【転生したらポンコツメイドと呼ばれていました 前世のあれこれを持ち込みお屋敷改革します】  紫陽 凛/nyanya カドカワBOOKS

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お嬢様と屋敷の没落フラグ、転生メイドが全力で叩き折ります!

突然前世の記憶を取り戻したポンコツメイドのイーディス。ひきこもりで悪魔憑きのお嬢様を3日で治せなければクビと超難題を振られ、現代グルメで懐柔したり様々な手を尽くす。するとお嬢様から、この世界の秘密を聞かされて……このままじゃお嬢様は悪役令嬢追放で、屋敷は没落ルート直行!?

前世知識をフル活用し、便利グッズ開発で屋敷を立て直すため奔走するイーディスだったが、予想外に注目を浴び、モブのポンコツメイドではいられなくなってしまい!?

主人公だけが転生者ではなく、仕えるお嬢様はじめ他にも転生者がたくさんいるタイプのお話でしたか。
転生者って作品・物語の傾向によって転生した事に対するスタンスは全然違うのだけれど、本作を見ると特に強烈な違和感に苛まれている様子が伺える。
違和感、というよりも孤独感と表現した方がいいのかもしれない。
生まれた時からではなく、ある日突然前世の記憶を取り戻す若者たち。彼ら転生して前世の記憶を持つものたちのことを、作中では流星に乗って異世界の魂が流れてくる伝承にあわせて「流星の子」と呼んでいる。
彼らが前世の記憶を取り戻したとき、そこに現れるのは突然見知らぬ世界に放り出された異邦人です。国が違う、世界が違う、価値観も違う、社会の規範も違っていて常識も何もかもが異なっていて、しかしその異なったありように否応なく従わなくてはならない。
彼らにとって、故郷は前世の記憶の向こうにある。そして、彼らはもう二度とその故郷には戻れないのだ。今の世界にはない故郷の痕跡を探し、慰めを求め彷徨う迷子の子どもたち。
その孤独感は如何ばかりか。
SFで例えるなら、数千年のコールドスリープから目覚めてみれば、地球から遠く何万光年も離れた星の上。地球の名残もあまり感じられない何十世代も経た恒星間移民団の末裔が築いた文明の都市にたった独りで放り出されたような……そんな時間も空間も果ての果て。あまりにも遠くに隔てられ、もう絶対に懐かしいあの星に戻れないと突きつけられる、そんな心を穿つ寂寞感。
転生という要素は、生まれ変わることによって新しい世界に新しい家族と居場所を与えられる、ということでもあるわけですけれど、前世の記憶がどうしようもなくもう手の届かない過去に自身を引きずってしまう。今の自分を、本当の自分と認識しきれない。今の家族を愛する心と、前世に引きずられる心の乖離。
イーディスの仕えるお嬢様であるグレイスと、本作の世界を構成する原作ゲームのヒロインであるマリーナ嬢。この二人は特に、現世と前世の心の混濁に苛まれ苦しむことになります。
特にグレイスお嬢様は、前世の価値観や倫理観から人権意識が薄く社会規範が辛うじて近代レベルに差し掛かっている程度のこの世界の在り方に苦しみ、恐れ、自由も平等もないこの社会の中で貴族の令嬢としての責務と役割だけを求められる事に、打ちのめされてしまいます。
そのどうしようもない混乱を悪魔憑き呼ばわりされ、愛する兄にも母代わりのメイド長にも心配されながらも全く理解してもらえないことに絶望を深めていくのです。

彼ら彼女ら、たった一人で故郷から遠ざけられ、誰にも理解されず本当に自分を見せることもできず、途方に暮れる迷子のような孤独の子たち。だからこそ、彼らにとって「独りではない」という事実こそが救いになっていくわけです。
同じ世界を故郷とし、同じ価値観を共有し、もう誰も知らない誰もわからない故郷の記憶を、思い出を、料理の味を、文化の姿を、一緒に懐かしんでくれる人が。

主人公のイーディスもまた流星の子の一人でした。そして彼女は他の流星の子たちと違って、この世界でも家族のいない孤児であり、たった一人でした。
それでも持ち前の愛嬌で、仕事もろくにできないポンコツさに足を取られながらも、実の姉のように慕う面倒を見てくれる年上の女性や、友達として親身になってくれる同輩たちもいて、ギリギリの生活の中でもなんとかやっていたのです。ハウスメイドという、もはや雇い主の所有物扱いでしか無い生き方でしたけれど、それでも献身的に周りの人達に尽くすようにして生きてきた。ポンコツさ故に、周囲の人達に迷惑をかけることの方が多かったのだとしても。
彼女の生き方、生き様は献身。それは前世の記憶に目覚めてからも変わらず、いや前世の彼女の職業がホテルの「コンシェルジュ」。お客様のあらゆる要望に十全以上に応える、万能のお世話係というべき役職を生業にしていて、その死すらも火災のさいに逃げ遅れたお客様を助けるために火の中に飛び込んだ末のことだった、という生き様そのものが誰かのため、というような子だったわけです。
記憶を取り戻したときは、ちょうど彼女は敬愛していた姉に裏切られ、見捨てられた時でもありました。彼女もまた、魂の異邦人としての感覚に苛まれ、姉に去られた事もあって孤独感が胸を刺すような心地だったでしょう。
にも関わらず、イーディスは混乱から荒れ狂い部屋に閉じこもって他者との関わりを拒絶するようになってしまったグレイスお嬢様に懸命に寄り添うことを選んだのです。その関わりから、イーディスはお嬢様が自分と同じ前世の記憶を、同じ星の同じ国の同じ時代の記憶を持って、それ故にこの世界との乖離に苦しんでいることに気づきます。
のちに、同じように混乱し苦しむマリーナ嬢にも気づいて、放って置けずにマリーナにも支えるべく手を差し伸べているように、この子……放っておけないんですよね。
このとき、原作ゲームのシナリオの影響もあって、ゲームヒロインの役割を担っているマリーナと、悪役令嬢として破滅の道を歩む筋書きを強いられはじめていたグレイスとは、対立しかかっていたにも関わらず。特にグレイスはシナリオの影響力もあってマリーナを強く敵視していたにも関わらず、グレイスから無二の同胞として頼られていた状態ながら、マリーナも助けにかかってるんですよね、この子。
そういう子だったのです。
同じく流星の子であり、そちらからイーディスのことを求めてきた異国の辣腕商人であるユーリ(ゲームの攻略対象のひとり)に対してだけは随分と辛辣な態度でしたけれど。
彼がイーディスに興味を示したのは最初は「おもしれえ女」枠だったのかもしれませんけれど、強烈な執着を見せ始めるのは、やはりイーディスにユーリもどこかで抱え込んでいただろう孤独感を癒やしてくれるものを見出していたからなんだろうなあ、というのは彼の言動から伺えるんですよね。

挙げ句に、流星の子……つまりは転生者ではないグレイスの兄まで。両親を急に事故で失い急遽貴族の当主としての地位と会社の経営を引き継ぐことになり、しかし奔走虚しくどんどんと会社の経営が傾き家としても没落の一途をたどっていく。たった一人の妹を守らなければならない、会社も守らなければならないという責任感への重圧と、自身の無能によってすべてが傾いていく絶望感。もはや自分を守ってくれる両親はおらず、頼るもののいない孤独感。そう、彼もまた孤独と寂しさに蝕まれて苦しむ一人だったわけで、妹を救ってくれた上に自分まで支えてくれるイーディスの献身がクリティカルヒットしてしまうんですねえ。
前世のない彼のこの世界の確固とした価値観を持つグレイスの兄ヴィンセントにとって、ハウスメイドだったイーディスは所詮家の所有物のひとつに過ぎなかったのに、その価値観をぶち抜いてしまうわけです。
でもイーディス、決して自分が主役という意識は持てないんですわ。それが案内役であり世話係であってサポートする立場の人間、黒子でもあったコンシェルジュ、という過去職を生き様レベルで昇華させてしまっている彼女特有の宿痾であったのかもしれませんけれど。どうも当事者意識が薄い部分があるんですよねえ。
或いは、あえて目をそらしているか。ユーリ相手には妙に張り合って我を出して接していた分、向こうからの気持ち、そして自分の中に目覚めつつある気持ちを無視できなくなりつつある様子が見て取れました。それでも、見ないふりしようとしているあたり、頑固というか、自分自身が主となる事に対しては臆病なのか。
とはいえ、イーディスはやはりお嬢様との関係……前世は漫画家だったというグレイスお嬢様。片付けが出来ず、汚部屋製造機でもある彼女との、お互いに人生を預け合うような無二の関係が一番良かったなあ。