【やがて黒幕へと至る最適解 1】  藤木わしろ/ne-on HJ文庫

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未来知識で最適解を導き、少年は最強の黒幕へと至る!!

没落した公爵家当主アルテシアに絶対忠誠を誓う青年カルツ。
彼はアルテシアの死が世界を裏から支配する六大公爵家によるものと知り、十年の時を費やした後で過去世界へと回帰した。
そうして10歳の孤児となったカルツは、未来の知識を武器に本来は死ぬ運命にあった優秀な者達を仲間として迎え入れ、アルテシアを救うべく六大公爵家をも超越する真の黒幕として暗躍を開始する!
「これが――お前を殺すために組み上げた最適解だ」
最愛の人のため世界そのものを書き換える暗躍無双ファンタジー!!


下準備は大事! 本当に大事!
これをやっておくとやってないとでは、本当に出来ることが桁違いに変わってくる。
事前にしっかりと情報を集めて、それらを精査分析し、基づいた準備を整え、計画を立てて、突発的な想定外にも対処できるように余裕を持たせ、状況に応じたルートを幾つも用意しておく。
それだけ万全の下準備を整えて、しかしなお足りていない、想定外を上回る想定外が襲ってくるのが現実だ。それでも、準備しておくに越したことはない。というか、出来るなら絶対にやっておけ。

しかし、往々にして現実にしっかりと下準備を整えてから危地に挑める、という機会はなかなかない。だいたいそういう出来事は突然前触れもなく見舞ってくるものですからね。
本作のような過去に戻って歴史をやり直す、みたいな話ならなおさらだ。
タイムスリップによる過去回帰によって過去の悲劇を回避するというたぐいのお話は、既に起こった歴史を知識として持っている、という圧倒的なアドバンテージがあるものの、だいたいそれは過去に戻った当人の漠然とした記憶に過ぎないんですよね。その世界にあふれる圧倒的な質量の情報からすると、一個人の経験知識というのはどうしたって穴だらけの不備ある情報源になってしまう。
その情報の精査も行えないまま、その情報を基盤にして人生計画を立てていかないといけないから。いや、ちゃんと計画立てられる猶予があればまだいいけれど、往々にして行き当たりばったりにどんどんと直面していく歴史の流れに対処していかなければならない、眼の前の危機を取り敢えず乗り越えていかないといけないのが、タイムスリップものの定番展開でありましょう。

しかし本作における主人公、カルツは主君の死から過去に戻る手段を確保してもう一度この許せざる現実を覆すために過去に戻る決意を固めてから、およそ10年もの歳月を費やして下準備を整えるのである。
ここまで徹底して過去に回帰する話は見たこと無いよ、ってこれは最初の方にも言ったか。
おかげで、戻った段階で路地裏で拠点も持ち物も何も無い浮浪児というスタートでありながら、カルツは一切の迷いなく事前の計画通りに行動を開始する。

これが歴史のやり直しモノだと知った時点で、てっきり殺された主君であるアルテシアのもとで早々に才覚を示して、彼女を見舞う不幸を覆していくお話だと思っていたのが、アルテシアとは一瞬の邂逅だけ(と言っても、その一瞬でアルテシアには強烈極まる印象を焼き付けるわけだが)で、前史では彼女に拾われて優秀な従者として育てられるにも関わらず、今史ではそのまま彼女には同行せずに別れてしまい、独自に行動を開始するのである。
そう、今世ではカルツとアルテシアには全くつながりが生じていないのである。アルテシアの線からどれだけ辿っても、カルツには辿り着かない。
カルツは、前史では表に出ること無く闇に葬られることになった人材を救いあげることで、どの勢力とも繋がっていないスタンドアローンの勢力を構築していくのである。
恐るべき事に、アルテシアを殺すことになる6大公爵家の面々は、攻撃を受けている、謀略を仕掛けられ、陥れられようとしている……と気付くことすら盤面に詰めろをかけられた最終局面に陥ってからようやくなんですけれど、気付いた段階に至っても何者から一体誰から攻撃を受けているかわからないわけですよ。
今回のターゲットは錬金術を生業とするオルナメント公爵家当主ザーヴィス。彼は自分に何か仕掛けてきているだろう相手を、他の公爵家とみなして対応していたわけですけれど、相手がわからない・敵の存在を正しく認識できていなかったが為に、最後まで後手を踏み続けるはめになるのである。
これがアルテシアの復讐戦なら、一人ひとり仇を討滅していく陰惨な戦いになっていくのでしょうけれど、しかしこれはカルツによる主君の救済のための物語。そのためには、自分たちの勢力の存在は徹底して伏せなければならない。六大公爵家の一角を陥落させた、その事実すら表沙汰にさせず、残る五家の公爵家にはオルナメント家の野望が潰された事も、陥れられたことも、当主が墜とされたことすら一切気づかせることなく。
徹底して闇に姿をくらましたまま、一連の出来事を完遂してのけたのである。これはもう、お見事という他ない。
他の五家は、何事か起こったことすら知らないので警戒のしようがなく、カルツの勢力はその存在を隠匿されたまま、完璧に黒幕として暗躍を果たしている。

普通、歴史を変えてしまうことで起こる出来事が変わってしまって、歴史知識が役に立たなくなる、という不利が歴史改変者には襲いかかってくるわけですけれど、カルツが10年かけて集めた情報を計画というのは、人間のパーソナルな部分、そこからのプロファイリング。人間関係や勢力図の因果関係などなど細部に渡る基盤情報なんで、歴史を改変した場合でもそこから波及する影響を予測し誘導、対応できるだけの情報の蓄積と分析が行われていると目される。下準備の範囲ですね。ザーヴィスに行った処置も、それを補助する手段と思えば実に有効な一手である。

まだ、アルテシアに仕掛けられた呪詛など大きな問題が残ってはいるのだけれど、第一巻の掴みとしてはもうめちゃくちゃ面白い導入編でありました。


これ、当初は表紙や口絵で描かれたアルテシア様が、守られる側のお姫様としてはあまりにも意味深というか何か裏がありそうな妖しい笑みを浮かべていらっしゃるので、実は真の黒幕だったりラスボスだったりするのはこの人なんじゃないの? という疑惑も抱いていたのですが……。
読んでみたら、初っ端からこの人、単なる女公爵とかお姫様ってレベルの人じゃないんですけど!?
没落した公爵家の当主っていうから、権力闘争に負けた家を継いでしまい無力のまま無念に殺されたか弱いご令嬢、みたいな守られ系の優しい慈愛系お姫様を勝手に想像していたんですよね。そのうえで、実は裏の顔があって、みたいなイメージを表紙絵などを見て抱いていたのですが……。
いやいやいや、そもそもアルテシア様、密かな黒幕どころか大々的に知られた元祖フィクサーみたいな存在じゃないですかー!?
こんな人を助けるって、大変なんてもんじゃないですよ。ただのか弱い無力なご令嬢を助けて他の公爵家からの謀略をしのいでいく、みたいな仕事とはハードルの高さが全然違ってくる。
そりゃ、カルツが最初からアルテシアのもとに駆けつけて彼女のもとで手腕を振るうという手段を放棄するわけだ。
しかし、過去に戻ったカルツはどうしたって10歳の子供にすぎないわけで。その子供という正体も存在を隠匿するのに大きく役に立っているのですけれど、子供だけで動くのも限界があるだけに、過去での調査から精査して目をつけた、前史では無惨に死を迎えるルチアという諜報員を手駒として救うわけですけれど、このルチアという娘がまた食わせ物の陽気なお姉ちゃんで、カルツから事情の一切を聞いたうえで味方してくれるわけですが、カルツの正体を知りつつ子供扱いして弄り倒しつつ、しっかり相棒として息ぴったりのコンビとしての姿を見せてくれるのがまた楽しいんですよ。
ルチアがいい具合に茶化して場を和ませてくれるおかげで、カルツも前のめりになりすぎて息を詰めるような生き方、沼に自分から沈んでしまうような在り方にならずに居られているようにも見えますし。

2巻の発売も決まっているみたいで、次の展開も楽しみです。どうも前史でアルテシアを殺した六大公爵家って全員当主が、というみたいで、その後継者たちが一概に敵かどうかわからないあたりもなんか面白そうなんですよね。今回のターゲットだった公爵家以外の五家の子女が全員顔見せしてるのも意味深ですし。