのは思慕でありつつ、それ以上に尊崇であり、言葉を選ぶなら……「推し」に近いものがあったようも見えるんですよ。実のところ、ヒナタとイブキってお互いに推し合ってたような関係でもあったわけだ。しかも、ヒナタって自分がイブキの恋人になりたい、という欲望よりも、傍目には完璧なカップルであるイブキとクシナという幼馴染のお兄さんお姉さんカップルに対してめちゃくちゃ「推し」の感情を抱いていたっぽいのである。
なので、そんな二人の間に割って入ったり、イブキを奪い取って独占しようという気はさらさら無いにも関わらず、この少女、大好きなお兄さんを大好きなお姉さんからこっそりと少しだけ奪って味見することで欲望を満たすことを覚えてしまったのである。
それ、愛人系の考え方! 背徳っ、背徳こそ蜜の味ってやつ!? なんかとんでもない方向に悪女堕ちしちゃったよ、この娘!? もう誘惑の仕方がエロすぎて、この娘本当にヤバい。元々清純派一直線だった娘だけに、自分ひとりでこんな蠱惑に目覚めちゃって、なんつー小悪魔系少女に堕天しちゃったの!?
これ、最終的にはヒナタの方からもタイトルどおりの【推しの敵になったので】という状況になってるんですよね。一種のダブルミーニングにもなっていると言えるのか。
ちょっとこの正統派ヒロインだった娘がどこまで堕ちていくのか、そんな妹系幼馴染の攻勢に主人公がどこまで耐えられるのか、なんか色んな意味で先が楽しみというかたまらなくなってきたんですけれど。面白し。