【カノンレディ〜砲兵令嬢戦記〜】  村井啓/※kome サーガフォレスト

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王国の武器商の跡取りとして生まれ育ったエリザベスは、ひょんな事から軍人としての道を歩む事を決意する。しかし女性が故に、軍隊への入隊志願を受け付けて貰えず、終いには家を継ぐ気が無いと判断され、彼女の父からも勘当を言い渡されてしまう。エリザベスは最後の手段として、実家から大砲を盗み出し、隣国の紛争地帯に乗り込み、実戦で戦果を挙げ、地方領主様に砲兵士官へと取り立てて貰うという、無謀極まり無い作戦を決行する。血の繋がらない妹も巻き込み、故郷を出奔するエリザベスは、己の野望である軍団長の座へと上り詰めることが出来るのか!?

これはまた、時代に対しての解像度がめちゃめちゃ高い上に濃度と密度もハイエンドな作品だぁ!
それでいて、世界観の設定にばかり凝るんじゃなくて、あくまでそれらは物語の舞台となる背景であり足場。そこで生きる人間たちの生き様や成長譚にこそスポットが当てられている。
特に主人公となる砲兵令嬢エリザベス。軍人に憧れ、商人の後継者という身の上を放り捨てて、義妹とともに牽引砲一基を実家から掻っ払って、家出してきた彼女の中にあったのは、最初は野心と希望と知識のみ。いや相棒というべき妹と、一基でも戦場で大きな役割を担える12ポンド砲なんてものを携えて……いや引っ張ってきてるんだから、実行力と戦力もあるわな。
でも、彼女はまだ戦争を、戦火のただなかに生きる人々の事を外からしか知らなかった。軍人として栄達したいという野望のために、彼女は生身でその只中に飛び込んでいくのだけれど、そこで彼女は否応なく机上の勉強や想像の翼の範疇ではわからなかった、現実の戦争、現実の人間の生き様と死に様に直面していくことになるのです。
彼女が突きつけられる現実って、今まで自分が学んできたことがまるで本物の戦争では通用しない、というタイプの現実ではないんですよね。むしろ、大手の武器商人の後継者として育てられた商家の娘として、彼女が学んだ軍学や砲術の知識というものは最新でもあり豊潤でもあり、まさに最先端の軍事知識なわけです。武器商ですから、各地の戦争で実際に流された血と汗によって練り上げられた机上の空論じゃない、実地で得られた知識なんですよね。それはむしろ、学ぶ余裕の少ない最前線、現地の軍人よりも知識の質と量は豊富かもしれない。
士官学校で学んでいない、というのは相応に大変で、将官として覚えておかないといけないような多方面の知識に関してはやはりどうしても片手落ちな部分はあるんですけれど、実際の戦場で役立たずにはならず、むしろガンガンと戦果をあげていくことになります。
それに、いきなり戦闘に巻き込まれながらも冷静を保ちつつ、突っ込んでくる騎兵隊に一歩も引かずに砲をぶっ放すようなくそ度胸、胆力もあり、人間が人間らしい姿カタチをも失ってバラバラに散らばって死んでいくようなおぞましい光景にも、そこらへんはこの時代の人間らしい耐性もあるのでしょうけれど、戦場で精神の均衡を崩してしまうようなヤワなメンタルもしていません。
でも、だからこそ、戦場の女神として、英雄として輝くようになる彼女には、様々な人間の思惑が、それ以上に英雄だからこそ背負わされる重荷、託される願いがエリザベスには浴びせられるようになるわけです。
それは机上の勉強だけでは絶対にわからないたぐいのこと。それは、なぜ自分が軍人に憧れるようになったのか、という原点までエリザベスに自己を顧みさせていくことになる。

そんな主人公のエリザベスのみならず、彼女にくっついてきた義妹のエレンにしても、彼女たちが家出した先で軒を借りる事になり、やがてそこを第二の故郷とすることになるパルマ領の兵士たち、領主や士官たち。戦う力を持たない市民たち。そのパルマが所属するオーランド連邦を構成する領邦の人々の思惑。オーランドに攻め込んできたノール帝国の敵方の人間たちも、立場の違いによって思う所が違ったり。時代と戦争を舞台としつつ、あくまで主役はその舞台の上で踊る人間たち、とばかりにしっかりと個々にスポットがあたり、その彼らの想いがまたその時代背景にしっかりと根ざしていることから、歴史観や戦争小説としての質感も濃密に感じられて……つまるところ、めちゃめちゃ読み応えがあり、濃厚なドラマを見たという満足感が味わえました。

この、自分たちが所属する国家と、自分たちが住まう都市や領とが頭ではイコールとわかっていても、心や実感としてイコールにならない、この国家観が現代のそれに向けて大きく変化していくまさに過渡期にある時代背景の中で、帝国の侵攻に対して国境を接する一都市領邦として抗うパルマ領の人々の、故郷を命をかけても守ろうとする思いと、同じ国なのに他人事のように振る舞う他領の姿勢への憤りと絶望。そんな中で故郷を捨ててでも国と市民を守ろうと奔走するパルマ女伯の奔走と、他国人だからこその立場から郷土愛から統一国家としての愛国心を掘り起こそうとする、エリザベスの議会演説。
本気で戦おうとしない他の領軍への怨嗟を吠えるパルマの騎兵隊長の叫びやその勇躍。帝国側でも、損略され無理やり帝国に同化された土地の末裔として、言葉にならない複雑な思いを抱えながら軍人としての責務に徹する有翼騎兵団の団長の、あの透徹とした佇まい。
一人ひとりにこの時代故のバックグラウンドがあり、見どころがあって、面白さも一際でした。


実際の戦争の合戦描写も、これは濃厚だったなあ。戦列歩兵と騎兵と砲兵の時代ですよ。この時代、まだ炸裂弾は一般的ではないんですよね。ナポレオンが主役の漫画なんかがわかりやすかったですけれど、敵の戦列にでっかい鉄の塊である砲弾をぶち込んで、そのままボーリングみたいになぎ倒していくんですよ。そういう水切りみたいな砲撃だけじゃないんですけれど、曲射で打ち込む方も多いですし。また散弾詰め込んで、大砲を並べてある陣地に突っ込んでくる騎兵に対してぶちかましたり、とまあ酸鼻を極めるような光景もどんどん出てくるんですけれど。
でも騎兵がまた怖い、怖い時代なんですよね。動けない砲兵やまずもって一定の方向にしか動けないような戦列歩兵からすると、自在に動き回って凄い速さで突っ込んでくる騎兵ってヤバいなんてもんじゃない、という恐怖心がこの作品読むとよく伝わってくる。
その上、敵の有力騎兵隊のひとつがフッサリア。有翼騎士団ですよ。世界史上でももっとも強力でヤバい騎兵隊の一つじゃないですかー、やだもーっ!
この騎兵に関しても、騎兵ってだけで一括りにせず、ちゃんと時代の変遷によって隆盛を迎えている兵種と衰退して時代遅れになっている騎兵種があることも分けて描かれていて、大雑把に一括りにしちゃってないんですよね。
それはそれとして、もう時代遅れになってしまっていた重騎兵が、でも一般的な市民や兵士の間では未だに英雄的存在であるという立ち位置ゆえに士気向上にうまいこと利用したり、トドメにその時代遅れを切り札として活用してしまう作戦があったり、と戦争ものとしても質実剛健の重厚さとエンタメとしての魅せ方がハイブリッドされた実に読み応えのある作品でありました。

面白かった! 

しかしこの義妹のエレン、のほほんとしておおらかな娘だけれど……年上好きなんですかね。名目上の砲兵隊長(砲戦術についてはエリザベス頼りだけど、部隊指揮と運用はベテランらしく絶妙にこなしてるので間違いなく隊長なんだよなあ)となったイーデンのおっちゃんにべったり懐いてるんですが、これが果たして実の父から与えられなかった愛情を、代わりに求めているのか、それともシンプルな話なのかまだ判別できませんけれど……イーデンさん独身なのかしら?






こうした時代背景、激動の戦乱の中でもっともスポットが当てられるのは、人間